21:見られた情事(?)
わたしはあの小部屋に寝かせたままにしてあるミハイル様の身体のことが気にかかっていた。
だけど、ルギスと夕食の支度をした者たちを放ってそちらに向かうわけにもいかず、わたしは成り行きで彼らと夕食を共にすることになった。
ルギスに妻はおらず、食卓を囲むのは父と娘の二人だけ。
死別したのか、それともアダナスの地で別れたのかは知らない。
ろくに知らない家族として振舞うことは非常に難しい。
本当なら、この機会にルギスから色々な情報を聞き出すべきなのだろうけど、ボロを出すわけにもいかないわたしは黙々と食事をするだけでその場を凌いだ。
食前のお祈りの仕方も、食事のマナーも全てアダナス式。
ここでもわたしは、あり得るかもしれないアダナス人との外交の場を見越して、わたしを教育してくれたお父様や教育係に感謝することとなる。
かなり贅沢な夕食を平らげたわたしは、ようやく席を立ち、ミハイル様の元へ急いだ。手には、ルギスの書斎から拝借した謎の文書を入れた小箱を抱えて。
ミハイル様の身体をテーブルの上に寝かせたままのあの小部屋。
その小部屋を出てから軽く小一時間は経過している。
その扉の手前まで来たとき、そこから出てくる一人の女性の姿が目に入った。
おっと、まずい。
慌てて廊下の曲がり角に戻って身を隠す。
少し様子を伺っていると、部屋の中からはもう一人の姿が。
彼女らの顔には見覚えがあった。
二人とも王宮の小間使いだ。
「お疲れなのかしら」「もう少し寝かせておいてさしあげましょう?」などという会話の後、二人は扉の前を離れ、どこかへ行ってしまった。
あ、危なかったー。
今のうちに早く戻らないと。
わたしは周囲に目を配ってから、小部屋の中へ素早く身を滑り込ませる。
テーブルの上にはわたしが部屋を出たときと同じ姿勢でミハイル様が寝転んでいた。
仰向けの上半身をドッカと載せて、脚はテーブルの下に放りだして。
なんとも豪快だけど、好意的に見れば確かに仮眠を取るためにそうしているように見えなくもない。
わたしは小脇に抱えていた小箱をテーブルに置いた。
何故だか物音を忍ばせ、息を詰めながら。
そして、ゴクリと唾を飲み、ミハイル様の寝姿に向き直る。
ヴィタリスが再びミハイル様の唇を奪うことになるというのは癪だし、ミハイル様には申し訳ないけど……、やらないと、元に戻れないんだから、と自分に言い聞かせる。
眠っている自分相手にキスをしたときも気が咎めたけど、今からやろうとしていることの罪悪感は半端じゃない。
今さらながらにミハイル様に断りもなく、この身体を持ち出して好き勝手していることに引け目を感じた。
拒絶も抵抗もできない相手の唇を無理矢理奪うなんて……。
ミハイル様に申し訳ない、というのもそうだけど、こんなことをしていたら自分の性癖が捩じ曲がってしまいそうだわ。
あー、やっぱり。
ミハイル様のお顔とその身体を見つめていると、ヴィタリスの身体の中が熱く滾ってくるようだった。そんな気がする。
本当にいやらしい女……。
こんな想いでミハイル様を見ていたなんて……。
そんなふうにヴィタリスのことを非難がましく思いながらも、そんなよこしまな想いが自分の心の中にも満ちていくのを感じていた。
他人のことをとやかく言えはしない。
わたしからしたって、ミハイル様の精悍なお顔やお身体は、とても好ましく見える。
誰はばかることなく、真っ正直に本音を言わせてもらえばそうだ。
服の上からでも分かる、鍛えられた太い腕の筋肉や、浅く上下を繰り返す厚い胸板に思わず目を奪われる。
リカルド様がどちらかと言えば線が細く中性的な印象をお持ちなのに対し、ミハイル様は女性とは真反対の、力強く男らしい色気を蓄えておられた。
ミハイル様が、昼間に宮中で、貴賤を問わず沢山の女性に遠巻きに盗み見られるようにされていたことも頷けるというものだ。
そう、これは客観的な事実よ。
誰だって見惚れる。
人目をはばからず、好きに見ていいですよって言われたら、女性だったら誰だって、こんなふうにガン見しちゃうはず。
ヴィタリスのわたしは、その太い首筋を……、隆々と盛り上がった肩を……、舐めるように見回した。
ちょっとだけ、触れてみてもいいかしら。
どうせ、寝ていらして分からないのだし……。
そのとき、ガチャリ、と何の前触れもなく小部屋のドアが開かれた。
振り返って固まる。
僅かに開いたドアの隙間に、小間使いの女性たちの顔が三つ、縦に並んでこちらを覗いているのが見えた。
「あ、あっ……。すみません。お邪魔しました!」
中の一人が大声で叫び、扉が乱暴に閉められた。
我に返ったわたしは我が身を振り返る。
ヴィタリスであるところのわたしは、いつの間にかテーブルの上に身を乗り上げ、四つん這いになった状態でミハイル様の身体を跨いでいた。
まさに今から寝込みを襲いますよ、と言ったていで。
その状態で口づけをしようとしていたのだから、そう見えて当然だった。
あ……、あっ……、あたし、知ーらないっと。
もともと人目もはばからずミハイル様を誘惑なさろうとしていたのだから、どうせ自業自得でしょ、という投げ槍な気持ちに勢いを得て、私は一息でミハイル様の唇に口づけした。




