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気合を入れた時だった。
「ティモシー殿下、ごきげんよう」
ずいと何者かが横からリーゼロッテの前に割り込んできた。
なんだこいつと思って見れば、そこにはクレメンスとユリーアの母親であるウォルウィッシュ夫人がいた。
リーゼロッテに負けずおとらずというか、完全に圧勝のいつもより磨きのかかった派手な格好だ。
思わずクレメンスを見やれば、そこには見た事がないほど冷めた表情の少年がいる。
それが気になったが、それ以上に何故ウォルウィッシュ夫人がここにいるのかに気を取られた。
しかしウォルウィッシュ夫人もクレメンスに冷たい視線で一瞥すると、すぐに王子に向き直ってしまった。
本日は子供だけのお披露目会のはずなのに、いつのまに会場に来たのだろう。
「今日は娘をご招待いただきありがとうございます。どうしてもお顔を拝見してお礼を言いたく参りました」
堂々と言ってのけると、ウォルウィッシュ夫人は自分の影にいたユリーアをぐいと王子の前に突き出した。
今日は長い金髪を白い花で飾って、薄い黄色のドレスを着ているユリーアはいつもよりずっと綺麗なお人形さんのようだった。
ただし相変わらず無表情だが。
されるがままに、はいとかいいえとか答えるユリーアの隣で、娘を猛プッシュするウォルウィッシュ夫人にこいつなかなかに図々しいなと思ったが。
(負けてられない)
リーゼロッテが熱い息を吐いて声を出そうとした時だった。
「リジー、寒いだろう。中に行こう」
「は?」
言うなりクレメンスにぐいぐいと手を取られ引っ張られてしまう。
「ちょっと、いきなり何よ」
慌てるリーゼロッテに、しかしクレメンスは少し離れた所に控えていたメイドの一人に声をかけた。
「具合が悪いので室内で休みたいのですが」
「承知いたしました」
ゆっくりと頷いたメイドが先導するあとを、強引にクレメンスに引っ張っていかれる。
そして長椅子とテーブルのある控えの間に来ると、クレメンスは扉を閉めるなりリーゼロッテの額に手をやった。
「熱い。リジー、熱があるだろう」
言われてリーゼロッテはカッと頬を赤くさせた。
「なんでそれ」
「いつもより顔が赤い。興奮してるせいかとも思ったけどね」
言いながらクレメンスは濃い緑色の長椅子に座ると、強引に腕を引いてリーゼロッテを自分の膝枕で寝かせた。
「ちょっと、みっともない」
慌てて起き上がろうとすると、額を押さえられて動けない。
「そんなことないよ、具合が悪いんだから」
クレメンスの言葉にぐっと詰まる。
そうなのだ。
間の悪いことに、リーゼロッテは今日の朝になって熱を出した。
両親が無理しなくていいと言ったのを這ってでも行くと振り切ってきたのだが、小春日和の昼間とはいえ外でのお茶会にうっすら寒気がしていたのだ。
見抜かれるなんて思わなかった。
平静を装うためにお菓子を食べてテンションを無理やり上げていたというのに。
熱のせいである熱い吐息をふうと観念して吐き出すと。
「よりによってこんな日に。最低だわ」
眉をへにょりと下げた。
「そんな薄着でいるからだよ。もっと温かくしないと」
冬でもないのにもこもこした厚地のドレスは格好悪いと、まだ薄ら寒い日もあるのにも関わらず春先の薄地のドレスなのだ。
「くちうるさい……」
ついと唇を尖らせて、リーゼロッテは大人しくクレメンスの膝で目を閉じた。
結局、豪胆にもそのままお茶会が終わるまでリーゼロッテは爆睡してしまい、帰り際にはかなり落ち込んでいた。
(せっかく顔覚えてもらえるチャンスだったのに……)
しょんぼりと、誰もいなくなった中庭を抜けて馬車を停めてある所にクレメンスと向かっているときだった。
「クレメンス、友人は大丈夫だったか」
ティモシーが中庭に出られるテラスか出てきて声をかけたので、リーゼロッテは素早くピンと背筋を伸ばした。
そしてクレメンスが答えるよりも先に。
「もう大丈夫ですわ!」
元気よくリーゼロッテは声を上げた。
「せっかくのお茶会を中座してしまって申し訳ありません」
「そうか、気にしないでくれ」
にこりと笑ったティモシーに、これはチャンスだと目を輝かせたが。
「くちゅん」
なんともまぬけなくしゃみが飛び出た。
「ああ、ほらこれを」
ぶるりと一瞬震えたリーゼロッテの肩に、クレメンスが自身の上着を脱いで肩へとかける。
「殿下、彼女を送っていきたいので」
「ああ、呼び止めて悪かったな。クレメンス、また来てくれよ」
まさかのチャンスを潰され、はいと頷くクレメンスに恨みがましい目を向けた。
しかし、リーゼロッテがクレメンスに手を引かれると、ティモシーはさっさとテラスの中へと戻って行ったしまった。
(くぅ!ことごとく邪魔だ)
思わず脳内で本音がこぼれ出る。
(いやまあ、心配してくれてるんだろうけど)
それにしたって今日は二度もチャンスを潰されて不完全燃焼だ。
結局、ウォルウィッシュ家の馬車でクレメンスに家まで送られるあいだ、リーゼロッテはふくれたままだった。
そしてティモシーの婚約者と殿下付き魔法使いは候補を絞られて、彼の十八の誕生日に正式な者を発表されることになった。




