2―天使
隊長との食事をめっちゃ推されたので、一人で食べることにした。
何かを期待するような視線を向けられるのも煩わしい。給仕は元々、顔馴染みでもある女将のモリーがしてくれるので問題はない。
暴走気味の周囲にどう対応すればいいのか。身を隠すと言っても、何処へ?
金はある。ヤマダの助言を聞いた後、小分けにして用意した。しかし服装も、手入れの行き届いた体も、身に付いた所作も、平民のものでは有り得ない。何をするにも目立つ自信がある。楽にあとを追えるし、そもそもカモられるのが関の山だろう。
今後について考えていると、ドアがノックされモリーが料理を運んできた。
「お待たせしました、お嬢様。今日はビーフシチューですよ。どうぞ」
にこにこ顔で料理を勧めてくる。この宿は変わった料理は出ないが、味は美味しい。
料理人は宿の主人であるガブだ。本当に料理するだけでそうなるのかと疑問に思うほど、ぶっとい腕をしている。さらに厳つくアゴが割れており、襟元からモッシャモシャの茶色い胸毛が覗く、男性ホルモンが張り切って仕事をしている男だが、とても優しい料理を作る。
冷めないうちにいただこう。
ナイフを取ろうとシチューから視線を上げると、視界にチラッと金色が映り込んだ。
良く見てみると、女将のスカートの裾を、小さい手が掴んでいる。
「ああ、すみません。娘の子なんです。アンジー、出ておいで」
不審に思った私に気付いた彼女が、背後に向かって声を掛けた。
そうして、ふっくらした女将のスカートの陰からひょこっと顔を出したのは、小さな天使だった。
二、三才くらいだろうか。柔らかそうな金の巻き毛に、大きな碧色の瞳を縁取る、重そうなほど量もあるカールした長い睫毛。健康そうに赤味の差したすべすべの頰、桜色の唇にふくふくした手足。
私は別に子供好きという訳じゃない。なのに好奇心に溢れた眼差しで見つられれば、ウッカリ昇天しそうになる。
「か、か、か、かわいいぃぃぃぃっ!!」
「ほら、お嬢様に『こんばんは』は? ご挨拶しなさい」
女将に促されれば頷いて
「こーわんわっ」
「殺されてしまうわ!」
おかしな事を口走ってしまったが、だって本当に可愛いのだ。
「ふふふ。そうでしょう、そうでしょう。アンジーは天使ですからね」
「全面的に同意するわ」
賛同するあいだも、目は男の子に釘付けだ。
「お嬢様だから言っちゃいますけどね、アンジーがいると女性のお客さんが増えるんですよ。何度も足を運んでくださる方が増えて」
アンジーがこちらを見て、にこぉっと微笑んでくれた。
「私も予約を入れましょう」
「ありがとうございます!」
トテトテと歩いてきて、テーブルに両手を掛け一所懸命覗き込む。よく煮込まれた牛肉の欠片を差し出すと、大きな口を開けて待機。少しふうふうと冷ましてあげて口元に持って行けば、パクっと食い付いてモグモグ。パッと表情が明るくなった。
「ん〜! おっしーねぇ」
美味しかったようだ。口に付いた汚れを拭いてやる。
「この子もいただくわ」
「ざーんねん! 売って無いんですよ。いわばこの宿限定のイベントですから」
商売上手だな。
「でも、こんなに愛らしいんですもの。あまり人前に出しては、危ないのではないかしら」
この宿はこじんまりとはしているが、質が良いので貴族の利用も多い。宗教画に出てきそうな天使を目にして、無茶を言う奴が居ても不思議じゃない。そうなったら平民の彼女達では対応しきれないだろう。
「一応、人は見てるんですよ。面倒そうな人の前には出さないようにしてるし、町の人達にも可愛がられてるので、目配りはされてるんです。ただ……」
うん。それだけじゃ弱いよね。
私は他人がサイモンを見た時にどう感じるのか、初めて理解したように思う。
兄は幼い頃によく危ない目に遭っていたという。攫われそうになったりイタズラされそうになったり。侯爵家であればこそ何とか防げたが、彼女達で守りきれるかどうか。
「もしもの時は私が、いえ、侯爵家が対処するとお約束するわ」
両親も、兄に似た状況の知人の子を放っては置かないはずだ。
「その代わり――――」




