28.与える聖女
「アストレアは凄いな。お茶も自分で淹れられるのか」
「私も見習いたいほどです」
「あ、ありがとうございます」
二人して感心しながら私の淹れたハーブティーを飲んでくれる。
ニーナが続けて解説する。
「ハーブティーは他の種類のお茶と違い、配合やハーブの特徴をしっかりと把握し、活かす技術が必要になります」
「なるほど。つまりただ淹れるだけではこの味は出せないということか」
「はい。アストレア様の技術が伺えます」
「そ、そんなに大したことはしていませんよ? 淹れ方も独学だし、ハーブのことも薬学のついでに覚えた程度なので、詳しい人はもっと詳しいはずです」
私は薬師ではないし、お茶を淹れる専門の勉強もしていない。
自分にできることを探し、見出した数少ない特技の延長線でしかないから、誇れるほど優れた技巧を持っているわけじゃない。
それでも二人は認めてくれる。
大げさに思えるほど褒めてくれる。
「私もメイドとしてお茶の淹れ方や知識は学んでおります。ですがハーブティーに関しては、アストレア様から学ぶことが多そうです」
「ニーナにそう言わせるとはな。誇っていいことだぞ」
「そんな、私にはただ、これくらいしかできることがなかっただけで……」
「君は自分を過小評価しすぎている。いや、単に気づいていないだけか」
「え?」
殿下はハーブティーのカップを置く。
改まった様子で私と視線を合わせ、口を開く。
「アストレア、君は聖女として、姉よりも劣っていると思っているようだな」
「それは……はい。事実ですから」
私は小さく笑いながら言う。
史上初、双子として生まれた聖女に人々は期待した。
一人は期待に応え、一人は期待外れだった。
祈りを捧げ奇跡を起こす。
病や怪我で苦しむ人を癒し、不運に嘆く人々を救うことができる。
それこそが聖女、神に愛された乙女、神の言葉を代弁する者。
しかし、私にはその力はなかった。
どれだけ必死に祈っても、私の声が届くことはない。
いつしか私は、聖女として祈ることすら辞めてしまった。
祈ったところで奇跡は起こらない。
ならば自分の力で、人々の役に立つ方法を探したほうがずっといい。
そう思ったから。
「それは勘違いだ」
「勘違い……?」
殿下は小さく頷き、ご自身の眼帯に触れる。
「君と初めて会った縁談の日、俺はこの眼で君を見た。だから知っている。君は間違いなく聖女の力を持っている」
「私の中に……聖女の力が? でも……」
私の祈りは一度も届いたことがない。
どれだけ祈っても、私の言葉に神様は応えてくださらない。
愛されているのはお姉様一人だけだ。
そんな諦めを否定するように、殿下は首を横に振る。
「聖女が二人誕生することは異例なのだろう? ならば普通の思考で見てはいけない。君たちは特殊なんだ」
「特殊……」
「聖女が一世代に一人だけ。それは偶然ではなく、神の定めた規則なのだろう。神の規則は普遍だ。だから君たちも、二人で一人の聖女なんだよ」
「二人で、一人?」
「そうだ。聖女は祈りで奇跡を起こす。だが厳密に言えば、祈りを捧げ神の示した道を伝えることが聖女の力であり、奇跡は副産物に過ぎない」
殿下は説明を続ける。
この国には聖女の伝説が語り継がれている。
それ故に、王族である殿下も聖女については詳しい。
もしかすると私以上に、聖女の歴史や特性を理解している。
殿下曰く、聖女は奇跡を起こすのではなく、奇跡を生むことができるのだという。
「奇跡を生む……」
「その奇跡を起こすこともできるし、与えることもできる。その場で傷が治ったりすることが前者で、後に幸運が訪れたり、物に奇跡が宿ることが後者だ。大きく分けてこの二つが聖女の奇跡……そして君たちは二人いる。だからその力も、二つに分かれているんだよ」
語りながら、殿下はハーブティーの入ったポットを指さす。
「君の淹れてくれたハーブティーはとても美味しかった。心が温まるし、幸せな気持ちになる。ニーナもそうだろう?」
「はい。私が淹れても同じ味は出せても、このような幸福感までは真似られないと思いました」
そんな風に感じてくれていたことに驚き、同時に嬉しくなる。
私が淹れたお茶で、二人が幸福を感じてくれたことに。
続けて殿下は、研究途中の新薬を指さす。
「君がこの間作ってくれた薬のお陰で、中毒症状は改善したよ。薬師が言っていたけど、自分たちが作るよりも上手くできているそうだ」
「本当ですか?」
「ああ、彼女たちも褒めていたよ。そしてそれこそが、君が持つ聖女の力だ」
最後に殿下は、私の手をとる。
優しく、すくいあげるように握る。
「殿下?」
「アストレア、君は奇跡を、幸福を、誰かに与えることができるんだよ」






