8ー停滞
「それからね、エバンス隊長は、領地方面の捜索の指揮を執る事になったよ」
「え?」
大人しく撫でられていた頭を上げる。
「こっちはメアリーさんが仕切るからね。指揮系統の乱れを防ぐ為に、分かれる事になったんだ」
それは邪魔者扱いされているというのでは。不憫。
「だから、安心して返事を待つといいよ」
「ノア……」
彼の優しさに感動していると、頭を両側からガシッと掴まれた。
笑っているようにも見える微妙な表情に、影が差してちょっと怖い。
「大人しく、ね」
「は、はいっっ」
私の良いお返事にニッコリ微笑んで「じゃ、またね〜」と去って行こうとする。
「あ、王都の話は?!」
また今度〜と言いながら、本当に行ってしまった。
「また聞けなかった……」
しかし、こうして時間を作って会ってくれるのだって彼の厚意だ。ありがたい。
また今度と言うからには、機会を作ってくれるのだろう。あのブライアンが帰ってきたら最新の情報も手に入るはず。
今はノアの言いつけ通り、大人しくしておこう。
大人しくしていたのだが、ノアが話を聞いてくれない。
ブライアンは無事返事をもらって来てくれた。
厚く御礼を言って別れたんだけど、妙な顔をしてこちらを見ていた。
少し気になったものの、手紙の方が気になり、そのままにしてしまった。
彼ともその後、中々会えずにいる。
ヤマダの手紙には、強制力というものがあったとしても、強くはないだろうという旨が書かれていた。『護衛に襲われる』という件も、私の想像とはどうやら違ったようだ。
ならばここは出頭だ!
そう思ってノアに伝えたら、何故かもう少し隠れていた方が良いと言われた。
理由は教えてくれず、その後も会ってくれない。捕まえようとしても「いいから大人しくしてて」と逃げられる。――立場が逆じゃないか?
何か理由があるのだろうと、一応隠れてはいるのだが、そろそろお風呂に入りたいし暇だ。天使は可愛いが、あれはたまに遊ぶからこそ『可愛い』だけでいられる。
話し相手が言葉の覚束ない幼児だけというのは辛い。
気分転換がしたい! 散歩でいい! 外の空気が吸いたい!! 洗濯場以外の!
かなり煮詰まっている状態だが、実はもう一人構ってくれる存在がいることはいる。
「あはは、今日も声掛けられちゃった♡ 今回のお客さんは、若くていい体の人が多くて良いわぁ」
胸を強調するように腕を組みながら、オリガがこちらに流し目をくれる。
「はあ、そうですか」
従業員に声をかけるのって普通だよね。
「オリガさん、仕事はいいんですか?」
「休憩中よ。みんなあたしと話したがるから、疲れちゃった」
お前は喋ってないで仕事しろ! それから野郎どもは捜索しろ! 私が言うのも変だけど。
「貴重な時間を私に使ってくれて嬉しいです」
「ホントは誘われてたんだけどね。あたしはすぐに応じるような軽い女じゃないのよ」
一人に絞った方がいいかな、悩むわあとなど、べらべらと止まる事を知らない発言からは、軽さしか感じられないのだが。
面倒臭い。
いくら話し相手に飢えていても、この人は御免だ。ストレスの方が大きい。
オリガに声をかけているらしい護衛や騎士達は、大商人のお嬢さんの視察の随行人と称して滞在している。「お嬢さん」とはメアリーのことだ。
彼女もよく分からない人だ。たまにすれ違う時があって焦る。それでもチラッと視線を向けてみると、肌ツヤが良くなっているように思える。
いい暮らしをしているんだな。恐らく私のお陰で。
こっちは手持ちのクリームも尽きるというのに。
彼女に名乗り出ようか。でもノアが止めるし。なんでダメなんだろう。
ああ、早く出頭したい……。
手紙の内容は次回になります。




