34.殿下の親友
私はいつものように研究室で過ごす。
この屋敷にやってきて一か月が過ぎ、生活にも慣れ落ち着いてきた。
殿下との交流も回数が増えている。
最近は三日に一度くらいのペースでお茶会を開いていた。
「次のお茶会はニーナも一緒にいてほしい」
「かしこまりました。アストレア様と殿下がお許しいただけるのであれば」
二回目以降は何度か、ニーナもお茶会に参加してくれている。
使用人としての立場もあって、一緒に座って仲良くお茶を飲む、というのはなかなか難しい。
いつかは遠慮なく、友人のように談笑できたらいいなと密かに思っていた。
今はまだ、参加してくれるだけで十分だと思おう。
トントントン――
「俺だ。入ってもいいか?」
殿下の声が聞こえた。
私はどうぞと答え、扉が開く。
いつものように様子を見に来てくれたのだろうか。
そう思ったけど、なんだか少し困っているように見えた。
「急にすまないが、今日ここへ来客がある」
「殿下にお客様が来られるのですか?」
「ああ、一応はそうなってはいるが、目当ては俺というより君だと思う」
「私?」
私を目当てに来客?
一体誰だろう?
思い当たる人物はいるけど、殿下の反応的に違うような気がした。
もしもそうなら、もっと真剣で厳しい表情をすると思うから。
殿下は小さくため息をこぼしながら続ける。
「応対は俺がする。なるべく早く用件を済ませるが、もし先に出くわすようなことがあれば、遠慮せず俺を呼んでほしい」
「わかりました」
殿下の反応を見ながら、一体誰なのか余計に気になる。
私は素直に尋ねることにした。
「どなたかお聞きしてもよろしいですか?」
「……ラインツ・フロイセン」
「え……」
その名を私が知らぬはずはなかった。
ううん、私の国で生まれた人間なら、たとえ王都の外にいようとも一度は耳にするだろう。
フロイセンとは王国の名前だ。
家名に王国の名が入っているということはすなわち、王族の一員であることを示す。
ラインツ・フロイセン。
それは、私の生まれ故郷の――
「第一王子……様?」
シルバート殿下と同じ、けれど違う王子様がやってくる。
私を目当てに?
一抹の不安が過る中で、殿下は職務へと戻った。
私は新薬づくりを続ける。
どこか集中力を欠き、午後には休憩と称して書斎で本を読む時間にした。
ニーナも私の研究を手伝ってばかりだと、他の仕事ができなくて大変になる。
だからこうして、一人になる時間を作り、その間にニーナもメイドとしての仕事に取り掛かる。
今日はいい天気で、風も穏やかだった。
窓を少しだけ開け、外の空気をいれながら読書をする。
ふいに強い風が吹く。
めくっていたページがパラパラと先のページを開いてしまう。
窓のほうを見ると、なぜか窓が全開になっていた。
私が開けたのはほんの隙間だけ。
今の風で開いたとは思えない。
私は窓を閉めようと立ち上がり、窓へと近づく。
「さすがに姉妹、よく似ているね」
「え?」
風がもう一度吹き、カーテンがなびく。
一瞬だけ視界が塞がり、次に開けた時には、窓の縁に一人の男性が腰かけていた。
見間違えなどない。
綺麗な黄金の髪と、透き通るようなエメラルドグリーンの瞳。
胸には懐かしき国の紋章が刺繍されている。
私は思わず口にする。
「ラインツ王子?」
「こうして顔を合わせるのは初めてだね? アストレア・ウィンドロール。僕の国から旅立ったもう一人の聖女さん」
彼はニコリと微笑む。
妖艶で、つかみどころのない雰囲気の彼は、笑顔も少し変わっていた。
彼は窓から中へと入ってくる。
「顔と身体はそっくりだ。けど雰囲気は違う。姉のほうに比べると、君は少し地味だね。こんなに近くで見るのは初めてだけど、双子だからといって全て一緒じゃないんだ。驚いたな」
私を見ながら歩み寄る。
どうして王子が窓の外にいて、中に入って来たのか。
殿下とはすでにお会いしたのか、どういう関係なのか。
浮かび上がる疑問で、上手く反応が返せない。
私は後ずさる。
「僕の親友から君の話を聞いた時は驚いたな」
「親友……?」
「そうだよ。君の婚約者、シルバートは僕の親友だ。だから僕は、彼が選んだ君にとても興味がある」
「え……」
王子は私の手を引き、下がろうとした私を引っ張り戻す。
身体が、顔が近づく。
あと少し踏み込めば、唇が触れ合う。
「教えてくれないか? 君にどんな魅力があるのか。彼が惹かれた理由を」
そう言って王子は、徐に顔を近づけていく。
思考がぐるぐる回る。
上手く考えられない頭で、必死に答えを探そうとする。
相手は母国の王子様だ。
失礼をしてはいけない。
そんなこと、わかった上で身体は拒否する。
「い、嫌――」
「俺の婚約者をイジメるな」
そこへ、殿下の声が響く。
王子はピタリと止め、悪戯な笑みを浮かべる。
「やっと僕を見つけてくれたね、シルバート」
「お前は正面から入ってくることができないのか? ラインツ」
二人の王子は顔を合わせる。
一人は笑い、一人は苛立ち呆れながら。
一見して修羅場のような光景に、私の思考だけが迷子になっていた。
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