13ー真相
本日三話目です。
私は今、歴史を作っている。色は黒だ。
途中で気付いたのだ。あ、そういや生理が始まる時期だと。
道理で抑制が効かない訳だ。奴はまだ抱きしめたまま私を宥めているが、慰めの言葉に「可愛い」まで混ざり出している。既に顔はキラキラしている(だけであって欲しい)マテリアルに塗れているので、上げたくない。
このままどうにかハンカチを取り出したいところだが、腕は囲われていて動かせない。動かして顔を覗き込まれたら……これはもう、奴のシャツでさり気なく拭きとるしかないか。
私が決断を迫られていると、ブライアンが声をかけてきた。
「俺の服で拭いてもいいぞ」
なんと!
「まあちょっと待て」
そう言って私の顔を隠したままゴソゴソしたと思ったら、目の前にハンカチを差し出してきた。
——で、できる。
カーラの調教の賜物だろうか。ここまで育ててリリースするなんて、私には真似できない。
遠慮なく拭いて、鼻もかんでスッキリした。ティッシュがないのって不便。女物のハンカチは綺麗だが、刺繍やレースが邪魔なので、単純に拭きとるだけなら大判の男物に限る。
「ありがとう。とても気持ちが軽くなったわ。これは洗って返すわね」
思いっきりぶちまけてみて初めて心に重苦しいものが詰まっていたことが分かったのだ。今はとても軽い。瞼は腫れているだろうが、ブライアンはきっと気にしないに違いない。顔を上げ、しっかりと正面から見据えた。
「すげぇ目、腫れてるな」
おいぃぃ!
「それでもあんたは綺麗で可愛いと思う」
そういって眩しい物であるかのように私を見た。
なんてことだ!
「ロリコン野郎に! ロリコン野郎にときめくなんて! 生産性がないわ。ひどぉいぃ」
恋愛偏差値底辺の私には耐え難い攻撃だ。
「誰がロリコンだ!!」
顔を真っ赤にしている。とっくにバレているのを知らなかったのだろうか。
「貴方でしょ? それでヤマダさんに執着しているって聞いたわ。さっきの話で理解したわ。小さい妹さんのお友達に接していて、自分の性癖が判明したのね」
こんないい男なのに、勿体ない話だ。
「違う!」
「まあまあ。ヤマダさん相手ならセーフなのだから」
私は残念だけどね。
「本当に違うんだ! ヤマダのことは、ただ守ろうとしただけだ」
「好きだからね」
「好きだけど、小さい子に対する『好き』と一緒なんだ」
「やっぱりロリコンだった」
「あああああ!! そうじゃなくて」
頭を掻きむしっている。何か間違っただろうか。
「いいか?! しっかり聞いてくれ」
ボサボサの頭で睨まれてちょっと怖かったので、大人しく頷いた。
「本当のロリコンはフレデリックだけだ」
ああ、フーはフレデリックだったか。
「そしてエドワード殿下とリチャードは変態だ」
「それは知ってる」
「ウォルターは貴族の遠縁の商家の跡取りで、ヤマダの周りに有力な子息が多いから、繋ぎを作る為に行動を共にしていただけだ」
そういえば破棄騒動の時も目立たなかった。
「変態達の行動を隠れ蓑に、ロリコンがヤマダに過剰に接触しようとするから、それを防ごうとしたんだ」
「ええ? それをしたのはダグラス様でしょ」
でなければ、ヤマダが被害を訴えた人物の中にブライアンが入っている訳がない。
「うっ。それは、俺が少し子供扱いし過ぎたのかもしれない……。つい頭を撫でたり、持ち上げたりしたりしたかも。でも妹はそうすると喜ぶんだ!」
「十歳下の妹さんがね」
ヤマダ……本当に不憫な奴。
「反省している。そのせいで理事長に注意されたからな。離れるとロリコンから守れなくなるだろう。フレデリックは虫みたいにどこにでも沸いてくるんだ」
なんだ。結局ヤマダが好きなんじゃないのか?
もう記憶は曖昧になっているが、ヤマダを好きじゃないと説明できないことがあった。
「あの夜、ヤマダさんを——いえ、フレデリック様を庇って、主にカーラさんに暴言を吐いて居たわよね」
「あれは通常通りの対応だ」
それまで申し訳なさそうにしてたのが嘘のように、断固とした表情でキッパリと答えた。
「俺とカーラは、隙あらば口撃し合うのが日常だ。互いの弱点は熟知している」
リリース案件だった。
面倒そうな人間関係は持っている。でも私を女性として(!)ここまで甘やかしてくれた人はいない。捕まえておくべきなのでは。
チョロいか? チョロ過ぎる女か? しかしそんなことを気にして獲物を逃すほど余裕のある私ではない! 玉砕したら、その当人に慰めてもらおう。
「分かったわ。貴方の言い分を信じるわ」
彼の顔がパッと明るくなる。
「ありがとう! あんたみたいな素直で可愛い人に信じてもらえるって、嬉しいもんなんだな」
優しい笑顔で言われたが、『バカ』という副音声が聞こえた気がする。
やはり突撃するのは早計か。迷っているとブライアンが続けた。
「俺はあんたをもっと知りたい。どうかな。まず友人として付き合ってくれないか」
少し照れながら、願ってもない提案をしてくれる。本当に大事なところは外さないな!
手を差し出して応えた。
「よろこ——」
突如、勢いよく扉が開けられた。
「はい、令嬢確保!」
「応!」
メアリーの号令で護衛達が私を取り囲む。
「よし! じゃあ後は任せた。伝令を忘れるな。あと、フォードの人間は馬車を出して。すぐに出立する」
テキパキと護衛と騎士達が動いていく。っていうかダグラスの家の人間もいたのか。
突然の展開に呆気にとられていると、去りかけていた彼女がこちらを振り向いた。
「もう次を見つけられたようで、おめでとうございます。結婚一直線ですね」
そう言い捨てて、足早に去っていった。
は? 結婚?
部屋を連れ出されながら、ブライアンと目を合わせる。
扉は少し開けていた。
しかし、自分で雑に整えただけのベッドのある部屋に長時間二人きり。私には泣いたあとがあり、彼のシャツは皺になっている。手を取るためにとても近くに立っていた。ほとんどが家の護衛であるものの目撃者多数。
あれ? これ決まっちゃった?




