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 五月に入ると学園の中はにわかに活気づいていた。

もうすぐ毎年恒例のバラ祭りがあるからだ。

街ではお祭りに合わせて大量のバラが飾られ、屋台や大道芸も来ることになっている。

しかもこのお祭りには、相手の髪にバラを挿して手の甲にキスをしたら幸せになれるというジンクスからいたる所で告白劇が繰り広げられる祭典なのだ。


「もうすぐバラ祭りだな」


 食堂であいかわらずクレメンス達に声をかけて一緒に食事をしていると、浮足立った雰囲気にティモシーが機嫌が良さそうに口を開いた。

 リーゼロッテも毎年クレメンスと行っている大好きなお祭りだ。

 しかし花より団子で主に食べ歩きをしていたのだけれど。


「そうだ、一緒にどうだい?リーゼロッテ嬢」

「え!」


 突然のティモシーの言葉に、リーゼロッテは驚いて目を丸くした。

 カチャンと音がしたので横目に見れば、クレメンスが珍しくフォークを皿にぶつけたらしい。

 マナーが完璧なクレメンスの失敗に、しかし今はそんなことは気にしていられない。


「ぜひ!」


 こくこくと頷くと、ティモシーがわかったと頷き返す。

 そこでハッとリーゼロッテは我にかえり、おずおずと口を開いた。


「もしかしてユリーア嬢とレイナ嬢も誘われました?」

「いや、まだ声をかけてはいないよ」


 その答えに満面の笑みを浮かべて、ずいと身を乗り出した。


「二人で行きたいですわ!」

「はは、かまわないよ」


 おかしそうに笑うティモシーに、内心よっしゃと思いながらクレメンスを横目で見ると、一瞬目が合ったあとにふいと逸らされてしまった。

 それにあれ、と思う。


「じゃあ僕はお先に。リーゼロッテ嬢、バラ祭り楽しみにしているよ」

「はい!」


 食堂の出口へと行くティモシーをリーゼロッテはご機嫌で見送った。

 背中が見えなくなると、ぐっと拳を握ってふっふっふと笑う。


「これでバラ祭りで距離を縮めてハートをゲットするわよ」


 見てなさいと意気込むリーゼロッテの耳に小さく。


「もう、潮時かな」


 クレメンスの声がぽそりと落とされて、何の事だろうとそちらを見ると。


「僕も先に行くよ」

「え……」


 カタンと椅子から立ち上がり、クレメンスはいつものように何かを言うでもなくさっさとテーブルを離れてしまった。

 普段ならよく噛むように、だの残さないように、だの言うのにだ。

 いや、そもそもリーゼロッテを置いていったこと自体が初めてで、思わずリーゼロッテは眉をひそめた。


「どうしたのかしら」


 具合でも悪いのだろうかと慌ててトレーを返却口に持っていき食堂の入口へと急ぐと、そこにはクレメンスが立ち止まっていた。


「クレ」


 名前を呼びかけようとしたところでハッと気づく。

 クレメンスの向かいにジュリアがいることに。

 その頬を赤く染めていると、ジュリアはクレメンスを見上げて口を開いた。


「クレメンス様、明後日のバラ祭り、一緒に行きましょう」


 ぴたりとリーゼロッテの思考が止まった。


(私が殿下と二人で行くなら、クレメンスは行かないんじゃないのかな)


 何となくそんなことを脳裏で考えると、ふいに視線をずらしたクレメンスと一瞬目が合った。

 けれどすぐに逸らされ。


「わかった」


 その了承の返事に、リーゼロッテは思わず口の中で「え……」と呆けた言葉しか出なかった。

 てっきりクレメンスはリーゼロッテと行かないのなら、参加しないと思っていた。


「きゃあ、本当ですか?嬉しい」


 ジュリアの弾んだ声だけが、やけに大きく聞こえる。

 思わず大股で二人の方へ行くとクレメンスのローブの裾を掴んでしまった。


「……なに?」


 自分でも理由のわからない行動に動揺していると、クレメンスの起伏のない声が上から降ってくる。


「あ、あの」


 クレメンスの瞳がいつもの温かさを感じさせず、何を言えばいいかわからなくて、背中を冷や汗が流れた。


「駄目よう、いい加減、幼馴染離れしなきゃ」


 くすりと勝ち誇ったようにジュリアが笑いながら小首を傾ける。

 それが白々しく何だか耳障りに感じて、リーゼロッテはクレメンスのローブから手を離すとその場を足早に立ち去った。

 中庭までズンズンと歩いてきてピタリと立ち止まる。

 さっきから胸の中がぐるぐると気持ち悪い。


「……食べ過ぎたのかな」


 胸に手を当ててしゃがみ込む。

 こういうとき、いつもならクレメンスが真っ先に気付くのに。


「そりゃ、筆頭候補だしね」


 そっちを優先するだろう。

 何とかしろと思っていたし、自分はティモシーとの約束もとりつけたし、万々歳のはずだ。

 もしかしたらクレメンスが来るんじゃないかとしばらくその場にいたけれど、午後の授業開始の鐘が鳴ったので何となく元気が出ないままリーゼロッテはその場を後にしたのだった。


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