27:伯爵令嬢アシュリー(誰!?)登場
リゼに付き添われ、入口から静々と歩いてきた儚げな美少女の姿を、わたしは椅子に腰掛けたまま、信じられない気持ちで見守っていた。
彼女がどこか恥ずかしそうに、伏し目がちにしながら、お父様の横に座った後も、わたしは身動き一つできず、まるで呪いで時間を止められてしまったかのようだった。
あれ? もしかしたら心臓も?
慌てて自分の胸に手を当てると、こちらは信じられないほど速く脈打っていた。
わたしだ……!
わたしが動いてそこにいる!
そんな一目見れば分かることを、心の中で馬鹿みたいに叫ぶだけでも、随分と時間を要した。
目の前のわたしは、昨日とは違い、ちゃんと人前に出られる綺麗なドレスに着替えていて、非の打ちどころのないお嬢様を装っていた。
あ、あれ? ただちょっと、前髪の間から見える額のところが少し赤くなっている。
どこかでぶつけたのかしら? わたしったらドジね……。
……などと、そんな益体もないことに現を抜かしている間にも話は進んでいたようだ。
お父様が怪訝そうにミハイル様の名前を呼ぶまで、何が話されていたのかは、ほとんど……、いえ、まったくもって頭に入っていなかった。
「──お聞かせいただけますかな? ミハイル様」
「えっ!? ええ、はい」
そうだ。わたしはミハイル様だった。
ここにいるわたしはミハイル様。
じゃ、じゃあ目の前にいるわたしは一体誰?
入れ替わっている間、自分の身体は眠ったままでいるものだと思ってたのに。
まさか起きて動いているわたしと対面することになるなんて。
「ミハイル様!?」
「はいっ。と、とても、お美しいと思います」
反射的にミハイル様の口がそう言った。
彼女──アシュリーの肩が僅かに揺れた。
それからゆっくりと顔が上がりわたしと目が合う。
不思議な気分。
わたし自身と見つめ合うなんて。
アシュリーのわたしが口をパクパクと開く。
え? なに? なんて言ってるの?
訴えかけるような表情からして、何かを伝えようとしているのは分かったけど、わたしには読唇術の心得なんてないのだから、急にそんなことをやられても分かるはずがない。
貴女もわたしなら、それくらい分かるでしょ!?
でも、その場の空気と、隣にいるお父様の様子を見て、どうやら自分が間違った応答をしたらしいことだけはどうにか察することができた。
まずいわ。不審に思われないようにしなきゃだわ。
「いや、私の自慢の一人娘です。お褒めいただくのは光栄なことですが、今はそんな場合ではないでしょう。騎士団立ち合いの下、現場の検分をした程度で身の証になりますか? とお尋ねしているのですよ?」
お父様は明らかに苛立っていた。
それを取り成したのは後方に控えていたメイドのリゼだった。
「恐れながら旦那様。しばし、お二人だけでお話できる時間を設けて差し上げては?」
ナ、ナイスアシストよ、リゼ。
「何を馬鹿なことを──」
「私からも、お願いいたします」
振り返ってリゼを叱りつけようとするお父様の言葉を遮ったのは、その隣にいるわたし──アシュリーである方のわたしだった。
「王と意見を異にし、当家にお味方いただくのは相当の覚悟がお要りようでしょう。ですからきっと、確証が欲しいのだろうと思います。見返りとして得られる、その……、わ……わた……くしの……、愛を……」
途中まで淀みなく紡がれていた言葉が、最後の方は非常に言いにくそうに、恥ずかしげなものへと変わっていた。
手をぎゅっと握り、肩が小さく震えている。
伏し目がちになった顔が真っ赤に染まる。
そりゃそうでしょうとも。
そんな恥ずかしい台詞、ミハイル様やお父様の前で言わされるなんて。
わたしでも赤くなると思う。
それを聞くミハイル様の方のわたしは、自分ではない自分がしゃべっていることに、ただ唖然とし、口をあんぐりと開けたままにしていた。
お父様は口の中で何かモゴモゴと反論してらしたようだけど、やがてリゼに腕を引かれるようにして部屋を出ていってしまった。
わけも分からないまま、あれよあれよという間に、わたしは当初の目標どおり、自分の身体と二人きりになるという願ってもない好機に恵まれていたのだった。
その身体が、主人であるわたしの意思などお構いなしに、自分勝手に伯爵令嬢として振る舞っているという想定外の状況ではあったのだけれど。




