26.ハーブティーの淹れ方
薬草とハーブの香り。
窓から差し込む太陽の光が、小瓶に入った薬品をキラキラと輝かせる。
今日は風が心地いい。
少し窓を開けておくと、いい具合に優しい風が入ってくる。
時折意地悪に、ちょっぴり強い風が吹く。
積み上げられた資料が飛んでしまわぬよう、重しを置いてある。
風に揺れ、ピラピラと靡く。
「アストレア様、このくらいでよろしいでしょうか?」
「ありがとう。じゃあそれにさっきすりつぶした薬草を混ぜて、もっと細かくなるようにすりつぶしてもらってもいいかな?」
「かしこまりました」
ウィンドロール家でやっていたように、私は新薬の研究をしている。
似ているけど、環境は大きく違う。
殿下が私のために、研究用の部屋を用意してくれた。
必要な資材を集め、さながら宮廷の薬室のように充実した設備の部屋を。
たった一日足らずで準備してくれてとても驚いた。
好きに使ってくれ。
殿下は当たり前のようにそう言ってくれた。
私の身の回りのお世話をしてくれるニーナも、新薬作りを手伝ってくれている。
彼女はとても丁寧で、手先が私よりずっと器用だ。
覚えるのもすごく早くて、私が一度お願いしたことはすぐに覚えてくれる。
おかげで効率がぐんと上がり、ストレスなく研究が進む。
「アストレア様、終わりました」
「ありがとう」
複数の薬草とハーブをすり潰し、ペースト状にしたもの。
種類や配合を変えることで、様々な効果を発揮する。
いろんな配合を試して、効果がどのように出るか予測を立て、実際に使って安全性を確認する。
普段は自分で飲んで、副作用の程度を確かめたりしていた。
殿下の計らいで、今後は一旦宮廷の薬室に提出し、そこで効果の実験を行ってくれるらしい。
より安全性に考慮され、宮廷の方々に見てもらえたら、さらに改良していい薬品になるかもしれない。
私の薬がたくさんの人を笑顔にする。
聖女の力はなくても、誰かの幸せを紡ぐことができるのなら、それだけで十分すぎるやりがいだ。
「次の作業をいたします。何をすればよろしいでしょう?」
「少し休憩してもいいんだよ? ずっと力仕事ばかりやってもらっているし」
「問題ありません。体力には自信がありますので」
「そ、そう?」
ニーナは凄く熱心に働いてくれる。
とても嬉しいことなのだけど、頑張り過ぎていないか心配になってしまう。
彼女はあまり表情に感情を出さない。
そういう教育を受けているのか、それともそういう癖なのか。
疲れを表に出さないから、本当に疲れているのかわかりにくい。
強く命令すれば、彼女は休んでくれるだろう。
けれど私にはそんな風に命令する勇気もなく、ただ彼女が頑張り過ぎて倒れないか心配で。
少しでも、彼女の頑張りに応えたいと思った。
「……そうだ」
私はひらめく。
喜んでもらえるかわからないけど、効果はあるはずだ。
私は素材箱の中から、必要なハーブを取り出し握る。
「ニーナ、私はちょっと外に出てくるね」
「どこかへ行かれるのですか?」
「うん、書斎に少し。すぐ戻ってくるから、ニーナはこのまま続けていてほしい」
「かしこまりました」
研究室をニーナに任せて、私はハーブを握りしめて廊下に出る。
書斎に向かう、と見せかけて私は食堂へと向かった。
食堂とキッチンは併設している。
今の時間なら料理長さんも不在のはずだ。
料理の邪魔をしてしまうこともないだろう。
私はキッチンにたどり着き、ハーブをテーブルに置く。
「えっと、ポットは……」
お湯を沸かすためのポットと、お茶を入れるための道具を探す。
キッチンの作りも、ウィンドロール家の屋敷に似ている。
友好国の屋敷だから、作りも似ているのだろう。
おかげで何となく、どの道具がどこにあるのかわかった。
「あった」
必要な道具を揃えてさっそく作業を開始する。
ニーナに黙ってキッチンへ来たのは、ハーブティーを淹れるためだ。
手に取ったハーブは三種類。
どれも疲労回復に効果があるとされ、お茶にしたときの味も悪くない。
私もウィンドロール家で疲れた時、キッチンを借りてこのハーブティーを淹れていた。
普通の貴族なら、自分でお茶なんて淹れないだろうけど。
私は誰もやってくれなかったから、自分で淹れ方を覚えるしかなかった。
あの頃は周りに嘲笑されたり、嫌な空しさを感じていたけど……。
「淹れ方、覚えておいてよかった」
今はそう思える。
自分のためじゃなく、誰かのためにお茶を淹れる。
これはきっと、お姉様にだってできないことだ。
とても小さくて笑われてしまいそうな違いだけど、私がお姉様よりも誇れる数少ない特技だと思っている。
「できた」
いい香りがする。
我ながらうまく淹れられた。
自分でも驚くほど、お茶を淹れることが上手くなったと思う。
時間があればお茶菓子も作りたかったけど、あまり長居するとニーナが心配するだろう。
お菓子はまた今度にしよう。
その時は、もしも喜んでくれるなら、殿下も一緒に。
自分が入れたお茶と、作ったお菓子でティーパーティーなんて……。
「できたらいいな」
独りぼっちのお茶会に、殿下やニーナがいてくれたら。
きっと幸せで、楽しいだろう。
そんなことを思いながら、私は淹れたハーブティーを運び、研究室へと戻る。






