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私の兄は。  作者: 棚田もち
エピローグ
32/34

それから

本日五話目です。

 説教もうやむやになっていると、執事から来客が告げられた。

「ブライアン・ジョーンズ様が旦那様に取次を願っております」


「小僧がっ! すぐに行く」

 走り出した父に、執事が応接室でございますと声を掛けた。余計なことを! 黙って玄関にでも行かせればいいのに。私と母も追いかけるが、ドレスでは離される一方だ。


 母と顔を見合わせ——私たちはゆっくりと歩いて行く事にした。どうせ間に合わないし、ブライアンの方が強いだろうし、第一淑女は走らない。

 移動中は隠れていた間の話で盛り上がり、久しぶりに母と笑い合った。私が学校に通っている間に、すでにアンジーを紹介されていて、落ち着いたら二人で会いに行こうと約束した。


 のんびり到着すると、応接室では父とブライアンが談笑していた。

 呆気にとられて見ていると、父がこちらに気がついた。

「アイリーン! ブライアン君からの求婚受けといたから!」


 どうしてそうなった!


 ブライアンを見送りる為に並んで廊下を歩いていると、こっそり耳打ちされた。

「全部ノアのせいにしといたから」


 出来る子!


「それから、俺、絶対あんたのこと好きになる自信がある。結婚して」


 あ、ダメだ。私この人、好きかも。


 こちらに身を寄せたまま不安げな顔で返事を待っている。ほんの少しだけ背伸びをして、私も耳元で囁いた。


「今好きになったかも。これからよろしくお願いします」





 手を繋いでニコニコ微笑み合っていると、父が突進してきた。

「ええいっ離れるんだ! 私の目の前でくっつくんじゃなーい!」

 間に体を入れてきて、押しやられた。あれ? これ私もやったことある。


「伯爵家の者だから、ギリギリ認めたんだからな! 仕方なくだからな!」

「あなた。彼はきっと誠意を見せたんでしょう? そのくらいにして——」


 なに?

「貴方、伯爵家の跡取りなの?」

「知らなかったのか?」

 男爵家のカーラの婚約者だったから、てっきり子爵か男爵家かと思っていた。カーラの上昇志向は凄いな。


「アイリーン」

 名前を呼ばれて振り返ると、母が青筋を立ててこちらを見ていた。

「貴方の教育をやり直す必要が有るようね。今から始めます。まずは貴族名鑑の暗記からよ」







 悪夢まで思い出してしまった。


「そういえば、私も王子妃教育と婚礼の準備で、アイラの話をちゃんと聞けてなかったわね。逃亡してたなんて驚いたわ。私に相談してくれても良かったのに」


 いつの間にかヤマダの話は終わっていたらしい。

「勘違いが重なった結果だったんですけどね」

 そう前置きして、失踪生活を語った。




「そうだったのねえ。おかげでサイモン様に会う機会が増えたのは嬉しいことだけど、大変だったわね」

 ジュリア様も兄の信者だ。

「起きた事を並べてみると、『悪役令嬢プチざまぁ』って感じじゃない?」


 なんだと?!


「まあ。ヤマダさん、どういう事? 『悪役令嬢』って?」

 ジュリア様が食いついた。


「今流行っているオペラに出てくる傲慢な女性がいるじゃないですか。病気の女性を助けようと頑張っている男性を、お金を使ってモノにしようとする。悪役令嬢は、ああいう女性のことです」

 私も三回見た。ヒロインは死んでしまうが、有りもしない特効薬を餌に二人をいいように(もてあそ)んだ令嬢にヒーローが復讐する話だ。


「アイちゃんは公衆の面前で婚約破棄されて、王都を追放。道中のトラブルで行方不明。なんとか助けられるも公爵夫人になる予定だった人が、大分格が落ちる伯爵夫人に。ね。ざまぁっぽい」


 大筋で合ってはいるが、納得はいかない。

「私、これといって悪い事していないのに、『ざまぁ』は無いでしょう」

「アイちゃん美人で、家格も高くて、優しい家族で、あんまり勉強も得意じゃないのに周りが勝手に助けてチヤホヤしてくれるでしょう? ざまぁやむなし」

 そうねぇとジュリア様まで同意している。


 私はポケットに忍ばせておいた一枚の紙を取り出した。

「『おっさんばかり見てたら、気持ち悪さがクセになってきちゃってさ。ああ、滴り落ちる七色に光る汗。それは燃料に勝るとも劣らない油分で輝い』」

「ああぁっ!! ダメダメ! 読まないで!!」

 ヤマダからの手紙をヒラヒラと振る。

「ふふふ。何か言う事があるんじゃない?」

「申し訳ありませんでした!」


 私が満足感に浸っていると、ジュリア様のつぶやきが耳に入った。

「今の悪役令嬢みたいねぇ」

「ですよね! そうですよね!」


 言い合いながら、姦しくも楽しい時間を過ごした。






 そうして婚礼前日。私は父と、この家の娘として最後の時間を過ごしている。

「はあ。アイリーン、君は嫁に行くんだから、しっかりとブライアン君を支えるんだよ。簡単に帰って来てはいけないよ」

 半泣きで言われた。多分帰って来たら、喜んで迎えてくれると思う。


「お父様の娘として、恥ずかしくないよう振る舞いますね」

「うん……」

 あ、泣いた。


「ブライアン君とカーラさんの件は多少醜聞になったけど、上手く抑えたね。君達を悪く言うものはほぼいないだろう」

 これは私の兄コレクションを手放すことで支持を得た。肖像画が主だが、非常に好評を博した。

 兄は嫌がったが、妙な冗談に私を巻き込んだ仕返しも兼ねている。


 それから思い出話に花を咲かせ、明日に備えてそろそろ部屋に戻ろうとした時だ。父から爆弾が落とされた。


「そうだ。明日はちゃんと名前を『アイリーン・ヤマダ・コール』って書くんだよ」


 は?


「やっぱり知らなかったか。君のミドルネームだよ。この国では生まれた時と、結婚する時しか使わないからね」


 はい?


「普段はファーストネームとファミリーネームで済んじゃうからね。紋章もあるし。ちなみに死んだ時は必要ないんだよ」


 え?


「これはサイモンが付けたんだ。君が生まれた時、サイモンとそっくりでね。すでに色々な人に目を付けられて嫌な思いをすることが多かったサイモンが、教会で加護があると噂の名前を聞きつけて来てね。変わった名前だけど、女の子は危険も多い。少しでも生きやすいようにと私達も賛同したんだ」


 ええ??


「実際サイモンとそっくりなのに、君はどこか親しみやすい雰囲気があって、悪意に晒されることは少ない。まあ兄のとばっちりを食うことは割とあるようだけど。本当に名前の加護はあるんじゃないかと思っているんだよ」


 兄より劣る容姿だとずっと信じていた。親バカフィルターがかかって、そっくりに見えている可能性もある。

 ほんの少しだけ羨む気持ちもあったけど、周りを警戒しながら生きる姿を見て、自分の幸運を感じざるを得なかった。

 俄かに信じ難いが、それが兄のおかげだった?


 理由を聞いた今でも名前としては微妙だが、確かに自由な言動のヤマダは愛されている。良い名前なのかもしれない。どうしてか素直に喜べないけど。兄(の肖像画)を売るような真似をしたのは、やり過ぎだったかな。

 若干の後悔を覚えていると、ノックと同時に兄が入って来ていきなり宣言した。


「父さん! ……とアイリーン。私はメアリーさんと結婚します!」


「メアリー? ああ、アイリーンを見つけてくれた人か? いいんじゃないか」


 それって、私に含むところがありそうな、あのメアリーさん!?


 二人の間で、どんどん話が進んで行く。どうしよう。結婚してからも、兄に振り回されそうな予感がする。





 兄本人を肉食令嬢に売りつけた方が良かったかもしれない………………。







ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

目一杯の感謝を。


この後

蛇足、登場人物のその後

真の蛇足、問題のある回「私はヤマダ」に関する話を投稿致します。


そして誤字報告ありがとうございます。

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