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私の兄は。  作者: 棚田もち
失踪生活
23/34

6ー女

「みぃつけた」


 耳元で囁かれた声には、聞き覚えがあった。ぐるんと体の向きを変えさせられる。


「全く、一体何をしてるんだ?! みんな心配したんだぞ!」

「ノア」

 私服の彼は目尻を吊り上げていた。

「サイモンだって社交をこなしながら……」

 声のトーンが高まったかと思ったら、いきなり黙った。

「なんて格好してるんだ!!」

「え?」

 普通の前面びしょ濡れのワンピースですけど。

 下を見ても別に透けてないよね。生地厚めだし。


「何が?」

「――――張り付いてる……ああもう」

 ズカズカと庭に入って行き、まだ濡れているシーツを持ってきて私に巻いた。いや、今着てるのよりはマシだろうけどさ。

「シーツが!!」

 背後から上がった声に振り返れば、マリーさんが呆然とこちらを見ていた。手には乾いた布と着替えがある。

 でも気にするのはそこじゃないでしょう。私が見つかったことでしょう、一連托生なのだから! 酷いな私!!


 そこからは何とか彼女を宥めながら、ノアには口止めと落ち合う約束を取り付けて別れた。落ち着いて話せる状況では無かったし、流石に寒かったのだ。


 どうやら彼は交代要員として派遣されてきたらしい。申し訳なく思うが、彼と出会えたことで、希望が見えてきた。少なくともヤマダとの連絡は取れるんじゃないかと思う。

 その為には、まずノアを説得しなくては。


 着替えを終えて、意気込んで待ち合わせ場所に向かう私をモリーさんが呼び止めた。

「エリーちゃん、今日から手伝いに入るオリガを紹介するよ」


 『エリー』とは名前からとった私の偽名だ。モリーさんの知人の子を一時的に預かっているという設定になっている。

 紹介されたオリガは、歳は私と変わらなそうで顔は普通なんだけど、何処かだらしないというか、退廃的な雰囲気を持った女性だった。


 マジマジと此方を見て、胸の辺りで目を止めたと思ったら、ふふんと鼻で嗤って言った。

「綺麗ね、顔が」

 何を言いたいのかは分からないが、喧嘩を売られているのは理解した。


「あら、お世辞が上手ね。でも私なんて、平均的だと思うわ」

 オリガの顔が歪む。誰が見たって、あの兄と似てる私の方が美人だからな。彼女はそれ以下だという意味だ。ついでに言うと、私の胸こそ平均的だ。


「オリガさん、そんな顔するとシワになるわよ。でも二目と見られないって程ではないから安心して」と追い討ちをかけるのはやめておいた。誰か褒めて。


 少々険悪な雰囲気になったのを察した女将さんが、仕事をするからとオリガを回収していった。


 何故だらし無い印象だったのか分かった。彼女の服の着こなしだ。ほんの少し胸元が開きすぎていたし、丈も僅かに短い。髪の纏め方も緩いのだ。


 これからあの女性と毎日顔を合わせるのか。……ここから出た方がいいのかな。

 しかし不自由ながらも今迄結構楽しく過ごせていたので(宿屋の皆様には迷惑を掛けているが)、安全確保の為にも出来ればここに居たい。


 やっぱりノアだ。ノアを落とす!いや、協力してもらう!







 待ち合わせ場所は、マリーさん提供の私的な居間だった。本当にありがとうございます。

 着くと既に彼は仁王立ちで待っていた。


「アイラ、さあ訳を話してもらおうか」

 若干腰が引けながらも、椅子に座るよう促す。イライラしているようで、音を立てて椅子を引きドサリと腰を下ろした。


 さて、ここからが本番だ。乾いた唇をひと舐めし、口を開いた。

「ごめんなさい。迷惑を掛けて、本当に申し訳なく思っているわ」

 そう言って頭を下げた。


 彼は片眉を上げて何か言おうとしたが、遮るように続けて言葉を発する。

「勿論それには訳があったのよ。キチンと説明するわ。でもまず私の家族の様子を知っていたら教えてくれない? 出来れば王都の状況も」


 ずっと気になったいた。家族がどうしているのか。心労をかけていることは分かっている。婚約破棄に続いての今回の失踪だ。どれほど心配していることだろう。

「元気だよ」

「は?」

「彼等は元気だよ。心配してない訳じゃないけど、大きく支障をきたす程じゃない。詳しくは後で話すけど。先ずは君の話からだ」


 なんだか納得が行かなかったが、続けてくれそうになかったので諦め、王都を出てからの護衛隊長と周りの人達の様子や、いかに自分が不安だったのかを語った。


「このまま領地に着いても、相談出来る人も居ないし、まだ何をしたとも言い難い人の事を家族に訴えても、気のせいで済まされると思うの。変化を直接見てる訳じゃないもの。逆に重く捉えられて解雇なんて事になっても困るというか」

 ハッキリ言えば私の寝覚めが悪い。ヤマダの忠告が無ければ、正直自分もこんな事はしなかった。


 静かに話を聞いていたノアが、こちらをジッと見据える。

「それで、これからどうするつもりだったの?」

「王都のほうが落ち着けば、家族が領地に戻るでしょう。それまで時間稼ぎをすればいいかなと」

 要は抑える人物が居ればいいのだ。


「それと学校の友人に忠告してくれた人がいるので、詳しく話を聞こうと思うの」

「馬鹿か君は」

「ぬ?」

 いかん。耳慣れぬ言葉に、淑女らしからぬ反応をしてしまった。


「馬鹿だろう! 今の話を聞いたら十人中百一人が、君が何も考えていないことに気付くぞ!」

 数が増え過ぎだと思う。


「ちゃんと肉を食ってないだろう!!」


 お前も馬鹿だな!!




登場人物


アイリーン・コール

主人公。一部の人にはアイラと呼ばれている。宿屋での偽名はエリー。


ノア・ミドルトン

騎士。男爵家の次男で主人公の友人。


ガブ

宿屋の主人


モリー

女将。ガブの妻。


マリー

ガブとモリーの娘。


トマス

マリーの夫。未登場。


アンジー

マリーとトマスの息子。


オリガ

宿の手伝いに来た親戚。




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