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私の兄は。  作者: 棚田もち
失踪生活
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5ー影

 食事を終えた頃、オヤジさんが戻ってきた。

「あんた。なんの話だったんだい」

「ああ、騎士達の夜食の話だった」

 うっ。それ私のせいだね。遅くまで申し訳ない。


「それと明日、交代の騎士達が来るそうだ」

 ! 誰が来るんだろう。「人手が足りなくなりそうだから、オリガに頼む事にしよう」まさかサイモンは来れないよね。何かあったと思われたら困るもの。――――心配してるかな。


 オヤジさん達の話を右から左へと聞き流しながら、もう少しやり方があったんじゃないか、でも領地に行くの怖かったし、時間も無かったしと自分の考えに耽る。

 ぼんやりしながらも後片付けを終え、お湯をもらって間借りしている小部屋へと戻った。あまり利用されていなかった部屋で、置かれていた行き場の無い荷物が残っているけど、ベッドに机と椅子があれば十分。


 顔や手を拭きながら再び思考を巡らす。騎士が交代するなら引き継ぎもあるよね。その時抜け出せるんじゃないかな。まてよ。宿から出られないからそんな風に思うだけで、このままここにいた方が安全だよね……。首もふきふき。脇もふきふき。くそー、お風呂に入りたい。


 出来る限り綺麗にする。そもそもどこがゴールなんだろう。いつ安全になったと分かるのか。分かる訳ない。なんとかヤマダに連絡をとって、情報を得たいところだ。ただこの宿は監視されているかもしれない。明日手紙を出しに行く隙があればいいのだが。






 朝を迎え、宿も早くから慌ただしい。

 トトトンとリズミカルな包丁の音に、スープの匂い。水を汲んだり、テーブルを整えたり予定の確認、忙しそうだ。


 私といえば、たまに洗濯物を干したり、部屋の片付けといった裏方の作業は手伝うけど、基本的にはアンジーと遊ぶのが私の仕事だ。


 今日は天気も良いし、アンジーと何して遊ぼう。


 といっても、それほど選択肢がある訳ではない。物干し場で泥団子を作る事にする。


あーた(あーちゃん) まってー!」

 と叫びながら天使が逃げ出す。使い方間違ってるよ。

 団子を作るはずが、追いかけっこになってしまった。


「きゃーぁ」

「待て待てえぇ〜! あっ」

 狭いスペースで走り回っていたら、アンジーが用意していた泥に足を取られた。間に合わない! べちゃっと転ぶ。

「大丈夫?!」

 慌てて起こして確認する。泥で呼吸が出来なくなるってことあるのかな? 泣いてないし、顔はそれ程汚れていない。怪我も……「あーた(あーちゃん) だっこ」

 ぺったりとくっつかれてしまった。


 汚れてしまったからには、そのまま泥遊びを続行する。これ、美肌効果あるかな。

 顔に泥でヒゲを描く。

 ガオーといいかけて、ライオンは通じないなと思い至る。

「ブニャーオッ」

「ねこ!」


 散々じゃれあったあと、どうしようかと悩む。泥だらけで部屋に入るのはよろしくない。井戸は近くにある。よし、洗ってしまおう。






 取り敢えずアンジーは綺麗になったので、干してあった布を拝借。拭いてそのまま近くを通ったマリーさんに渡す。私は服を脱ぐわけにはいかないので、着たまま洗った為濡れそぼっている。


「ごめんなさい。遊んでたらびしょ濡れになっちゃって」

「あぁぁ?! そこから入らないでくださいね! 今タオル持って来ますから!」

「は、はい」

 アンジーを急がせながら慌てて戻っていく。が立ち止まって振り返り

「絶対に入らないでくださいね!!」

 私、侯爵令嬢……。


 待つ間、スカートの裾をもっと絞れないかやってみる。おお、絞れる。水分が下がってきたんだな。

 一所懸命励んでいると、フッと影がかかった。マリーさんかな?


「手伝おうか?」


 男の声――!


 素早く身を翻そうとするも、ガッシリと肩を掴まれてしまう。そこからゆっくりと両腕で拘束されていく。耳に男の息がかかる。



「みぃつけた」





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