オッス! オラ ~第三王子エドワード~
私の話を聞いてくれるのかい。
ありがとう、いい子だね。嬉しいよ。
どうも私には、今とは違う、別の人間として生きた記憶があるようなんだ。と言っても不鮮明で、あやふやなものなんだけどね。
割と覚えているのが、どこかの島国で作られたアニメというヤツだ。絵が滑らかに動くんだよ。その中でも、ハゲ頭の爺さんが、手から光線の様なものを出す姿には憧れたな。だって爺さんなんだよ? 現役過ぎるだろ?
私はね『オタク』と呼ばれる趣味人だったんだ。
その時住んでいた国では、この『オタク』がマイナーでね。女の子に避けられる事もあったんだ。ごめん、ちょっとだけ嘘をついたよ。結構避けられたよ。私の柔らかい心に付いた傷が深かったのか、記憶に残ってるんだ。寧ろ忘れてしまいたかったけどね。
慰めてくれるのかい。優しいね。うん、とても癒されるよ。
もう大丈夫。続けるね。
私はそんな女の子達は好きじゃなかった。当然だよね。でもね、普通に接してくれる子だって、勿論いたんだ。その中の一人が、私は大好きだった。
とても可愛い子だったんだよ。
この国でもそうだけど、記憶の中の国も、大人びた女性の方が好まれていたな。でもその子は、アニメに出てくるような、可愛いらしい感じの子だったんだ。
私は夢中になった。と言っても、偶に話しかけるくらいが精一杯でね。
うん? どうしたの? 飽きてきたのかな?
膝においで。
えーと、どこまで話したかな。ああ、そうそう。ある日、帰り道で彼女を見かけたんだ。嬉しくなって声を掛けようとしたんだけど、誰かと一緒に居たんだ。それが男でね。
言い争っているようだったので、彼女を守ろうと近付くと、内容も聞き取れるようになる。どうも彼女が男に嘘を吐いていて、それを男に責められていたようだった。
その時、いつも控え目な彼女が言ったんだ。
『私の事が好きなら、嘘も丸ごと受け入れるのが男ってもんでしょ! アンタは器がちっちゃいのよ!』ってね。
どうも、これが今の私に影響を与えているようなんだ。
好みの『可愛い女性』には『二面性がある』ことも含まれ、理想の男性像は『好きになった女性なら丸ごと受け入れる』と、刷り込まれてしまった。多分ね。
イテテ。ちょっと強いよ。もう少し優しく噛んで欲しアダダダダダ! 痛いって!
ごめん、君は下に降りてくれ。
はあ。じゃあ君達はこのまま聞いてくれるかい?
ああ、そうだ。他にも覚えている事はあったんだ。例えば自動車っていうのがあってね。馬車とはスピードは勿論だけど、なんと言っても乗り心地が全然違うんだ。
再現出来ないかと考えたけど、仕組みが良く分からない。
恐らくバネみたいなのが入ってるんだけど、そんなものをただ設置しても、好き勝手にビヨンビヨンしそうだろう。余計に酔いそうだ。そもそも素材も精錬技術もね、何もかもゼロ。
だったらクッション代わりに水を挟んでみようかと思った、一瞬だけね。そういうベッドがあったんだよ。でもそれは普通の水では無い、絶対に。これも、もう好き勝手に揺れそうで、想像するだけで…………流石に何も出ないよ。
まあ、水は重いし、皮袋じゃ破れそうだよね。
一応トイレも考えたんだよ。でもこっちも結局同じ。
何年掛かってもいいから、せめて王宮だけでも何とかならないかと思ったさ。
それで物凄く運良く配管みたいなのが出来たとして、漏れたら王宮がウ○コまみれ。きっと、あちらこちらで漏れるよ。
ハハッ有り得ないだろう。
そもそも出来るとも思えないんだけどね。
みんな寝ちゃったのかい? 可愛いなあ。
こんなのが出来ないかって希望を出して、国で技術者を育てるというのも有りだけど、他国に行かないように囲っておくとか、果たしてそれは一番必要な事なのかとか。それから第三王子という立場とかを考えて、自然の流れに任そうと思ったよ。
うん。面倒になったんだ。
ーー私は記憶を何も活かせていないけど、得るものが無かった訳じゃない。何も出来ない事で、逆にこの国、この時代に生きる覚悟を決めた。
あれ? マイナススタートだね? みんな最初から普通に生きてるもんね。
まあいいか。
一つだけ影響が残るものがあっただろう?
あれね、理想の私になれる素敵な人を見つけたんだ。
とっても可愛らしい女の子なんだよ。純粋な子に見えるんだけど、良く観察すれば、色々考えて行動しているのが分かるんだ。
彼女を研究して、それを全て受け入れられるようになりたい。
理想の男になる、これなら実現可能だろう?
私には優しくて包容力のある、大人な婚約者がいるんだよ。
でも彼女では駄目なんだ。
良い人なので、幸せになって欲しい。
だから、私の責になるような形で解消出来ればと思うんだ。ついでに研究会も設立にこぎ着けられれば尚良し。
ああ、お母さんが戻ってきたよ。話を聞いてくれてありがとう。本当に癒されたよ。
さあ、お帰り。
「エドワード殿下! そんなところで、何をしていらっしゃるのですか? ……猫?」
「ああ、リチャードか。うん、可愛い盛りでね。偶に見にくるんだよ」
「確かに可愛いですね……。いっ」
「ははっ、まだ力加減が分かってないんだ。私もさっき噛まれた」
「殿下を噛むとは。でも仔猫では仕方ないですね」
「君のそんな顔は、ヤマダさんの側にいる時くらいしか見たことないよ」
「あ! そうです。理事長に呼ばれて探しに来たんでした。ヤマダ嬢のことだと思います」
「そうか。待たせてしまったかな」
「いえ、時間の指定はされていないので、大丈夫です」
「じゃあ、行こうか」
次の夜会で仕掛けてみようか。
上手く行くといいんだが……。
乗り心地が悪い為エドワードは気付いていませんが、多分馬車に板バネは入っています。




