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ふと意識が浮上したのは寒気を覚えたからだ。

うつ伏せに倒れ込んでいた体を起こすといまだに髪も服も湿っていて、自業自得だけれど眉を顰めた。

それになんだか頬が熱いし、呼気も熱っぽい。


「最悪、熱あるかも」


 とりあえず体を温めようと風呂に入りナイトドレスに着替えた。

 それでもまだ熱のある感覚に思わず舌打ちしてしまう。

 もう寝ようと思って、シーツがしっとりと濡れていることに気付いた。


 「不覚だわ」


 暑いと思い窓を開けるとすでに雨は止んでいて、少し冷たい風が入ってきて体を冷ますのが気持ちいい。

トントンとあてがわれている個室のドアをノックする音に、風にあたっていたリーゼロッテは扉に向かった。


「はい」

「荷物が届いていますよ」


 言われて首を傾げながらドアを開ける。

 自分に荷物など実家くらいしか思いつかないが、実家からは先日手紙が届いたばかりだ。

 あと可能性があるのはクレメンスくらい。

 そこではたと今日のことを思い出して、そんなことしないかと溜息を吐いた。

 期待をするのはよくない。

 それが外れたときのダメージが果てしなく大きくなるから。

 前世で学んだことだった。

 ドアの外には小さな箱を持った寮母が立っていた。


「夕方届いていたのを渡し忘れていたわ」

「ありがとうございます」


 箱を受け取りドアを閉めると、それを机の上に置いた。

 白い何の変哲もない箱だ。

 箱にはリーゼロッテ宛だと確かに書いてある。


「誰からだろ」


 箱を開けて、リーゼロッテは目を見開いた。

 そこには白い花の形をした台座に赤い大きな宝石がはめ込まれた、やたらゴテゴテした金のネックレスが鎮座していた。


「なにこれ」


 こんな物を贈る相手に身に覚えはない。

 ネックレスの横に入っていたカードを取り上げて。


「嘘でしょ!」


 思わず深夜だと言うのに叫んでしまった。

そこにはティモシー・フォンビゲンデルと書かれていたのだ。


『リーゼロッテ嬢へ、親愛の証として』


 タイプライターで打たれているメッセージに、手書きじゃないメッセージカードなんて珍しいと思いながらもリーゼロッテは。


「よっしゃあ!」


 思わずガッツポーズだ。


「ここにきてアプローチが効いてきたみたいね」


 ふんすふんすと鼻息も荒くなる。


「でもバラ挿してくれなかったしな。まさか全員に贈ってないよね。それにしても」


 のほほんとしたティモシーの顔を浮かべながら、ちらりとネックレスに視線を落とす。


「趣味悪いなあ……」


 思わず本音が出た。

 金色のネックレスは仰々しいうえに、真ん中の赤い宝石がやたらとでかくてアンバランスだ。

赤い石の周りを囲むように透明のダイヤモンドのような小さな石が並び、そのなかの一粒だけ黒いのが違和感を感じさせる。


「これじゃクレメンスの方が断然いいじゃない」


 今までに贈られた数々のプレゼントを思い浮かべてしまう。

 しかしリーゼロッテはクレメンスの顔を思い出した途端にモヤモヤとしたので、いやいやと首を振った。


「せっかくプレゼント貰ったんだから。にしても、これ売ったら結構なお金になるんだろうな」


 将来の貯蓄にちょうどいい。

 貯金はいくらあっても老後のためになる。


「明日つけていった方がいいかな」


 箱からネックレスを取り出すと、シャラリと音を立てて、リーゼロッテは首にかけた。

 その瞬間。


「え?」


 真ん中の大きな石から赤い光がバシュッとほとばしった。


「ひえ!なになになに!?」


 部屋中を赤く染める光に思わずネックレスを外そうとしたら、ぐにゃりと視界が歪んだ。

 そして立っていられずそこにへたり込み、眩暈をやり過ごす。

 それが一分間の出来事か五分なのかはわからないが、ようやく光が収まってリーゼロッテは顔を上げて違和感に気付いた。


「ん?」


 なんだかやたらとナイトドレスがでかくなっている。


「んん?」


 自分の手を見てみると、なんだか小さい気がする。

 そして、おそるおそる嫌な予感に自分の体を見下ろすと、ナイトドレスがかろうじてまとわりついているが、なんだか地面が近い。

 慌てて立ち上がろうとして、なんだかやたらとでかくなったナイトドレスに躓きびたんと床に転んでしまった。


「いったー!」


 額を強打して、なんなのだもう!と顔を上げてリーゼロッテは固まった。

 視線は部屋に備え付けの姿見にくぎ付けだ。


「え?嘘でしょ?嘘だよね」


 ずりずりと這いずって姿見の前まで来て、覗き込んだ。

 そこには、白いまろい輪郭にそばかす。

 今はフィッシュボーンに編まれていないくせ毛の赤い髪。

 いつも通りのリーゼロッテだ。

 ただし外見が五歳くらいだった。


「嘘でしょー!」


 思わず大絶叫だ。


「え!なんでなんで?意味わかんない、意味わんかんない!」


 顔面蒼白になりながらぺたぺたと体を触ってみるも、鏡の通り子供の体だ。

 思わず意識が遠のきそうになる。

 しかし顔面蒼白になりながらも、根性で意識を保ちおそるおそる胸元で光っているネックレスに視線を落とした。


「まさか……これのせい?」


 どう考えてもネックレスが原因だ。


「なんっで王子がこんなの寄こすのよ!ロリコンなのあいつ」


 大変失礼なことを言いながらネックレスを外そうとして、はたと我に返った。

 首にかけたら子供になってしまった、どう考えても呪いのネックレスであるこれを外して、無事でいられるだろうか。

 最悪死なないだろうか。

 そんな考えが過ぎり、ネックレスにかけていた手をおそるおそる外した。


「と、とりあえずどうしよう」


 真っ青な顔で立ち尽くすリーゼロッテは、ぽんと脳裏にクレメンスの顔が浮かんだ。

 どうみても呪いというか魔道具であるこのネックレスを、魔法の知識のないリーゼロッテがむやみに扱うのは危険だ。

 だったら魔法使いである幼馴染の方が、まだマシだろう。

そうと決まれば、リーゼロッテはナイトドレスを引きずりながら、机に向かって引き出しから便箋を取り出した。

 それは特殊な便箋で、クレメンスの元へと最速で届くと言われたものだ。

 何かあった時のためにと渡されていた。

 過保護か!と思っていたが、今こそ使うときだ。

 とにかく緊急事態だと書こうとして、はたと手を止めた。

 気が動転していたけれど、途端に頭のなかが冷静になる。

 話しかけるなと言われた矢先に手紙を書くなど、できるわけがない。

 インクが一滴パタリと落ちたけれど、リーゼロッテはペンを置いてズルズルとナイトドレスを引きずりながら机から離れた。

 瞬間、裾を踏んでびたんと再び床に倒れ伏す。


「……もう、なんだってのよ」


 泣きたくなったけれど、泣いたって何も変わらないのだと自分に言い聞かせる。

 どうしたらいいかわからずに、リーゼロッテは投げやりな気持ちで目を閉じた。

 机の上の便箋に落ちたインクが光り、すうと便箋が消えていったのにはリーゼロッテは気づかなかった。

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