10ー夢
私は足早にその場から——————————
何やらイチャコラしている二人の間にズカズカと入り込み、勢いよく扉を開けて中に入り仕事をした。頼まれた仕事を放り出すなど私の矜持が許さない。
閉めた扉の外で二人が何か話している声が聞こえたが、すぐに居なくなったようだった。
ふん! 仕事もせずに何してたんだか!
黙々と在庫を確認し、ついでに軽く片付けをと思ったが、場所を移動して所在不明なんてことになっても不味いので、拭き掃除に留めた。
そう綺麗になったという程でもないが、埃っぽさはなくなった。簡単に報告をして、チェックを終えた用紙をモリーさんに渡す。アンジーが脚にしがみ付いてきたので、小脇に抱えて振り回してみる。私の筋肉は確実に増大している。
適度な運動の後に、本日もオヤジさんの美味しい料理を食べ、部屋へと向かった。
歩きながら先程の料理を思い返す。ふんっ。タンパク質多めで、口に合うったらなかったわ。へっ。今日の天使も悪魔的な魅力だったし。「ちゅき」って言われちゃったわ。将来はアゴ割れモジャモジャでムッキムキの予定だけどね。くそっ。それでも可愛いわ!
俯きながら勢い良く歩いていたら、茶色っぽい物が視界に入った。と思った瞬間、ドスンと頭から何かにぶつかった。反動で体のバランスが崩れる。
踏み止まろうとしたところにグイッと背中を支えられ、今度は前方に頭部が振られて額が硬いものにぶち当たった。痛い。目の前には白いシャツ。視線を上げるとそこには、
「ブライアン君」
顔を歪めたブライアンが、胸を押さえながら私を支えてくれていた。
「だ、グッ……大丈夫か……」
「ブライアン君こそ大丈夫!?」
どうやら頭突きをしてしまったようだ。二度。
「…………ああ、大丈夫だ」
まだ手は胸にあるが、表面を取り繕えるくらいには回復したようだ。
「ぶつかってしまってごめんなさいね。ありがとう。助かったわ」
正直に言えば、手助けされない方がお互いに被害が少なかったように思うが、そこでただ見ているだけだったら、やっぱり腹が立った筈だ。
善意には、はにかんだような、しかし実際には私に出来る全力の笑顔で返す! 笑顔一つで済めば安いモノ。なんせタダだ。
息を整えてから、私に顔を向けた奴の視線が離れない。至近距離で見つめ合っている状態だ。リチャードや王子のような派手さは無いが、整った顔をしているな。まつ毛長い。目は灰がかったグリーンか。綺麗。暗い赤毛は毛先までツヤツヤだ。女性にケンカを売っているのか。見ているのは面白いが、見られるのはちょっと困る。今は碌な手入れも出来ていない。風呂に入れず少々臭っている可能性もある。食後で口臭も気になるところだ。
先程から押して体を離そうと試みているのだが、がっちりホールドされていて、身動きが取れない。
なるべく息を吐かないように口を開いた。
「もう離してくれてもいいのよ」
「何を?」
何をじゃない! なんか顔が近付いてきてるし。
「顔、顔! まず顔を離してちょうだい!」
「かお……顔? え? うおっ ちけぇー!!」
動揺したブライアンにドンッと体を突き放され、私は尻餅をついた………。
◆
「申し訳ない」
「もういいわよ」
「いやでも、ぶつかりそうだと分かっていたのに、甘くみて避けなかった俺が悪い」
まず声を掛けろ!
「あと、あんたの顔、近くで見ると吸引力が凄いな。離れると愛嬌を感じるのに。変な奴だけど、本当にすまなかった」
私は掃除機か! 微妙に失礼な謝罪を聞きながら、私の部屋まで来てしまった。
「何か用があって来たんじゃないの? 狭いけど、入ります?」
紳士は乙女の部屋には入らないがな。
「お邪魔します」
入るんかい!
「どうぞ」
部屋の扉を少し開けておけば、声を上げた時に誰かに聞こえるだろう。うん、奴は奥に入れて距離をとっとけば大丈夫かな。話をする機会なのと人恋しさもあって、不用心とは思いつつ中に案内する。
ブライアンの第一声は「せっま!」だった。
見渡す程もない部屋を見ている。
「あんた、こんなとこにいたの?」
「そうよ。隠れているのですもの、仕方ないでしょう」
失礼な奴だな。
「…………ちょっと待ってて」
そう言い置いて、サッサと部屋を出て行ってしまった。
なんなんだ! 話があるんだろ。勝手な男共め!
一人プリプリ怒って、でもなんだか悲しくなっていると、ブライアンが腕に椅子をぶら下げ、更に白い大きな荷物を抱えて戻ってきた。
「なあに、それ?」
「今用意するから」
ベッドの上に荷物を降ろし、白い布の結び目を解くと、バスケットに入った茶器とクッションが出てきた。
ポカンと見ていると、机の上に出ていたペンやインクを引き出しにしまい、包んでいた白い布の広げた。テーブルクロスだったらしい。
その後私の椅子に叩いて膨らませたクッションを置いて、お茶の準備をする。なんと、お湯とお菓子もあった。手際良く全てを整え、最後に自分の椅子を、狭いところに無理矢理セッティングして完成。
素晴らしい手際で、おもてなしの準備が整えられた。
もてなされる客の手によって。
「はい、これ」
数本の花が生けられた小さな瓶を渡された。リボンで飾られていて、とっても可愛い。
「使用人もいないから、この方がいいと思って」
気がきくな、おい。
「ありがとう」
ボンヤリしながら御礼を言うと、スッと椅子を引いてくれる。
仮に身を置く宿屋の狭い一室に、乙女の夢を体現したかのような若き紳士がおります。




