4ー刺客
侍女らしき女性の正体はハンターだった。名はメアリー。獲物は私だ。
――――なんか悪い事したっけ。あれ? してるのかな??
護衛や騎士達に指示を出し、外回りの人員が減った。以前より休憩をとる騎士が多い。理由は、焦って動くよりゆったり過ごしている姿を見せた方が、私の評判を守る事に繋がるから、というのが女将情報だ。
取ってつけたようじゃないか?
自分で逃げておいて、「私の身の安全は!?」と思ってしまったが、どうも安全を確信しているような素振りを見せるという。
見た目は普通の女性だったんだけど、何やら特殊技能を身につけているようだ。
どうしよう。早いうちに捕まった方が、軽傷で済むような気がしてきた。マジもんの人が出てきちゃったんじゃ……。
その証拠もある。私の滞在していた部屋で一人、高笑いをしているのを聞いたのだ。しかもデカイ声で何か喋ってた。気味が悪くて急いで逃げ帰ってきたけど、あれ、絶対関わっちゃいけない人種だよ!
女将であるモリーさんの実の娘、マリーさんと一緒に、アイツには近寄らないでおこうと誓い合ったのは記憶に新しい。
アンジーの母親でもあるマリーさんは、婿養子を取って両親と共に宿を切り盛りしている、可愛らしい女性だ。
ここの人達は、本当に良くしてくれる。
邪魔で面倒事のタネでしかない私を受け入れてくれる度量の深さ。神か。
そんな彼らに、お世話になりっぱなしで心苦しいが(金は多目に払っている)、今日も厨房にて美味しくご飯をいただいております。
宿泊客に対応する為、マリーさん夫婦とは交代で食べている。アンジーは私達と一緒だ。
「オヤジさんの料理は、ホント染みる……」
貴族の食卓よりも見栄がない分、飽きないお味で、つい食べ過ぎてしまう。
「お嬢さん、太ったよな」
「ガブ!」
オヤジさんがモリーさんに肘鉄を喰らっている。うん。正直が美徳とは限らないよね。
「(もう殴ってくれたので)いいんですよモリーさん。この料理が美味しいのがいけないですから」
腹が満たされれば、心にも余裕が出来るというものだ。
「じーた ごはん、おっしー!」
うんうん。君も沢山食べて大きくなりなさい、縦に。
「今日も天使……。でもこの天使は誰に似てるんですか?」
モリーさんとマリーさんは赤毛。オヤジさんは茶色。マリーさんの旦那さんは薄茶。容貌も皆んな普通で、オヤジさんに至っては鍛冶屋か!ってくらいムキムキのアゴ割れ。金髪碧眼天使のアンジーと、誰も似ているとは言えないのだ。
「俺だ」
「は?」
「俺の小さい頃にそっくりだ」
鏡を見た事が無いらしい。或いは願望が真実を全力で歪めているのか。
どちらにしても気の毒な話だ。
同情を込めてモリーさんに視線を向ければ、彼女は顔の前で手を振って言った。
「それが本当に似てるらしいんですよ」
オヤジさんと天使を交互に見やる。
「どこが」
「いえ、私も最初は信じられなかったんですがね。無くなった義父も、昔馴染みの人もそう言うんですよ」
「担ごうとして」
「ません」
髪や瞳の色は確かに変わるが、これが?!
「この人も最初は天使だったって話です。お義父さんが、『自分に似てる』と言ってもお義母さんは信じなかったそうですよ。なんせ今のこの人みたいな外見でしたからね」
う〜ん、オヤジさんをみても、その縮小版しか想像出来ない。
「それで名前を『ガブリエル』と付けて」
なんだと?!
「まあこんな感じに育ったんで、ガブと呼ばれてますがね」
「ガブ。ピッタリの愛称だと思うわ」
力自慢な感じがする。
この国の宗教は混ぜこぜな印象で天使もいる。熱心な人は少なく、生まれた時と冠婚葬祭にのみお世話になる場合が多い。
「お義父さんはミカエルって名で。でもマイクとしか呼ばれてなかったですね」
延々と繰り返しているのか?
「呪」
「呪われてませんから!」
「とーた とますー」
「そうだね〜。トマスさんだね〜」
「ん!」
くはぁ。この生き物は本当に期間限定だったか。ならば短い時間を出来る限り愛でようではないか!! この子の安全の為には、外見の変化は寧ろいい事だしね! 将来がアレなのは、なるべく考えないようにしよう。
とそこに厨房の外から声がかかった。
「ご主人はいらっしゃいますか」
若い女性の声だ。現在この宿に、私のよく知らない女性は一人しかいない。
「あああ、ここにおりますよ。少々お待ちください」
モリーが慌てて返事をする。
か、髪! キャップ被ってたっけ! 焦って頭に手をやった際、ナイフにぶつかり、ガチンと音を立てて落ちてしまった。
「大丈夫ですか?」
ひょっこりと女性が入り口から顔を出す。
「メアリーさん! 大丈夫ですよ。ほらアンタ!」
モリーさんが私の方へ向かう視線を遮り、オヤジさんを促す。
既に立ち上がっていた彼は、更にその前に進みでた。
「あちらで話を伺います」
「お食事中でしたのに、すみません」
後からでも構わないのですがとか言ってるけど、ならくるな! そして早く出て行け!!
まだ何か喋りたそうにしていたが、オヤジさんが歩き出したのでついて行った。
ビビった……。
「あーた、あーた」
天使が私の名前を連呼して、アワアワと頭を確認するマネをしながら、色々な物に当たりに行く。何とも言えない気分になる、が
許す!




