表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/31

27

 日が暮れて夕食も済ませたあと、リーゼロッテはぼんやり窓から空を見ていた。

 今日は満月だ。

 雲もない晴れた空だから、星も見える。

 窓を開けたまま見上げていたら。


「リジー風邪を引く」

「もう少し」


 窓を閉めるように促すクレメンスに、リーゼロッテは月を見上げたまま応えを返した。

 肩をすくめたクレメンスが、リーゼロッテの横に並ぶ。

 じっと見上げる満月は、ほんのりと明るい光りを振り注がせている。

 空なんて前世では見上げた記憶がリーゼロッテにはなかった。

 いつも何かに急き立てられ、下を向いていた。


「月が綺麗ね」


 ふと呟いて、そういえばこれは有名な愛の告白に使われた言葉だったと思い出す。

 電車の広告で見て、自分には誰も言ってくれないと思っていた言葉。


「そういう意味じゃないわよ、勘違いしないでね」

「どういうこと?」


 不思議そうなクレメンスに、そういえば夏目漱石なんてこの世界にはなかったと我に返る。


「気にしないで」

「気になるよ」


 じっと見つめてくる視線に、小さく溜息をつくとリーゼロッテは唇を尖らせた。


「愛してるって意味よ」

「へえ」


 はじめて聞いた、と言うクレメンスにそりゃそうだと思う。


「何かの本で読んだのよ」

「じゃあそんな詩的なリジーに」


 しゃがんでリーゼロッテに目線を合わせると、クレメンスはラフな黒のズボンのポケットからペールグリーンのリボンを取り出した。

 それにきょとりとする。


「髪、短くなっちゃったわよ」


 肩につくくらいの赤毛をちょいとつまんで見せると。


「その長さならまだ結べるだろ、これは特別」

「ふうん」


 差し出されたリボンを不思議そうに受け取った。


「あいかわらず私の好みを把握してるのね」

「だって気に入ってもらいたいからね。当然だよ」


 微かにはにかむクレメンスに、小さくありがと、と呟いてリーゼロッテは髪をひとつに束ねてリボンで結んだ。


「うん、似合ってる」


 癖で毛先が跳ねているけれど満足そうな眼差しに、頬を小さく染めてリーゼロッテは寝るわよと窓を閉めてベッドに向かった。

 さすがにクレメンスも文句は言わなくなった。

 二人でベッドに潜り込み、おやすみと囁きあう。

 そして、二人はゆっくりと眠りについた。

 うとうととまどろんで、意識を手放そうとしていた時だ。

 ドクンと心臓が脈打った。

 今日はいつもより早く寝たから、すっかり油断していた。

 掛布の中で小さく丸まり、ううとうめき声を漏らす。

 痛みと眠気で意識が朦朧としているなか、ふわりと最近は慣れ親しんでしまった体温に包まれる感触がした。


「大丈夫だ、大丈夫だよ、リジー」


 背中を何度もさすられる感触がする。

 大丈夫なんて気休めよ。

 そう言いたかったけれどクレメンスの声があまりに優しくて、痛みが遠のいでいくのと反対に強くなる眠気へ抗わず、リーゼロッテは意識を手放した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ