9ー呼び合う
前回のあらすじ
兄と肉と男と女。
無い知恵を絞って考えたのだ。
他の女性が好きだと分かっているのに結婚して幸せになれるのか。なれたとしても、ずっと比べられているような、そんな疑念が付きまとうのではないか。
もし婚約を破棄されたら、例え女性側に非が無かったとしても、実はこうだったんじゃないかとの憶測のもとに、確実に価値が下がる。良縁を得る望みは薄い。社交界の派閥もあるので、リチャードの次の相手によって、此方の相手も変わるだろう。
なら余り社交界に出てこない相手なら?
今から見繕って知己を得れば、いざという時に、公爵家に臆さず名乗り出てくれるかも知れないではないか。
兄がいるので爵位が低くとも何とかなる。兄の見目が、多少の無理はゴリゴリ押し通すのだ。つい尊敬してしまう。
私は安心して愛想を振り撒けば良い。
このノアという青年を、もう少し知っておきたい。
まずコレを聞いておこう。
「ところで家族間のキスって普通の事ですよね?」
気になるので確認しておかねば。
「ああ、そうですね。仲の良い家族ならありますよ。……ただ、あの人達は姉妹がいても、嫌がられてるんじゃないかと」
「花形の職業なのに?」
「家の中に筋肉大好きな暑苦しい兄弟がいたら、年頃の女の子としてどう思います?」
「邪魔?」
「あはは……。まあそうなんでしょうね」
青年にもダメージが入ったようだ。哀愁が漂っている。
それから雑談の中で、互いのコレクションの話になり、かなり盛り上がった。念の為付け加えるならば肉では無い。
思ったより仲良くなり、最終的には『アイラ』『ノア』と呼びあう事になった。勿論噂になっては困るので、人目のない時に限るが。
家族は略さないし、身分も高い方なので愛称で呼び合う人は少ない。思いのほか嬉しかった。
他の騎士達とも交流し、大分打ち解けられたと思う。
それなりの収穫を得て帰宅した。
気になるのは、余り覚えていないゲームの内容で、酷い目にあった令嬢が居たような気がする事だ。
こんな曖昧な事に対処出来るほど、私は優れた人物ではない。誰かに助けてもらうにも、碌に覚えていないのだ。相手だって何をすれば良いか分からないだろう。
リチャードと腹を割って話した方がいいかも知れない。間も無く共に夜会に出る予定がある。それが終わったら、話し合いの場を設けよう。
私がこうしてウダウダしている間にも、兄の「冗談の修行」は続いていた。
絶対に無い、非現実的な事を言えば良いとアドバイスを受けたらしい。
紳士クラブで同僚達と飲んでいたら、最近クラブに入ったという男が近付いてきた。断る前に勝手に座り込み、商売や女の話をしてくる。
どっか行けと仲間が言う前に、サイモンが口を開いた。
「男爵の噂は聞いていますよ」
「なんと! ソーンダース伯爵の(兄は爵位を持っている)お耳汚しで無ければ良いのですが」
「貴方はとても素敵な技をお持ちだそうですね」
「技、ですか? 少しばかりチェスは得意ですが。そうだ、今度ご一緒に」
「それでは有りませんよ。ほら、あの……自分の首をちょん切るやつですよ」
「とまあ、考えた冗談を試したら、深読みした男爵が蒼白になって慌てて帰って行ってね」
喋っていたノアが紅茶を一口飲む。
仲良くなったノアが訪ねて来てくれたと思ったら、こんな話聞かされているところだ。
「これまでの例からすると、男爵も悪事に手を染めている可能性が高い。今サイモンを中心に情報を集めてるとこだから、アイラは巻き込まれないように身辺に気を付けてね」
またか。兄がクラブに行くと、高確率で何かあるので止めて欲しいと思う。
「暫くは護衛を付ける事にするわ。わざわざありがとう」
「どういたしまして」
「で、勿論見て行くんでしょ?」
「当然。そっちがメインだよ」
視線を交わし、ニヤリと笑い合う。
「案内するわね」
最初から見せるつもりで、コレクションルームの近くの部屋を使用していたのだ。すぐに辿り着いた。
「ようこそ私の癒しの空間へ」そう言って大きく扉を開く。
「おおお……これは……」
真っ先に目に入るのは、至高の存在。
正面の壁全体を使った、兄の肖像画が私達を出迎えてくれた。
段々と主人公が変態のようになってきましたが、大丈夫です。普通の範囲内です。
むしろ変態は他にいます。




