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48:幸せなくちづけ

「リカルド様……」


 壇上でわたしを出迎えたのはリカルド様だった。

 リカルド様の差し出す手を取り、わたしは段を上る。


「君の謹慎処分と、根も葉もない訴えはもう取り下げられているよ。本当は、あのヴィタリスとの結婚を僕が承諾する見返りとしてだったのだけど……」


 わたしは王子のお心遣いに胸がいっぱいになった。

 全てこの国のためと、自身のお心を犠牲にしながらも、最後までわたしのことを思ってご配慮いただいたのだと、そのことに感謝した。


「皆、聞いてくれ。私とアシュリーのことだ。皆が私たちのことを祝福してくれる気持ちは先ほどありがたく聞かせてもらった。長い間育んだ愛も、決して偽りではなかった。そのことは神に誓って証言する。

 だが、知ってのとおり、私は先日皆の前で彼女との婚約を破棄した。私を信じ、すがるように見つめる彼女のことを、私は無慈悲にも見捨ててしまったのだ」


 自分の非を、多くの者がいる前でこれほどはっきりと認める王族はいない。

 皆、王子がこの先に何を言うのか、息を飲んで見守っている。

 わたしもその一人だった。


「私には、この期に及んで、自分が言い渡した婚約破棄を取り消したいなどと言う恥を晒すつもりはない。彼女には私よりももっと相応しい人がいるのだから。

 ……辛い身の上にあった彼女を助け、さらには、このオリスルトの危機を救った英雄だ。皆、私とともに、彼と、アシュリーのことをどうか祝福してあげて欲しい!」


 リカルド様が手で指し示した先には、ミハイル様の大きく頼もしいお姿があった。

 大きな歓声と拍手を向けられ、困ったように前髪を掻き上げる素振りをなさるミハイル様。

 ここはそのような場ではないと言って、なかなか前に進み出ようとされなかったが、リカルド様に背中を押されてようやく壇の中央に立つ。


「ミハイル様……」

「涙でぐちゃぐちゃじゃないか。君の晴れ舞台が台無しだぞ?」


 ミハイル様がわたしに向かって微笑む。

 わたしは思わずゴシゴシとドレスの袖口で涙をぬぐった。

 お父様にご用意していただいた素敵なドレスだったけど、ミハイル様にはそれよりも、とびきりの笑顔をお見せしたかった。


 自分が何で泣いているのかも忘れてしまった。

 全てが上手くいってホッとしたから?

 リカルド様が、わたしの悲しみを理解してくれていたことが分かったから?

 そんなリカルド様とお別れするのが辛いから?


 全部そうかもしれない。

 でも、そのどれよりも心の中を大きく占めるのは、今こうしてミハイル様と向かい合っている喜びだった。

 本当の意味で知り合ったのは、ほんの最近のこと。

 でも、それはわたしにとっての時間であって、ミハイル様はそれまでもずっと、わたしのことを見てくださっていたのだ。

 そのことを知り、その想いにお応えすることができることが、わたしは嬉しかった。

 想いを秘め、自分を殺し、国のために心血を注いで来られたかたが、その信念を脇に置いてまで、わたしの前に立ってくれたことが……。


「ミハイル様。実はあの日、廃屋でお救いいただいたメイドのリゼは……、その中身は、わたしだったのです。わたし、きっとミハイル様はリカルド王子に遠慮されて、身をお引きになるのだと思っておりました」


 ミハイル様が驚いた顔をなされたのは一瞬のことだった。

 そのお顔はすぐに照れ笑いに変わり、それを誤魔化すようにわたしの手を取る。


「いっときはそう思っていた。だが、王子に此度の経緯を全て説明したとき、私から王子に願ったのだ。アシュリーの側にいて、彼女を幸せにするのは自分でありたいと」

「……!」


 駄目。駄目よ。

 せっかく(ぬぐ)ったのに、また涙が(あふ)れてきてしまう……。


「アシュリー……」

「ミハイル様……」


 見つめ合うわたしたちの姿と気配を察し、誰かが大きな声ではやし立てた。


 えっ!? こんな大勢の前で?


 正直戸惑ったけど、幸せの絶頂を感じているわたしは、それを振り払うような無粋なことはしない。

 わたしは身を固くしてそのときを待つ。


 ……あっ!? いけない!


「ミハイル様? しっかりとお支えくださいね?」


 薄く目を開け、小声で囁くわたし。

 それを受けてミハイル様は、背中に回した腕を深く巻きつけ、わたしの身体を斜めに傾けた。

 目を閉じ、天を仰ぎながらミハイル様の唇を受け止める──。


 目を開けると、わたしの腕の中には微笑を浮かべながら瞼を閉じる()()()がいた。

 すさかずもう一度。今度はミハイル様になったわたしの方からのキス。

 一瞬、グラリと傾く感覚があったけど、次の瞬間わたしはまた、あの逞しい両腕に抱きかかえられていた。


「愛してる、アシュリー」

「わたしもです、ミハイル様」


 そう応えた瞬間、ハッと息を飲む。

 優しく微笑むミハイル様の瞳。

 その瞳の中に、あの悪魔の顔が映っていたのだ。


 もうっ……、一番大事なときに無粋な真似を!


 そう言えば、鏡でなくとも、姿が映るのなら、どこからでも覗けるのだと自慢げに話していたっけ。

 次にあの悪魔と交わす約束は〈他人様の情事を覗き見ないこと〉にしなくちゃだわ。


 広間に割れんばかりの歓声と拍手が鳴り響く中、わたしは密かにそう決意を固めると、ミハイル様の瞳をそっと手で遮り、もう一度、今度はわたしのほうから、深く唇を重ねたのだった。


〈終幕〉

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