33.午後のティーパーティー
「ありがとう」
玉座の間からの帰り道、ふいに少し前をあるく殿下がぼそりと呟いた。
私は何のこと、と首を傾げる。
殿下は振り返らず、その続きを話す。
「父上の質問に答えてくれたこと、改めてお礼を言いたかったんだ」
「私はただ、心に思ったことをお答えしただけです」
お礼なんて言ってもらう必要なんてない。
むしろ感謝ばかりしているのは私のほうで、少しでもこの気持ちをお返しできればといつも思っている。
どんな理由であれ、殿下の役に立てるのなら、私の心は迷わないだろう。
「だからこそ嬉しかった」
「殿下?」
「俺の眼は眼帯越しでも感情が見える。君が……本心からそう思ってくれているのが伝わった。だから……ありがとう」
「殿下……」
殿下は私の前を歩いていて、まっすぐ前を向いたまま話していた。
一度も振り向かない。
どんな顔をされているのか気になったけど、覗き込むのは失礼だと思って控えた。
嬉しそうにしてくれていたら、私も幸せだ。
いつか、今の言葉をまっすぐに向き合いながらかけてもらいたい。
そうしてもらえるように、殿下の信頼を少しずつ勝ち取って行こうと思う。
◇◇◇
陛下との顔合わせから一週間。
今日は殿下と二人で、午後にお茶会をすることになっていた。
前々からしたいと話していて、ようやく予定が空いた。
殿下はお忙しいから、午後のひと時を一緒に、のんびり過ごすことも貴重な時間だ。
私はキッチンで仕度を済ませる。
「手伝ってくれてありがとう、ニーナ。おかげで上手くできたよ」
「いえ、私は指示に従ったまでです。アストレア様の手際のよさには、改めて感服いたします」
「ありがとう」
お願いしたことにテキパキ反応して動いていたニーナに比べたら、私の手際なんて遅い方だと思うけど。
ここは素直に言葉を受け取ればいい。
少しずつ、褒められた時にどうすればいいのかわかるようになってきた。
ニーナと一緒に淹れた紅茶と、上手に焼き上げたクッキーを盛りつけ、プレートに乗せる。
「私がお運びいたします」
ニーナに運んでもらい、庭にあるテラスへと向かった。
眠れなかった夜に、殿下と二人で語り合った思い出の場所だ。
昼間に訪れるのは今回が初めてで、なんだか新鮮な気分になる。
ニーナがプレートを置き、お茶とお菓子を並べてプレートを下げる。
「では、私はこれで失礼いたします。屋敷におりますので、何かあれば呼んでください」
「ありがとう。でもよかったの? せっかくだからニーナも一緒に」
「いえ、ここから先はお二人のお時間です」
ニーナは首を横に振った。
「お気持ちはとても嬉しいです。どうか存分にお楽しみください」
「……うん、ありがとう」
「はい。では失礼いたします」
彼女は丁寧にお辞儀をして、屋敷のほうへと去って行く。
この屋敷に来て、彼女と過ごす時間が一番多くなり、少しずつ会話にぎこちなさもなくなってきた。
彼女はいつも私に敬意を表し、丁寧に接してくれる。
仕事だからだとしても、私は嬉しかったし、もっと仲良くなりたいと思った。
小さな気遣いに感謝しながら、次は彼女も一緒にお茶会をしたいと心に思い、説得する方法を考える。
すると入れ替わりで、足音が近づく。
「待たせてしまったかな」
「殿下、いえ、私もつい先ほど来たばかりです」
「そうか。ならよかった」
まるで恋人同士みたいな待ち合わせのセリフを交わす。
私たちはテラスの椅子に腰かけ、向かい合う。
「これもアストレアが作ってくれたのか?」
「はい。ニーナに手伝ってもらいながらですが、上手く焼けました」
「美味しそうだな。さっそく一つ頂いてもいいか?」
「はい」
緊張の瞬間だ。
殿下は盛りつけられたクッキーを手に取り、口へ運ぶ。
サクッと音がして、反応を待つ。
「美味しい」
その言葉を聞いてホッとする。
自分では上手く焼けたと思って、味見もしていた。
ニーナも大丈夫だと言ってくれていたけど、こうして直に声を聞くまでは少し不安だった。
不安は一瞬で消えてなくなり、清々しい風が私たちの間を吹き抜ける。
「今日は風が気持ちいな」
「そうですね。お天気もいいです」
他愛ない会話をしながら、殿下は紅茶を一口飲む。
「これも美味しい。すっきりする味だな」
「紅茶にハーブを二種類混ぜています。最近は少し冷える日が続いたので、身体が芯から温まる効果があるんです」
「そうか。だから温かいのか」
ほんのり殿下の頬が赤くなる。
いつもより幸せそうな微笑みに、思わずドキッとする。
紅茶の効果でしかないけど、まるで私を見てドキドキしてくれているように見えて。
「気に入っていただけたなら嬉しいです」
「――ああ、また飲みたいと思える」
「言って頂ければいつでもお淹れいたします」
思わず自然に笑みがこぼれる。
殿下と婚約して、この屋敷に来て、私は少しずつ自然に笑えるようになっていた。
その変化に自分でも気づく。
気持ちが晴れやかになると、言葉や表情も明るくなるのだと知った。
今までずっと、私の心には雨が降っていたのだろうか。
今は雲が消え、この綺麗な青空のように澄み渡っている。
最高に幸せで、こんな時間がずっと続けばいいのにと、私は期待する。
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