9ー手紙
今日もノアと話しが出来なかった。
私は間借りしている部屋の椅子に座り、「どっちだよ」といいたくなるヤマダからの返信を、もう一度開いた。
『親愛なるアイリーン様
なーんて言うほど親しくはなかったけどね!
なになに? アリちゃん、記憶持ちの人なの? 早く言ってよ。どうもしないけどさ。
茶ぁ飲みながら思い出話くらいはできたんじゃね? って、ババアかよ!!
護衛の話ね。
あんなゲーム、まともにやった人居ないよね。私はやったけどね。でもそんなに詳しくは覚えてないよ。だって話おかしいから、あれ。
なんかね、領地に帰った令嬢が、護衛達がふざけている脇を通って剣でサックリ。てゆーくだりがあったんだよ。頭おかしいよね。笑えねえ(笑)
まともな仕事する護衛ならそんな事しないよね。アイっちが領地に戻るって言うからさ。気をつけてもらおうと思って。
強制力とかは、気にしなくていいと思うよ。攻略対象の近所のお兄ちゃんなんて、もう結婚してるし。婚約破棄も内容違かったはず。あの流れで破棄に行くか! 強制力か! て感じだよね。変な方向に進むんだもん、おったまげたわ! ←ばあちゃんが使って……無かったな。
そうそう。ジュリア様と仲良くなったよ。彼女、いいね。正統派なお姫様って感じで。王子とは婚約継続してるよ、わたしの活躍により。ニョッホホホホホホ、耳の穴かっぽじって聞く? 聞いちゃう? 書くのめんどいから、会った時にね! 実は何もしてないのだ! ちょっと説得しただけだよーん。
ええっと、あとなんだっけ。サイモン様! あの人スゲーよ。
夜会の会場がエライことになってたよ。私もそこに居たんだけど、彼が入って足を進めるたびに倒れる人が続出。オッサンもオバサンも、顔赤らめて鼻息荒くしてさ。全体がおかしな雰囲気になって。サイモン様、黙ってしばらく立ち止まってたと思ったら、そのまま少しずつバックしてたみたいでさ。姿が段々小さくなって消えて行ったよ。
その後はもう盛り上がったね。夜会の出席、久しぶりだったんだって? 着飾った姿が美しくもエロいのなんの。触っちゃいけない、でも触りたいって、近くにいたおっさんが脂身震わせながら身悶えてるから、逆に私らは冷めたけどね。あ、カーラちゃん達とも一緒だったんだよ。
サンドラちゃんが「でも、おっちゃんの気持ちも分かるかもしれません」とか言い出すから、また再燃してさ。あんだけブルブルしてたら周囲に脂と汗が散ってるんじゃないかって結論になって、少し距離をあけたよ。』
何度見ても訳の分からない手紙だ。
更に二枚に渡っておじさんの話が続くので飛ばす。
『それでサイモン様は、時々小規模な晩餐会やパーティーに出るだけだけど、もう支持率がハンパないから、アイちゃんの事を悪くいう人なんていないよ。つーかすでに忘れられてる! 安心して出てきなよ。
ブライアン君が明日の朝一で返事寄越せって言うから、見直すヒマもないよ。寝るヒマはあったけど。むしろ今、早朝だし(笑) 宿題は、ギリギリまで手を出さないのが淑女っしょ。
よし! 今日もハニーを落としに行くぜ!! 応援してくれ☆
んじゃね!
あ、そう言えばブライアン君てさ————————』
私の噂が立っていないようで良かったけど、ハニーって誰だ。あと勝手に付けられてる愛称もブレすぎだろう。
でも大事なことは分かった。悲劇は色恋沙汰じゃ無かった!
ついでみたいに書かれていたブライアンの事は……これで話す切っ掛けを作れないかな……。
今日こそ話をつける! そう決意して、でも人目に触れないようにコソコソと様子を窺っていたら、モリーさんに見咎められた。
「エリーちゃん。こんなとこで見つかったらどうするつもりです?」
「モリーさん……」
鼻息も荒い、仁王立ちのモリーさんの方が目立つ、と言ってもいいものか。
「まあ、しょうがないですね」
ふぅ、と一つ溜め息をついて笑ってくれた。
「そんなに暇でしたら、備品庫のチェックをしてきてくださいな」
既に扱いが雑になって久しい。一人でやきもきしているよりは良いかと了承した。
トテトテと歩いて、備品庫への廊下を曲がろうとしたとき、物音と話し声がした。誰だろう。
ヒョイと、顔を出して覗いてみると、ノアとオリガが備品庫から出てくるところだった。
ノアだ! ここで逃してなるものか!
声を掛けようとして、おかしな雰囲気に気が付いた。
二人の距離が妙に近い。
顔を寄せ合って、オリガがクスクス笑っている。
そして二人の顔が近付いて————。
私は今、
何を見たのでしょうか…………。




