27
日が暮れて夕食も済ませたあと、リーゼロッテはぼんやり窓から空を見ていた。
今日は満月だ。
雲もない晴れた空だから、星も見える。
窓を開けたまま見上げていたら。
「リジー風邪を引く」
「もう少し」
窓を閉めるように促すクレメンスに、リーゼロッテは月を見上げたまま応えを返した。
肩をすくめたクレメンスが、リーゼロッテの横に並ぶ。
じっと見上げる満月は、ほんのりと明るい光りを振り注がせている。
空なんて前世では見上げた記憶がリーゼロッテにはなかった。
いつも何かに急き立てられ、下を向いていた。
「月が綺麗ね」
ふと呟いて、そういえばこれは有名な愛の告白に使われた言葉だったと思い出す。
電車の広告で見て、自分には誰も言ってくれないと思っていた言葉。
「そういう意味じゃないわよ、勘違いしないでね」
「どういうこと?」
不思議そうなクレメンスに、そういえば夏目漱石なんてこの世界にはなかったと我に返る。
「気にしないで」
「気になるよ」
じっと見つめてくる視線に、小さく溜息をつくとリーゼロッテは唇を尖らせた。
「愛してるって意味よ」
「へえ」
はじめて聞いた、と言うクレメンスにそりゃそうだと思う。
「何かの本で読んだのよ」
「じゃあそんな詩的なリジーに」
しゃがんでリーゼロッテに目線を合わせると、クレメンスはラフな黒のズボンのポケットからペールグリーンのリボンを取り出した。
それにきょとりとする。
「髪、短くなっちゃったわよ」
肩につくくらいの赤毛をちょいとつまんで見せると。
「その長さならまだ結べるだろ、これは特別」
「ふうん」
差し出されたリボンを不思議そうに受け取った。
「あいかわらず私の好みを把握してるのね」
「だって気に入ってもらいたいからね。当然だよ」
微かにはにかむクレメンスに、小さくありがと、と呟いてリーゼロッテは髪をひとつに束ねてリボンで結んだ。
「うん、似合ってる」
癖で毛先が跳ねているけれど満足そうな眼差しに、頬を小さく染めてリーゼロッテは寝るわよと窓を閉めてベッドに向かった。
さすがにクレメンスも文句は言わなくなった。
二人でベッドに潜り込み、おやすみと囁きあう。
そして、二人はゆっくりと眠りについた。
うとうととまどろんで、意識を手放そうとしていた時だ。
ドクンと心臓が脈打った。
今日はいつもより早く寝たから、すっかり油断していた。
掛布の中で小さく丸まり、ううとうめき声を漏らす。
痛みと眠気で意識が朦朧としているなか、ふわりと最近は慣れ親しんでしまった体温に包まれる感触がした。
「大丈夫だ、大丈夫だよ、リジー」
背中を何度もさすられる感触がする。
大丈夫なんて気休めよ。
そう言いたかったけれどクレメンスの声があまりに優しくて、痛みが遠のいでいくのと反対に強くなる眠気へ抗わず、リーゼロッテは意識を手放した。




