表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私の兄は。  作者: 棚田もち
失踪生活
19/34

2―天使

 隊長との食事をめっちゃ推されたので、一人で食べることにした。

 何かを期待するような視線を向けられるのも煩わしい。給仕は元々、顔馴染みでもある女将のモリーがしてくれるので問題はない。


 暴走気味の周囲にどう対応すればいいのか。身を隠すと言っても、何処へ?

 金はある。ヤマダの助言を聞いた後、小分けにして用意した。しかし服装も、手入れの行き届いた体も、身に付いた所作も、平民のものでは有り得ない。何をするにも目立つ自信がある。楽にあとを追えるし、そもそもカモられるのが関の山だろう。


 今後について考えていると、ドアがノックされモリーが料理を運んできた。

「お待たせしました、お嬢様。今日はビーフシチューですよ。どうぞ」

 にこにこ顔で料理を勧めてくる。この宿は変わった料理は出ないが、味は美味しい。


 料理人は宿の主人であるガブだ。本当に料理するだけでそうなるのかと疑問に思うほど、ぶっとい腕をしている。さらに厳つくアゴが割れており、襟元からモッシャモシャの茶色い胸毛が覗く、男性ホルモンが張り切って仕事をしている男だが、とても優しい料理を作る。

 冷めないうちにいただこう。


 ナイフを取ろうとシチューから視線を上げると、視界にチラッと金色が映り込んだ。

 良く見てみると、女将のスカートの裾を、小さい手が掴んでいる。

「ああ、すみません。娘の子なんです。アンジー、出ておいで」

 不審に思った私に気付いた彼女が、背後に向かって声を掛けた。


 そうして、ふっくらした女将のスカートの陰からひょこっと顔を出したのは、小さな天使だった。


 二、三才くらいだろうか。柔らかそうな金の巻き毛に、大きな碧色の瞳を縁取る、重そうなほど量もあるカールした長い睫毛。健康そうに赤味の差したすべすべの頰、桜色の唇にふくふくした手足。

 私は別に子供好きという訳じゃない。なのに好奇心に溢れた眼差しで見つられれば、ウッカリ昇天しそうになる。


「か、か、か、かわいいぃぃぃぃっ!!」

「ほら、お嬢様に『こんばんは』は? ご挨拶しなさい」

 女将に促されれば頷いて

「こーわんわっ」

「殺されてしまうわ!」

 おかしな事を口走ってしまったが、だって本当に可愛いのだ。


「ふふふ。そうでしょう、そうでしょう。アンジーは天使ですからね」

「全面的に同意するわ」

 賛同するあいだも、目は男の子に釘付けだ。

「お嬢様だから言っちゃいますけどね、アンジーがいると女性のお客さんが増えるんですよ。何度も足を運んでくださる方が増えて」

 アンジーがこちらを見て、にこぉっと微笑んでくれた。

「私も予約を入れましょう」

「ありがとうございます!」


 トテトテと歩いてきて、テーブルに両手を掛け一所懸命覗き込む。よく煮込まれた牛肉の欠片を差し出すと、大きな口を開けて待機。少しふうふうと冷ましてあげて口元に持って行けば、パクっと食い付いてモグモグ。パッと表情が明るくなった。

「ん〜! おっしーねぇ」

 美味しかったようだ。口に付いた汚れを拭いてやる。

「この子もいただくわ」

「ざーんねん! 売って無いんですよ。いわばこの宿限定のイベントですから」

 商売上手だな。


「でも、こんなに愛らしいんですもの。あまり人前に出しては、危ないのではないかしら」

 この宿はこじんまりとはしているが、質が良いので貴族の利用も多い。宗教画に出てきそうな天使を目にして、無茶を言う奴が居ても不思議じゃない。そうなったら平民の彼女達では対応しきれないだろう。


「一応、人は見てるんですよ。面倒そうな人の前には出さないようにしてるし、町の人達にも可愛がられてるので、目配りはされてるんです。ただ……」

 うん。それだけじゃ弱いよね。


 私は他人がサイモンを見た時にどう感じるのか、初めて理解したように思う。

 兄は幼い頃によく危ない目に遭っていたという。攫われそうになったりイタズラされそうになったり。侯爵家であればこそ何とか防げたが、彼女達で守りきれるかどうか。


「もしもの時は私が、いえ、侯爵家が対処するとお約束するわ」

 両親も、兄に似た状況の知人の子を放っては置かないはずだ。


「その代わり――――」






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ