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入学式から数日経ち、新入生も学園に慣れてきた。
ざわざわと話し声がそこかしこから聞こえる食堂で、リーゼロッテはさてどこへ座ろうかとトレーを持ってキョロキョロしていた。
ちなみにクラスメイトには必要最低限のマナー的な受け答えしかしなかったので、友人というものは出来ておらずに一人きりだ。
前世も借金を抱えた途端に蜘蛛の子を散らすように友人は離れて行ったので、いい思い出はない。
きょろりとした時、視界の端にティモシーとクレメンスが向かい合って座っているのが見えた。
ラッキーなことにその二人のテーブルはまだ空きがあるし、食堂はなかなか混んでいる。
声をかける絶好の機会だ。
いそいそとテーブルに歩み寄り、二人がリーゼロッテに気付いて目線を向けると。
「こんにちは、殿下。テーブルにご一緒してもいいですか?」
にっこりと笑みを浮かべてティモシーに話しかける。
ティモシーはゆっくりとひとつ瞬くと。
「リーゼロッテ嬢、かまわないよ」
にこりと愛想良く笑みを浮かべた。
リーゼロッテはよっしゃと内心ガッツポーズだ。
「では失礼します」
カタンと椅子を引いてティモシーの横に座ると。
「リジー……友達出来なかったの?」
眉を下げて心配そうにクレメンスがリーゼロッテの向かいの席から視線を向けてくる。
可哀想な目で見るなとか、このオカンめ、とか心の中で思いながらフォークを持ったリーゼロッテに。
「そうなのか?」
ティモシーがぱちくりと目を丸くした。
そこでしまったと思う。
(社交も満足に出来ない奴だと思われたかな)
貴族は社交性が大事だ。
「少し人見知りでして」
誤魔化しながらもいくら用心のためとはいえ、おざなりにでも友人を作っておくべきだったかと、内心歯噛みした。
しかし。
「じゃあ学園生活は心細いだろう。後輩だし、いつでも頼るといい」
「はい!」
ティモシーの言葉にパアッと表情を明るくさせると、大きく頷いた。
しかしその後が面倒くさかった。
二人の幼馴染エピソードを聞かれ、親交を深めるために話したくてもクレメンスの前では猫被っていなかったため、必然的に淑女らしくない自分のエピソードも披露せねばならない事態になったのだ。
しどろもどろに思い出を改変しながら話すリーゼロッテの向かいでは、クレメンスが素知らぬ顔でパンをちぎって口に運んでいる。
内心リーゼロッテの必死さに笑ってるに違いないなどと、被害妄想が膨らみそうだった。
食事を終えたティモシーとクレメンスがトレーを片手に立ち上がり。
「それじゃあリーゼロッテ嬢、楽しい話をありがとう」
「いいえ、とんでもありませんわ」
「リジー、しっかり噛んで食べるんだよ」
立ち去る二人のうちクレメンスの言葉は無視しておいた。
ティモシーがいなくなったのならゆっくりしている意味はない。
下品にならない程度にパクパクと食事をしてしまうと、リーゼロッテは立ち上がりカウンターへトレーを返却して、食堂の入口に向かった。
ふとそこで足を止める。
クレメンスが一人の女子生徒に話しかけられていた。
ティモシーは先に行ったらしく、隣にはいない。
黒いローブに巻かれている黒髪で、それがクレメンスと同じティモシーの魔法使い候補のジュリアだと気づいた。
クレメンスは相変わらずのぼんやりした無表情だが、ジュリアは親し気に話しかけている。
見間違いでなければ、頬が薄紅色に染まっている。
リーゼロッテならライバルになる人間と親しくしたいとは思わないが、彼女は違うらしい。
ジュリアのほっそりした白い手がクレメンスの右手に触れようとすると。
「クレメンス」
リーゼロッテは思わず声をかけていた。
「リジー」
リーゼロッテに気付いてこちらを見たクレメンスが、ジュリアの手が触れる前に彼女から離れていく。
「もう食べ終わったの?ちゃんと噛んだかい」
「いや子供じゃないんだから」
思わず声をかけてしまったが、クレメンスの言葉に声をかけなきゃよかったと半眼になるリーゼロッテだ。
目の前に歩いてきたクレメンス越しにジュリアを見やれば、キリキリと眉を吊り上げたもの凄い形相でリーゼロッテを睨みつけている。
思わず、うわ、と半歩後ずさってしまった。
「クレメンス様!」
ジュリアが声を上げると、クレメンスが肩越しに振り返った。
「明日は私と昼食を食べましょう」
「悪いけど先約がある」
クレメンスが断りを口にしたけれど、ジュリアは諦めなかった。
「先約ってまさか」
ジュリアが口を開いたのと。
「え!殿下と約束してるの?」
ピンと閃いたリーゼロッテがクレメンスの顔を期待を込めて見上げたのは同時だった。
きょとんと目を丸くしたあと、クレメンスがおかしそうに笑ってリーゼロッテの頭をぽんぽんと撫でる。
「違うよ」
「なんだ」
あっさり否定されて興味をなくしていると、ジュリアが唇を噛んでいるのをクレメンス越しに目が合ってしまった。
ひえ、と若干身を引いてしまったリーゼロッテだ。
結局それ以上ジュリアが声をかけてくることはなく、リーゼロッテを睨みつけたままこちらに背を向けて行ってしまった。
「なにあれ」
「うん?」
思わず出た言葉をクレメンスに聞き返され、何でもないとごまかした。
「仲いいの?彼女」
クレメンスが自分以外と親しくしているのを見たリーゼロッテは、なんだかもやもやしながら尋ねた。
確かジュリアは二年生だと聞いている。
クレメンスよりひとつ年下ということは、一年間交流があったということだ。
当たり前だが自分以外に交流があることに、思い至らなかったリーゼロッテだ。
リーゼロッテの言葉に、クレメンスはああと何の感情もなく。
「釣り書きを何度か家に送られてる」
「え!」
思わぬ言葉にリーゼロッテは、目を丸くした。
白一色の廊下に驚きの声が響き渡る。
「ティモシー殿下のお茶会にもいたよ。リジーに挨拶したこともある」
顔見知りということよりも、釣り書きを送られたという知らなかった事実に頭の中が真っ白になったが。
つまり婚約者候補ということだろう。
そういえば侯爵家の嫡男なのに、婚約者がいないのは今さらながらに不思議だった。
そろそろ決まってもおかしくない。
あれだけ親し気にしてくるということは、有力候補なのだろう。
「本当に?えー先超された」
ぽかんと目を丸くして、背の高い幼馴染を見上げた。
自分はまだまだティモシーとの婚約には程遠いのに。
言外に含まれている言葉に、クレメンスがわずかに眉根を寄せる。
「それだけ?」
「ほかに何かある?」
きょとんと目を瞬かせて小首を傾げれば、いやとクレメンスが小さく首を振った。
「仲いいの?クレメンスのことだから口うるさくしてるんでしょ」
からかうように言うと、クレメンスがじっとアメジスト色の瞳でリーゼロッテを見つめてきた。
「な、なに?」
じっと見つめてくる視線に居心地悪そうにしていると、クレメンスが身をかがめて、そっとフィッシュボーンに編んでいる赤毛を手に取った。
そこにはクレメンスからの贈り物である若草色のリボンが巻かれている。
「着けてくれてるの、嬉しいな」
「くれるんなら、そりゃ使うわよ。クレメンスからだし」
何だ何だ、と思いながらも、頷く。
ただより高い物はないと思うけれど、クレメンスからは怒涛の勢いでプレゼントが届くし、断れば寂しそうにするのでリーゼロッテのなかでは、仕方のない特別枠だ。
「それにクレメンス趣味いいし。よく私の好みがわかるね」
「リジーのことならわかるさ」
ふっと小さく笑ったクレメンスに、なんだか誤魔化されたような気がしたが、リーゼロッテは、まあいいかとぼんやり思った。




