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クリスマスには贈り物を

 クリスマスイブの夜11時。伸一郎はキッチンオリーブの前で絶望していた。予想通りの絶望であった。

 彼女が一人住まう城を見上げれば電気は全て消えている。既に城が閉門してしまったことを示していた。

 定時で上がるつもりだったのに、なぜ定時5分前にバグ票が届いた?

 バグ票、それは開発したソフトウェアの不具合情報。これが届いたら即刻解析しなければならない。朝イチだろうが昼前だろうが夕刻だろうが、どんなときも。

 バグの原因は海外製のプラットフォーム。伸一郎たちはプラットフォーム上で動作するアプリケーションを開発している。その土台となるプラットフォームに不具合があったので、その巻き添えをくらったというわけだ。伸一郎は解析はしたが対処はできない。プラットフォームの制作会社に依頼するしかない。

 その旨を客先に連絡し、客先から制作会社に問い合わせ、その結果を待った。それから2時間。午後10時に客先からのメールを受信した。


「○○社はX'mas holidayに入ってしまったので対応は年明けになるかもしれません」


 なんじゃそりゃー!

 日本のサラリーマンにはクリスマス休暇なんてないというのに!

 クリスマスは突然振って沸いた残業を死にものぐるいで片づけて彼女へのプレゼントを片手にイルミネーションの街を全力疾走する日なんだぞ! BGMは山下達郎に稲垣潤一に小田和正だバカヤロー。


 伸一郎はダメだろうなあと諦め半分で彼女の城に急いだ結果、絶望したのである。


 今年のクリスマスは平日。キッチンオリーブの開店時間は午前6時。杏子は午前2時半に起床する。そのためには夜9時には寝なければならない。たとえ恋人たちの祭典クリスマスイブであってもだ。

 わかってる、わかってますよ。

 だからせめてこれでもくらえ。


 玄関に回り込みポストに赤と緑の包みを入れようとする。

 投函口から押し込んでも入りきらない。中で何かが詰まっているようだ。

 こんな夜更けに郵便物が入ってることなんてあるのか?

 なんとなくピンときて、ポストの取り出し口を開けた。ポストの中には赤と緑の包みとタッパー。タッパーからは揚げ物の匂い。中身はきっと鶏の唐揚げだ。

 伸一郎は包みとタッパーを回収し、代わりに自分が持ってきた包みを置いた。

 そしてスキップしかねない足取りの軽さで自分の家に帰った。


 翌クリスマスの朝。

 今年一番の冷え込みだと朝のニュースでいっていた。今年もあと一週間で終わる。そうしたら寒さランキングもリセットされるのだろうか。


「おはようございます。いらっしゃいませ」

「おはようございます」


 杏子の頭には三角巾の代わりにサンタ帽子。クリスマス仕様。


「ポテサラサンドとハムカツサンドだよね」

「うん。スッゲー寒いね」

「大丈夫。サンタさんにレッグウォーマーもらったから温かいの」

「俺もサンタさんからもらっちゃったもんね」


 伸一郎はそう言ってスウェードの手袋を見せびらかした。

 最近のサンタクロースは靴下の代わりにポストを使うらしい。


 伸一郎のコートのポケットには昨夜贈りそびれたプレゼントが入っている。

 それは直接手渡したくてポストには入れなかった。渡すタイミングをはかっていたが、後ろに客が並ぶ気配がしたのでクリスマスの朝も諦めるしかなかった。


<おわり>

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