11ー使者
「リチャード。どうしたの、これ」
「花だ。好きだろ?」
「好きだけど、植物園に花を観に来ているのよ。しかもこんな大きな花束を今渡されても困るわ」
「君がたまにはサプライズが欲しいというから、わざわざ花束を隠して置かせて貰ったんだぞ」
「ありがとう。でもそれは、贈り物をくれるときに必ず『アレとコレ、どっちがいい』って聞くから……」
「選択肢があった方がいいだろう」
という在りし日の会話を思い出した。リチャードは優しいが少しズレた男だった。
父も兄も脳筋で、愛してはくれるが、気遣いといった面では期待出来ない。
この目の前の男は、まるで別種の生き物のようだ。
お茶も妙に美味しい。ジッと見れば、寒いのか? といって、ベッドに置いていたショールをふわりを肩にかけてくれる。これが兄ならば、『腹減ったのか。菓子はやらんぞ、自分の食え』と返ってくるだろう。リチャードならば『同じ菓子だが? 食べたいなら半分やろうか?』といったところか。
たとえ正解はあちらの二人の方が近くとも、されて嬉しいのはこちらの対応……かどうかは体面をとるか実をとるかだな。
今はこちらの方が断然良い。
気分が上がって菓子に手をつける。フィナンシェだ。大好き。美味しい。
ニコニコしながら食べていると、ブライアンが口を開いた。
「ノアの事なんだけど」
途端に気分が急降下した。お茶を飲み干して戻すと、ソーサーとぶつかってガチンと音を立てた。
彼が眉を上げてこちらを見たが、しるか!
「誤解されたかもって気にしてた」
「誤解も何も、キスしてましたけど」
「本当に?」
何が言いたいんだ。
「がっつり見ました」
「がっつりか……」
「がっつりです」
ここは譲れない。
「なんか聞いてたのと話が違う……」
考え込んでいるが、そもそも本人では無いのに何をしに来た。
「ノアに言い訳してこいって言われたの?」
「彼は今メアリーさんに拘束されているんだ」
「緊縛?!」
「なんでそうなる?!」
異性に拘束されるって、何故かいかがわしく感じる。
「時間が取れないみたいなんだ。それで伝言を頼まれた」
「イチャイチャする時間はあったみたいだけど」
「あー、……口を挟ま無いで聞いてくれる? 俺ただのメッセンジャーだからさ」
仕方ない。ブライアンを責めても意味がないことは、私だって分かっている。それどころか、本当は友人の恋愛沙汰にとやかく言える立場でもない。
大人しく耳を傾けると約束し、先を促す。
「俺が聞いたのは、そもそもメアリーさんに呼ばれていた事。そこに重い荷物を運んで欲しいと従業員に声をかけられた事。後はお礼がどうのと言われて、引き止められたって事と、説明をしようとしたけど既に時間が無かった事。それから彼女に、言い訳したら余計に怪しいと言われて、それを受け入れてしまった事かな」
「理解したわ」
「お?」
意外そうだ。
「キスされて拒否している風でも無かった事と、その後もベタベタと引っ付くのを許していた事実を貴方は聞いていなかったのね。良くわかりました」
「————まあ伝えたからいいか」
彼は何かを諦めたようだ。
「それで、貴方は何故この街に来たの?」
当初から気になっていたが、機会を得られなかった質問である。それまで接点などほとんど無かった人間の為に、自ら捜索を買って出るなどおかしな話だ。家が彼を受け入れたと言うのも変だ。素人の坊ちゃんが一人、なんの役に立つというのか。
彼はスッと姿勢を正し、真剣な面持ちで言った。
「君に謝りに」
「さっきまで『あんた』っていってたわね」
「今気にするのは、そこか?」
「勿論よ。とってつけたような謝罪は不要よ。しかもなんで謝られてるのか、さっぱり分かってないのよ!」
「踏ん反り返っていう台詞じゃないからな?!」
決して私は踏ん反り返ってなどいない。少々胸を張って言っただけだ。分からない事は分からないといえる賢い(?)女なのだ。
「謝罪の理由は……リチャードとの婚約破棄についてだ」
「貴方は関係ないでしょ。私の友人であるカーラとの婚約を破棄した事ならともかく」
本来なら、こうして平和的に話しているのだってあり得ない。ただ、当事者のカーラに全くダメージがなく、むしろ喜んでいた節があるのを知っていて、尚且つこの男の評判の方がマズイことになっているからこその対応だ。




