11ー守る
私達は即座に姿勢を正し、ドレスの皺を直す。
ここは学校では無い。貴族としての対応が求められる。
そうしている間にも、いくつか椅子を運び込もうと従僕達が奮闘していたが、元々狭いスペースだ。二脚で断念。少し衝立を移動し広げる。
一体何人来るの?
従僕に聞こうとすると話し声と、人が近づいてくる気配があった。エドワード殿下だ。
私達は一斉に立ち上がって略式の礼を執る。狭いし王族の挨拶も終わっているのでこれでいい。
「ジュリア、皆も急にすまないね。楽にしてくれ」
体を起こし、王子が座るのを待ってから私達も腰を下ろす。
……いる。リチャードにヤマダ、ブライアンとフ――……ブーフーウーが。
こんなイベントあったっけ。最初からゲームの内容はほぼ覚えてないけど。
もう一つの椅子はヤマダが勧められ座った。まあこの面子なら、女性の彼女が座るべきだろう。
「何をおっしゃいますの。殿下が来てくだるなら、いつでも大歓迎ですわ」
ジュリア様が王子に応える。
こうして二人を見ていると、綺麗ではあるけど、お似合いとは言い難い。まだ成長期を終えていない王子の線が細い。別にジュリア様が太い訳ではない。多分もう何年か経つと、しっくり来るようになるんだろう。
そんな事を考えてていたら、挨拶が終わったらしい。
「それで、一体どうされましたの? バンクス様は存じ上げておりますけど……」
「実はね、君達に協力して欲しい事があるんだ」
「私達に出来る事ですの?」
「もちろん!」
王子は瞳を輝かせながら言った。
「スットン研究会を立ち上げたい。君達にはその会員になって欲しい」
諦めて無かったのか! 女性陣が固まっていると、王子達が会の素晴らしさについて滔々と語り出す。その情熱が怖い。何か仕出かしそうだ。
ヤマダは。ヤマダはこれを認めているのか? 見れば彼女は蒼白で唇を震わせている。
知らずにここに来たんだ! 野郎どもの暴走か。女を怯えさすとは許さん。
パチンッと扇子を鳴らす。
良かった、彼等の意識がこちらを向いた。
「皆様、落ち着いてください。何故そんなものをつくりますの?それにヤマダさんの了承は得ているのでしょうか」
「そう、それも含めて協力がいるんだよ。彼女は謙虚でね。遠慮してるんだ」
「ああ。愛らしく奥床しい彼女を多くの女性に見習ってもらいたい。その為にも是非研究会が必要だ」
王子とリチャードの世迷い事に、ブーフーウーが激しく賛同を示す。
この間にジュリア様達も正気に返り、援護に入ってくれた。
「何をおっしゃってますの? 彼女は可愛いらしい方でしょうが、そんな事をされて喜ぶと思われるのですか?!」
「そうですよ。研究何てされたくないですよ。彼女、顔色悪いですもん」
「今日は会場も大分暑くなってますからねえ。皆様少し涼んで来られてはいかがでしょうか(頭冷やせ!)」
同じ女として、ヤマダを守る!
私達の心は一つになった。
一歩も引くまいと敵対勢力と睨み合う。
「ちょーっと待って。ストップ、ストップ。何してるんだみんな、こんなところで。言い合う声が周りに漏れていたぞ!」
ダグラス・フォードが慌てたようにやってきて割って入った。そういえば居なかったな。
彼の登場で、皆がハッと冷静さを取り戻した。
そもそもこんなところで話すような事じゃない。王子は何を考えているのか。
ヤマダが立ち上がってダグラスの側に寄り、安心したのか涙ぐんで見つめている。うむ、これは仕方がない。ヤツに慰めてもらうが良い。上着の裾を掴んでいるのが若干あざといが。いや、縋り付きたいところを堪えた結果だろう。今の私はヤマダに甘い。
このまま有耶無耶になれという私の思いも虚しく、王子はまだこの話題に未練たらたらだった。
「少し熱くなっていたようだな。では落ち着いて説明したいと思う」
誰か『お腹いっぱいです』と言ってくれないものか。
「お待ちください殿下。場所を変えませんか」
ジュリア様天使! 先送りしただけだけど。
しかし敵はしぶとかった。
「そうだな。部屋を用意させよう」そう言って従僕に指示した後
「では準備が出来るまでの間、私の考えを聞いてもらおうか」と宣告した。
……気持ち悪い。変態だ。我が国の王族に変態がいる。私達が全力で引いている間、王子達は切々と何か訴えているけど、そもそも向こうに話し合う気があるとは思えない。
言葉も出せずにいると、流石王族に嫁ぐ方だ。ジュリア様が王子等を窘めにかかった。
「殿下、皆様。好意を持った女性の意見を無視してはいけませんわ」
「しかし彼女は大変慎み深いだけなんだ」
一体誰の話だ。
「そうだ! 殿下に意見しようなどという女性とは違う」
どさくさ紛れにフーだかウーだかが、ジュリア様に無礼な発言をする。
憧れの女性を貶められて、黙っている訳にはいかない。
「今の発言はどういう意味かしら」
「そうですよ! 子爵家の六男坊が、自分が殿下のお役に立てないからって、ジュリア様に嫉妬しても醜いだけなんですよ!」
あ、子爵の六男なんだ。子沢山。
「いや、落ち着……」
「嫉妬してるのは貴様らだろう! 全てに於いて慎ましやかな彼女を羨んでいるんだな! 特にカーラは脂肪が多いからな。頭も鈍くなるというものだ」
ダグラスが制止しようとするのを、ブライアンが遮って暴言を吐いた。
この発言を許せる女がいるか? ちなみにヤマダは居た堪れなさそうにしているぞ!
私が口を出す前に、カーラ本人が直接反撃に出た。
「うふふっ。自分に自信の無い犬は、ほんっと良く吠えるわあ。あのねえ、あなたが僻みやすい質だからって、他人までそうとは限らないのよお」
この場面で笑える彼女は怖い、じゃなくて凄いと思う。
「何だと! 生意気なんだよ! さてはお前だな。ヤマダ嬢から距離を置くように理事長に言われたんだぞ。俺への嫌がらせだったんだな!」
あ、それ私だ。
狭い場所なのに、興奮して奴の身振りが大きくなり、ヤマダに当たりそうになる。
気付いた彼女が避けダグラスが庇うが、衝立にぶつかり、大きく隙間が開いた。
そこから、大勢の人が此方を向いているのが見える。
これはマズイのでは。
「もうお前には我慢ならん。婚約を破棄する!」
言っちゃったよ。
カーラは既に見られいることに気付いていた。
「私はそんな事してません! 憶測で、そんな……酷いわ……」
そう無実を主張しながら、泣き崩れてみせた。サンドラがそれを慰める。
アホな男は「ハッ、今更泣いたって遅いんだよ」とほざく。良し。下劣な品性が分かっていいぞ。
流石の王子も、この状態では引っ込むしかあるまい。
「確かに趣味を分かり合えない人を伴侶とするのは、互いにとっての不幸となり得る。ジュリア、私達も婚約を解消しようか」
空気を読め!!
ジュリア様が倒れた。ああ、滅茶苦茶だ。
「なんと殿下……! 愛に身を捧げるのですね!!」
私の婚約者は何か勘違いしている。王子は趣味の話をしていたのであって、愛については語っていない。
何かを察したダグラスが、リチャードの口を塞ごうとしたが間に合わなかった。
「私も続きます! アイリーン、君との婚約は破棄だ」
――もう何でもいいよ…………。




