12ー休む
王子はダグラスが前もって呼んでいた近侍によって回収された。
他の男性陣も、家族や近しい者達に連れ出される。ヤマダはダグラスに連れて行かれた。対して女性陣は、カーラからの提案で多少の情報操作……という程でもないが、印象操作の為に暫く残り、話題のタネを提供してから付き添いやパートナーと共に早目に帰宅した。
私は共に来たリチャードがさっさと帰ってしまったので、別の晩餐会に出席していた両親に来てもらった。
帰りの馬車の中で、事の顛末を話す。
最初はひたすら私を心配していた二人だが、話し終わる頃には、怒りを露わにしていた。
「アイリーンに非は無いのに、物のついでのように独断で破棄するとは!」
「本当に失礼な話だわ。公爵に抗議を入れましょう」
母が私の頭を撫でながら褒めてくれた。
「疲れたでしょう。でも会場に残ったのは良い判断だったわ。最初が肝心よ。逃げ帰ったと思われた後にそれを覆すのは、とても難しくなりますからね」
カーラのお陰だ。彼女は私が考えていたよりも、ずっと逞しかった。明日ちゃんとお礼を言おう。
「今日は早く寝なさいね。後の事は、あなたのお父様に任せなさい」
あんな騒ぎの後に、眠れる訳が無いと思ったけど、あっという間に寝てしまった。
やはり疲れていたのだろう。
決して図太い訳ではない。
いつも通りに目覚めて、侍女達に身支度を整えてもらう。今日はいい天気だ。気分も上がる。朝食を摂るため食堂へと向かう。
扉を開けると、明るい日差しの中、既に食事中の母がいた。
笑顔で挨拶を交わし定位置に座る。
イギリス風ではあっても別の国だ。食事は結構美味しい。
上品にローストビーフを食べる母を見る。両親は、普段一緒に朝食を摂るのだが、父はどうしたのか。
「お父様、今朝はいらっしゃらないの?」
母は食事の手を止め、一息ついてこちらを向いた。
「今、公爵家へ出掛けているわ」
ああ、そう言う事か。
「大丈夫よ。かなり細部に渡って契約を結んでいますからね。反したのはあちらですもの。あなたは堂々としてらっしゃい」
普段通りに起きて、いつもの日常が始まると思っていたのだ。
優しさに包まれた空間が、急に空虚に感じられた。
本当に婚約は破棄されたんだ……。
ここにきて初めて実感が押し寄せた。ジワジワと涙が滲んでくる。
昨夜の出来事、リチャードと共に過ごした休日やパーティー。出会いや学校でのひと時……は、ほぼ無かったな。大して思い出せなかったが、それなりに楽しく交流を深めてきたのだ。
母の胸を借りてひとしきり泣くと、今度は腹が立ってきた。
おかしいだろう。何故私が蔑ろにされなければならない。しかも振られた体で。泣いた事が悔しくなり、余計に怒りが湧き上がる。そして更に涙が出た。人間は、喜怒哀楽の全てで泣ける。
「アイリーン。今日は学校に行かなくていいわよ」
「いいえ。ショックで休んだなんで思われたくないもの、行くわ」
母の優しさは嬉しいが、私の矜持が許さない。
「そうなの。なら仕方がないわね。でも目が大分腫れて」
「休むわ」
私は休日を手に入れた。
さて、暇になってしまった。
読みたい本も無く、刺繍も気分じゃない。
そうだ、ノアに手紙を書こう。まだコレクションを見せてもらってないのだ。
早速机に向かい、便箋を取り出す。
なんて書こう。少し気落ちしている事と、コレクションを見せてもらう日取りについて、それから正式に婚約は無くなっただろうから、ほとぼりが冷めたら気分転換に一緒に遊びに――――。
書き終えたら、届けてもらうよう侍女に頼む。これでまた暇になった。昨日の今日で、遊びにも行きにくい。
みんなはどうしているだろうか。ヤマダは肩身の狭い思いをしてるかもしれない。逆に同情を得たかもしれないが。
カーラはサンドラもいるし大丈夫。
ジュリア様……。きっと辛い思いをしてらっしゃる。手紙を出しておこう。
時間を潰して過ごし、夜になって漸く父が疲れた様子で帰ってきた。
「アイリーン、話がある。私の書斎まで来なさい」
表情は硬い。話し合いはうまく行かなかったのだろうか。
父の書斎は重厚で暖かみのある家具で設えられており、居心地がいい。
既に飲み物の用意がされていた。私の分もシェリーを少し注いでくれる。
腰を下ろし、落ち着いたところで父が口を開いた。
「婚約は正式に解消されたよ」
黙って頷く。
「向こうが破棄すると宣言したこともあって、まあ有利には進んだが……君の慰めにはならないな」
「そんな事ありません! がっつりむしり取ってくださいっ」
思わず握り拳で声を上げてしまった。慰めにはならずとも、少しは溜飲が下がる。
「ふふっ。そうだな。だが身ぐるみ剥がす迄は行かなくてな」
「そこまでしろとは言ってません」
それでは寝覚めが悪いではないか。
「実はアイリーン、君に謝らなくてはならない事がある。リチャード君とフェリシティの婚約が決まった」
「は? 従姉妹の? 婚約??」なんだそれ。
「事業の投資のこともあって、今更公爵を外すのも難しい。問題は起こしたが、それでもリチャード君は後継だ。次の相手には困らないだろう。うちが不利になるような家と繋がられても困る。で、彼女の父親が売り込みに来てね。公爵も乗り気で、あっと言う間にまとまってしまった」
嫌過ぎる。
書いていたら、アイリーンの母親が肉を食うといって譲らず、本当に困りました。
何とかローストビーフで妥協してくれて良かったです。




