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【WEB版】身代わりで縁談に参加した愚妹の私、隣国の王子様に見初められました【書籍化・コミカライズ】  作者: 日之影ソラ
第一部後編

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35.恋が始まる

「いい加減その手を離したらどうだ? 彼女が困っているだろう?」

「そうかな? 僕には喜んでいるように見えるけど? どうかな? アストレア」

「え、あ、えっと……」


 嫌です、とはさすがに言えない。

 私はまごまごしながら返答に困る。

 すると殿下が呆れながら、少し怒ったような表情で言う。


「俺の婚約者をからかうな。そろそろ本当に怒るぞ」

「おっと、それは嫌だな。僕の親友は怒るとすごく怖いんだ。君も気を付けたほうがいいよ」

 

 そう言いながら王子は私の手をそっと離した。


「安心しろ。俺を怒らせるのは今も昔もお前一人だ」

「光栄だね」


 王子はニコッと微笑み、殿下は三度目の呆れた表情の後で微笑む。

 なんだか通じ合っているように見える二人。

 友人らしいやり取りを前に、フロイセン王国とベスティア王国は、王族同士も仲がいいという話を思い出していた。

 どこまで事実か確かめる術がなかったけど、ようやくハッキリする。


「来るならもっと早く教えてくれてくれないと困るぞ」

「ごめんね、急に会いたくなったんだ。婚約を決めたって聞いて、居ても立ってもいられなくてさ」

「お前には婚約前に伝えただろう」

「聞いてたよ? だから自分の眼で確かめたくなったんだよ」


 この二人のやり取りは、紛れもなく友人のそれだった。

 友人の少ない私でも、二人の仲の良さがわかる。

 なぜなら殿下が自然体で接しているから。

 特別な瞳のせいで、他人を信用できず、常に一線を引きながら接している殿下が、ラインツ王子の前では気を張っていない。

 それがわかったから、あの噂は事実なのだと確信した。

 ラインツ王子が私に視線を向ける。


「改めてこんにちは、ラインツ・フロイセンだよ」

「は、初めまして! お会いできて光栄です。ラインツ王子」

「そう固くならなくていいよ。今日はお忍びで、彼の友人として遊びにきただけだからね」


 そう言われても、緊張してしまうのは当然だろう。

 王子様が二人、目の前にいる。

 私だけが場違いみたいで落ち着かない。


「本当に婚約したんだね、シルバート」

「すると話したはずだぞ」

「知っているよ。でもやっぱり意外だなー、君は運命とか筋書きには否定的だったのに。やっぱり君でも運命の人には惹かれるのかな?」

「運命の……?」

「ラインツ、あまりペラペラとしゃべるな」

「おっと、この話はデリケートだったね」


 二人だけが理解できる話をされて、私はキョトンと首を傾げる。

 運命の人とか、筋書きだとか。

 王子は殿下の眼について知っている様子で、そのことについて話しているように聞こえる。

 だとしたら運命の人というのは……。


「アストレア、場所を変えよう。ニーナと話して、お茶の用意をしてもらえるか?」

「は、はい」

「もし君が嫌じゃなければ、またあの紅茶を淹れてほしい」

「もちろんです。用意いたします」


 疑問は浮かんだけど、殿下に求められた嬉しさで心がいっぱいになった。

 それから私は先に書斎を出る。


  ◇◇◇


「婚約者にお茶の準備をさせてるのかい?」

「彼女が進んでやってくれているんだ。彼女の淹れてくれる紅茶は格別だぞ?」

「へぇ、楽しみだな~ それにしても、随分と仲良くやっているみたいだね」


 二人きりになり、ラインツは壁にもたれながら笑みを浮かべる。


「あの子が、君が見た未来で、君が心から愛している相手なんだよね?」

「……そうらしい」

「他人行儀だな」

「実際まだそこまでの関係じゃないからな」

「そうかな? さっき僕が彼女に触れたら、見るからに不機嫌になっていた癖に」

「……」


 図星をつかれたシルバートはムスッとして目を背ける。

 それが微笑ましくて、ラインツは笑う。


「恋とか愛に興味がない。一生縁がないとか言っていた君が、一人の女性に惹かれ始めている……親友として見守らずにはいられないね」

「余計なことを言わないでくれよ。彼女にはまだ、俺が見た予言のことは伝えていないんだ」

「みたいだね? そんなに恥ずかしいのかい? いいじゃないか、彼女も君のこと、随分と信頼しているように見えたよ」

「そうだろうか」

「わかっている癖に」


 ラインツの悪戯な笑顔に、シルバートはため息をこぼす。

 彼の持つ特別な眼は、眼帯で隠していても、相手の感情を把握する。

 故にわかっている。

 アストレアが好意を抱いてくれていることも。

 

「……彼女はわかりやすいからな」

「そこも魅力的なんだろう?」

「わからない。俺はそういう気持ちには疎い」

「頑固だな~ 認めてしまったらスッキリするのに、いや、恥ずかしがり屋なだけか」


 アストレアがシルバートに好意を向けるように、彼もアストレアに惹かれ始めていた。

 自覚はしている。

 予言で見た自分の未来と、少しずつ表情が重なっていくことに気付いていた。


「……ラインツ」

「なんだい?」

「俺は彼女に……求めてもいいのだろうか」

「いいと思うよ。互いに惹かれ合っているのなら、迷うことなんてないさ」


 シルバートが他人との関わりを避ける理由。

 嫌な感情が見えてしまい、相手の思惑が見え透いてしまうから……だけではない。

 心が見える。

 心意が伝わる。

 好意も、悪意も、簡単に移り変わることを知っている。

 特別な眼を持っている故に、シルバートは関わることを恐れていた。

 惹かれているからこそ、好きになった相手に、拒否されてしまうことが怖くて。


「心配いらないよ。君はもう知っているはずだ。君が求める未来は、すぐそこにあるって」

「……ああ」


 良くも悪くも、彼の人生は特別な眼に翻弄されていた。

 それを疎ましく思ったことは多々ある。


「こんな眼など、捨ててしまいたいと何度も思ったんだがな……今ほど、あってよかったと思うことはないな」

「ははっ、どっちが乙女なのかわからなくなるね」

「……まったくだ」


 呆れたようにシルバートが笑う。

 彼は思いもよらなかった。

 よもや自分が、誰かの思いにドキドキしたり、悩んだりすることに。

 

 彼もまた、恋を始めていた。

【作者からのお願い】

『無自覚な天才魔導具師はのんびり暮らしたい』ノベル第一巻が5/10に発売されました!

改稿を重ね、新エピソードも書下ろし、より一層面白くなっておりますので、ぜひぜひお手にとってくれると嬉しいです!

ページ下部の画像から見られますのでぜひ!


よろしくお願いします!!

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『没落した元名門貴族の令嬢は、馬鹿にしれきた人たちを見返すため王子の騎士を目指します!』

https://book1.adouzi.eu.org/n8177jc/

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