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私の兄は。  作者: 棚田もち
失踪生活
27/34

10ー夢

 私は足早にその場から——————————


 何やらイチャコラしている二人の間にズカズカと入り込み、勢いよく扉を開けて中に入り仕事をした。頼まれた仕事を放り出すなど私の矜持が許さない。


 閉めた扉の外で二人が何か話している声が聞こえたが、すぐに居なくなったようだった。

 ふん! 仕事もせずに何してたんだか!


 黙々と在庫を確認し、ついでに軽く片付けをと思ったが、場所を移動して所在不明なんてことになっても不味いので、拭き掃除に留めた。


 そう綺麗になったという程でもないが、埃っぽさはなくなった。簡単に報告をして、チェックを終えた用紙をモリーさんに渡す。アンジーが脚にしがみ付いてきたので、小脇に抱えて振り回してみる。私の筋肉は確実に増大している。


 適度な運動の後に、本日もオヤジさんの美味しい料理を食べ、部屋へと向かった。


 歩きながら先程の料理を思い返す。ふんっ。タンパク質多めで、口に合うったらなかったわ。へっ。今日の天使も悪魔的な魅力だったし。「ちゅき」って言われちゃったわ。将来はアゴ割れモジャモジャでムッキムキの予定だけどね。くそっ。それでも可愛いわ!


 俯きながら勢い良く歩いていたら、茶色っぽい物が視界に入った。と思った瞬間、ドスンと頭から何かにぶつかった。反動で体のバランスが崩れる。


 踏み止まろうとしたところにグイッと背中を支えられ、今度は前方に頭部が振られて額が硬いものにぶち当たった。痛い。目の前には白いシャツ。視線を上げるとそこには、


「ブライアン君」


 顔を歪めたブライアンが、胸を押さえながら私を支えてくれていた。

「だ、グッ……大丈夫か……」

「ブライアン君こそ大丈夫!?」

 どうやら頭突きをしてしまったようだ。二度。


「…………ああ、大丈夫だ」

 まだ手は胸にあるが、表面を取り繕えるくらいには回復したようだ。


「ぶつかってしまってごめんなさいね。ありがとう。助かったわ」


 正直に言えば、手助けされない方がお互いに被害が少なかったように思うが、そこでただ見ているだけだったら、やっぱり腹が立った筈だ。

 善意には、はにかんだような、しかし実際には私に出来る全力の笑顔で返す! 笑顔一つで済めば安いモノ。なんせタダだ。


 息を整えてから、私に顔を向けた奴の視線が離れない。至近距離で見つめ合っている状態だ。リチャードや王子のような派手さは無いが、整った顔をしているな。まつ毛長い。目は灰がかったグリーンか。綺麗。暗い赤毛は毛先までツヤツヤだ。女性にケンカを売っているのか。見ているのは面白いが、見られるのはちょっと困る。今は碌な手入れも出来ていない。風呂に入れず少々臭っている可能性もある。食後で口臭も気になるところだ。


 先程から押して体を離そうと試みているのだが、がっちりホールドされていて、身動きが取れない。

 なるべく息を吐かないように口を開いた。


「もう離してくれてもいいのよ」

「何を?」

 何をじゃない! なんか顔が近付いてきてるし。


「顔、顔! まず顔を離してちょうだい!」

「かお……顔? え? うおっ ちけぇー!!」


 動揺したブライアンにドンッと体を突き放され、私は尻餅をついた………。




 ◆




「申し訳ない」

「もういいわよ」

「いやでも、ぶつかりそうだと分かっていたのに、甘くみて避けなかった俺が悪い」

 まず声を掛けろ!

「あと、あんたの顔、近くで見ると吸引力が凄いな。離れると愛嬌を感じるのに。変な奴だけど、本当にすまなかった」

 私は掃除機か!  微妙に失礼な謝罪を聞きながら、私の部屋まで来てしまった。


「何か用があって来たんじゃないの? 狭いけど、入ります?」

 紳士は乙女の部屋には入らないがな。

「お邪魔します」

 入るんかい!


「どうぞ」

 部屋の扉を少し開けておけば、声を上げた時に誰かに聞こえるだろう。うん、奴は奥に入れて距離をとっとけば大丈夫かな。話をする機会なのと人恋しさもあって、不用心とは思いつつ中に案内する。


 ブライアンの第一声は「せっま!」だった。


 見渡す程もない部屋を見ている。

「あんた、こんなとこにいたの?」

「そうよ。隠れているのですもの、仕方ないでしょう」

 失礼な奴だな。


「…………ちょっと待ってて」

 そう言い置いて、サッサと部屋を出て行ってしまった。

 なんなんだ! 話があるんだろ。勝手な男共め!


 一人プリプリ怒って、でもなんだか悲しくなっていると、ブライアンが腕に椅子をぶら下げ、更に白い大きな荷物を抱えて戻ってきた。


「なあに、それ?」

「今用意するから」

 ベッドの上に荷物を降ろし、白い布の結び目を解くと、バスケットに入った茶器とクッションが出てきた。


 ポカンと見ていると、机の上に出ていたペンやインクを引き出しにしまい、包んでいた白い布の広げた。テーブルクロスだったらしい。


 その後私の椅子に叩いて膨らませたクッションを置いて、お茶の準備をする。なんと、お湯とお菓子もあった。手際良く全てを整え、最後に自分の椅子を、狭いところに無理矢理セッティングして完成。


 素晴らしい手際で、おもてなしの準備が整えられた。

 もてなされる客の手によって。


「はい、これ」

 数本の花が生けられた小さな瓶を渡された。リボンで飾られていて、とっても可愛い。

「使用人もいないから、この方がいいと思って」

 気がきくな、おい。

「ありがとう」

 ボンヤリしながら御礼を言うと、スッと椅子を引いてくれる。




 仮に身を置く宿屋の狭い一室に、乙女の夢を体現したかのような若き紳士がおります。





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