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私の兄は。  作者: 棚田もち
失踪生活
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1ー異変

 護衛隊長の様子がおかしい。なんだか妙に距離を詰めてくる。

 馬車を乗り降りする際に手を貸してくれるのはいつもの事だが、今日は更に密着して背中に腕が回る。

 立ち位置が普段と比べて一歩近い。私のパーソナルスペースを侵していて落ち着かない。


 エバンス隊長は、五年前に侯爵家の護衛隊に入った。サイモンの三つ上で、もう一人の兄のように可愛がってくれる良い人だ。

 だがいくら良い人でも、休憩中に瞳の中が覗き込めるほど近くで護衛されるのは、なんか嫌だ。


 彼は子爵家の四男で、本来ならば婿取りないし持参金の多いお嬢様を見つける必要がある。それは競争相手の多い結構な戦場なのだが、既に護衛として身を立てているし、次男と三男は事故で亡くなっている。酷い話だが、もう一波乱あって爵位継承もあると考える人もいるので、結婚の話はあるようだ。


 長男は九歳離れていて、子供も現在女児しかいないので、確かに子爵になる可能性はある。その時は爺さんになっているだろうが。


 そんな彼は容姿も悪くはないので、うちの侍女達と仲が良い。

 そのせいなのか、明らかに距離感がおかしいのに止める気配が無い。他の護衛もニコニコしながら見ている。

 仕方がないので、自ら『少し近いですよ』と伝えてみたのだが、フッと笑って頭をポンポンしながら『あなたの心を守るには、このくらいの距離が丁度良いのですよ』と言われた。


 髪が乱れたのは、まあいい。

 なんだろうこの気持ちは。

 一言でいうなら、微妙。


 ビミョーなんだよ! 頼れるお兄さんに頭を撫でられるのは、悪くない気分だ。でも特別好きでもない人からの甘いセリフは、砂糖菓子というよりも、おばあちゃん家にあった四角くて固いゼリーを思い出すんだよ!

 決してフルーツの味が濃厚でオシャレなヤツじゃない。オブラートに包まれた昔ながらのゼリーだ。

 恋愛で求めるものを家族に差し出されちゃった感じだ。実際は他人なので、正に微妙。


 それなりに付き合いもあるので、あまり強い拒絶もしたくない。護衛と気まずくなって、警護に支障がでても困るっっって私が考える事じゃないだろう! 仕事しろっ!


「ほら、ボンヤリしてると躓くぞ」

 馬車が宿屋につくと、早速エスコートが始まった。降りる際に手を貸してくれるのは有難いが、そのまま腰を抱くのは明らかに間違っている。

「エバンス隊長。手を塞いだら護衛の仕事は出来ないんじゃないかしら」

「右手は空いてるさ」

 そう言ってヒラヒラと手を振ってくるけど、すぐ左に私が居て、いざという時に剣が抜けるんかい!


「街道ならともかく、この宿ならあの二人に任せて大丈夫だ」

 後ろの二人が力強く頷いているけど、問題はそこじゃない。

 この腑抜けっぷりはなんだろう。どういうわけか、兄の姿が脳裏をよぎる。騒動に巻き込まれる大抵の原因ではあったけれど、まさかね。突っかかってくる人ばかりで、甘い態度になる人はこれまで居なかったし……。


 変化の理由は分からない。だがこのまま行くとヤマダの言うとおり、領地で何かあっても不思議じゃない。


「今日の夕食は一緒にとるか?」

「侍女達と食べます」

 間髪を容れずに答える。

「ま、それもそうだな」

 苦笑しながら頭を撫でられた。


 ――――何故そこで笑う。

 私がなにか可笑しなことを言ったか?

 頭に何か湧いてるんじゃないのか。それとも咲いているのか、温度が高いのか? ポッカポカか?!


「まあ! アイリーン様。私達も交代でお食事をいただきますので、どうぞエバンス様とお食べになってください」

「ええ、そうですとも!」

 侍女のヘンリエッタとマチルダも敵に回る。

 一体なんと言ってここまで手懐けたのか。


 これはヤバイかもしれない。


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