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私の兄は。  作者: 棚田もち
失踪生活
20/34

3ー隠密

「お嬢様、やはりいらっしゃいません」

「ダメだ、こっちにもいない」

「見落としているところはないか」


 慌てたように廊下を走る音やドアの開閉音。それに混ざり、護衛達の声が聞こえる。結構近い。

 え、ナニコレ。怖いんですけど。


 バタン!


 部屋の戸が開いた。護衛のヒースだ。

 じっと息を殺す。自分の鼓動がやけに煩く聞こえる。

 彼は長靴(ちょうか)を鳴らしながら中へ入るとベッドに近付き、勢いよくシーツを捲った。そして膝をついて下を覗きこむ。

 立ち上がって、今度はクローゼットの方へ。

 ガサガサと物を動かしているようだ。


 今度はカーテンや物陰などを確認し始めた。フッと足元に影が差す。


 ——お願い、気付かないで。


『動かない』と思うと、余計に体が動くような気がする。立ち止まった。近い。

 バサバサと何かをしている。——音が消えた。部屋に静寂が満ちる。


 ガタンッ


 !!


 気配が遠ざかった。一通り見終わると、足早に部屋を出て行った。


 ――――――怖かった。


 小窓から、えっちらおっちら室内に戻る。


 おいおい、ちゃんと片付けて行けよ。


 室内は扉も閉められず、動かした物は動かしたままの状態で、雑然としていた。


 モリーから動きやすい服を借り、花の鉢植えくらいしか置けない、狭い窓手摺に必死にへばりついていたのだ。これを昼間にやったら大騒ぎになり、『早まるんじゃない』との説得が始まるところだ。

 正直言って見つかることよりも、落ちることの方が怖かった。


 この荒らされた女将達の私室で、後はクローゼットにでもいれば、バレないだろう。扉が開いているのは、寧ろカムフラージュになるな。


 夕食の際、給仕にきたモリーに、アンジーを守る代わりにかくまって欲しいと、交渉したのだ。

 相手に考える時間を与えないよう、まくし立てた。侯爵である父を欺く利点がない事に気付いてもらっては困る。難色を示したものの、護衛の異常な様子を話すと、快く了承してくれた。


 女将には通じるのに、何故もっと身近にいる人達には理解してもらえないのだろうか。

 何かの補正が働いているのかも(※)。


 身を隠すにあたって、手紙は置いておいたが、役に立たない事は分かっている。いくら無事だと書いても、なんの保障もないからだ。

 騙されているのかもしれないし、何かに巻き込まれているかもしれない。あるいは脅されて手紙を書いた可能性も考えるだろう。

 それでも無いよりはマシかと思ったのだ。自己満足にすらならないが。


 周囲に迷惑をかけても、ヤマダの警告を無視したくない。身の安全が大事だ。

 今家族の元に戻るのも迷惑になるだろうし、もし強制力のようなものが働いていたら、タウンハウスでもやはり危険かもしれない。

 まだ何もしていない(?)エバンス隊長を解雇も出来ないし、私もそんな事はしたくない。彼にも生活がある。実力のある良い人の筈なのだ。ちょっとおかしくなってるけど。


 もっと考える時間が欲しい。

 初動捜査が落ち着くまでここでお世話になり、抜け出す隙ができたら、ジュリア様のところに逃げよう。公爵家なら侯爵家に対し自衛出来る。ヤマダにも連絡が取れるし、きっと相談にのってくれるだろう。三日も凌げば何とかなるか。やってみるしかない。







 こんにちは、アイリーンです。

 あれから三日経つのだが、逃亡の見通しは立っていない。

 増援に騎士が呼ばれ、この宿が拠点となっていて、身動きが取りづらい。

 醜聞にならないようにひっそりと行動しているそうで、余計に手掛かりが掴めず嘆いていると、優秀な諜報員の宿屋のご家族から情報提供があった。置き手紙の効果もあったのかな。


 行動の制限された、今の私に出来る事は何か。


「アンジーちゃ〜ん、あっそびっましょ〜」

「は〜い」

 地上に舞い降りた天使と遊ぶくらいだ。

 両手を上げて走ってきたと思ったら、バフっと脚に抱きついてくる。くぅぅぅ、堪らん。

「たかいたかい してー」


 え゛。


「お姉ちゃん、あまり力が無いから、代わりにヒコーキでいい?」

「ひこーき?」

 勿論飛行機など存在しない。

 やってみるねーと言いながら両手を持ってグルグル振り回す。うおおおぉぉぉぉ!!


 喜んでいただけたようだ。


 ちなみに現在地は物干し場だ。

 キャップに髪をすっぽりと隠し、アンジーの母親の服を借りているので、一見して私だとは分からないと思う。そもそも全力で子供と遊ぶ侯爵令嬢自体目にする事がないので、見咎められることは無いだろう。


 こうして天使が小悪魔に思えるほど遊んで、間借りしている部屋に戻る途中、見覚えのない女性がいた。

 格好は侍女っぽい。宿はシーズンオフで宿泊客は極少ない。その為、居るのは侯爵家の関係者ばかりだ。


 身の回りの世話に呼ばれたのだろうか。

 急いでる風を装って、小走りですれ違った。

 用心に越したことは無いからね。







※サイモンが誤解を解けなかった為に、誤った認識が伝わった結果、皆んなでサイモン様に協力しちゃおう! という「サイモン補正」が悪い方向に働きました。

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