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私の兄は。  作者: 棚田もち
学生生活
14/34

12ー休む

 王子はダグラスが前もって呼んでいた近侍によって回収された。


 他の男性陣も、家族や近しい者達に連れ出される。ヤマダはダグラスに連れて行かれた。対して女性陣は、カーラからの提案で多少の情報操作……という程でもないが、印象操作の為に暫く残り、話題のタネを提供してから付き添いやパートナーと共に早目に帰宅した。


 私は共に来たリチャードがさっさと帰ってしまったので、別の晩餐会に出席していた両親に来てもらった。

 帰りの馬車の中で、事の顛末を話す。

 最初はひたすら私を心配していた二人だが、話し終わる頃には、怒りを露わにしていた。


「アイリーンに非は無いのに、物のついでのように独断で破棄するとは!」

「本当に失礼な話だわ。公爵に抗議を入れましょう」


 母が私の頭を撫でながら褒めてくれた。

「疲れたでしょう。でも会場に残ったのは良い判断だったわ。最初が肝心よ。逃げ帰ったと思われた後にそれを覆すのは、とても難しくなりますからね」


 カーラのお陰だ。彼女は私が考えていたよりも、ずっと逞しかった。明日ちゃんとお礼を言おう。


「今日は早く寝なさいね。後の事は、あなたのお父様に任せなさい」


 あんな騒ぎの後に、眠れる訳が無いと思ったけど、あっという間に寝てしまった。


 やはり疲れていたのだろう。

 決して図太い訳ではない。






 いつも通りに目覚めて、侍女達に身支度を整えてもらう。今日はいい天気だ。気分も上がる。朝食を摂るため食堂へと向かう。

 扉を開けると、明るい日差しの中、既に食事中の母がいた。

 笑顔で挨拶を交わし定位置に座る。

 イギリス風ではあっても別の国だ。食事は結構美味しい。


 上品にローストビーフを食べる母を見る。両親は、普段一緒に朝食を摂るのだが、父はどうしたのか。

「お父様、今朝はいらっしゃらないの?」

 母は食事の手を止め、一息ついてこちらを向いた。

「今、公爵家へ出掛けているわ」


 ああ、そう言う事か。


「大丈夫よ。かなり細部に渡って契約を結んでいますからね。反したのはあちらですもの。あなたは堂々としてらっしゃい」


 普段通りに起きて、いつもの日常が始まると思っていたのだ。


 優しさに包まれた空間が、急に空虚に感じられた。

 本当に婚約は破棄されたんだ……。


 ここにきて初めて実感が押し寄せた。ジワジワと涙が滲んでくる。


 昨夜の出来事、リチャードと共に過ごした休日やパーティー。出会いや学校でのひと時……は、ほぼ無かったな。大して思い出せなかったが、それなりに楽しく交流を深めてきたのだ。


 母の胸を借りてひとしきり泣くと、今度は腹が立ってきた。

 おかしいだろう。何故私が蔑ろにされなければならない。しかも振られた体で。泣いた事が悔しくなり、余計に怒りが湧き上がる。そして更に涙が出た。人間は、喜怒哀楽の全てで泣ける。


「アイリーン。今日は学校に行かなくていいわよ」

「いいえ。ショックで休んだなんで思われたくないもの、行くわ」

 母の優しさは嬉しいが、私の矜持が許さない。

「そうなの。なら仕方がないわね。でも目が大分腫れて」

「休むわ」


 私は休日を手に入れた。





 さて、暇になってしまった。

 読みたい本も無く、刺繍も気分じゃない。

 そうだ、ノアに手紙を書こう。まだコレクションを見せてもらってないのだ。


 早速机に向かい、便箋を取り出す。

 なんて書こう。少し気落ちしている事と、コレクションを見せてもらう日取りについて、それから正式に婚約は無くなっただろうから、ほとぼりが冷めたら気分転換に一緒に遊びに――――。


 書き終えたら、届けてもらうよう侍女に頼む。これでまた暇になった。昨日の今日で、遊びにも行きにくい。

 みんなはどうしているだろうか。ヤマダは肩身の狭い思いをしてるかもしれない。逆に同情を得たかもしれないが。

 カーラはサンドラもいるし大丈夫。

 ジュリア様……。きっと辛い思いをしてらっしゃる。手紙を出しておこう。


 時間を潰して過ごし、夜になって漸く父が疲れた様子で帰ってきた。

「アイリーン、話がある。私の書斎まで来なさい」

 表情は硬い。話し合いはうまく行かなかったのだろうか。


 父の書斎は重厚で暖かみのある家具で設えられており、居心地がいい。

 既に飲み物の用意がされていた。私の分もシェリーを少し注いでくれる。

 腰を下ろし、落ち着いたところで父が口を開いた。


「婚約は正式に解消されたよ」

 黙って頷く。

「向こうが破棄すると宣言したこともあって、まあ有利には進んだが……君の慰めにはならないな」

「そんな事ありません! がっつりむしり取ってくださいっ」

 思わず握り拳で声を上げてしまった。慰めにはならずとも、少しは溜飲が下がる。


「ふふっ。そうだな。だが身ぐるみ剥がす迄は行かなくてな」

「そこまでしろとは言ってません」

 それでは寝覚めが悪いではないか。


「実はアイリーン、君に謝らなくてはならない事がある。リチャード君とフェリシティの婚約が決まった」

「は? 従姉妹の? 婚約??」なんだそれ。


「事業の投資のこともあって、今更公爵を外すのも難しい。問題は起こしたが、それでもリチャード君は後継だ。次の相手には困らないだろう。うちが不利になるような家と繋がられても困る。で、彼女の父親が売り込みに来てね。公爵も乗り気で、あっと言う間にまとまってしまった」


 嫌過ぎる。






書いていたら、アイリーンの母親が肉を食うといって譲らず、本当に困りました。


何とかローストビーフで妥協してくれて良かったです。

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