ジルギスタ国での日々5
本日複数話投稿しています。読む時にご注意ください
「あの、すみません。少し私に時間を頂けませんか?」
突然背後から声をかけられ振り返ると、背の高い見知らぬ男性が立っていた。
私より少し年上で、銀色の髪にアイスブルーの瞳、すっと通った鼻筋の整った顔の貴公子は、やはり私の記憶にはない人。
「申し訳ございませんが私は帰りますので、ダンスなら他の方を」
「いえ、ダンスの誘いではありません。もちろん踊って頂けるなら嬉しいですが、多分貴女は今そんなお気持ちではないかと」
貴公子は、軽薄そうにも見える薄い唇に笑みを浮かべると、「五分だけ時間をください」と強引に私を廊下の隅に連れていく。
「強引な方ですね」
「普段はもう少し紳士的に振る舞うのですが、今日は時間がないので強行手段をとりました。俺は隣国カニスタ国のアシュレン・ナトゥリと申します」
「ライラ・ウィルバスです」
隣国の人が私に何の用事があるのでしょう。
確かナトゥリ家といえば、古くから続く侯爵家のはず。
「実は先程、第二王子殿下の近くに俺もいた」
「そうですか。では、私の婚約破棄もお聞きになっていらっしゃったのですね」
全く知らない第三者の前で醜態を晒したのかと思うと今更ながら恥ずかしい。
ただ、なぜアシュレン様が私を呼び止めたのかはまだ不明。物語なら隣国の王子が現れて、実は昔から君を好きだと突然愛を囁き、ヒロインを横抱きにして連れ去るのだろうけれど、どう考えても初対面。
それに、睡眠不足でボロボロの肌と髪、サイズの合わないドレスを着た私に懸想する人はいないだろうし、目の前の彼からはそんな甘い雰囲気は微塵も感じない。そうどちらかと言えば
「腹黒って感じよね……」
「ライラ嬢?」
「あっ、いえ何でもないわ。ところでご用はなんでしょう」
アシュレン様は切れ長の瞳を細めると、すっと私に近寄ってくる。そして耳元で呟いたのだ。
「カーター殿が褒賞されていた研究結果は貴女のものだな?」
「!!」
思いもよらない言葉に心臓が跳ね上がる。
どうしてそんなことが分かったの?
唖然とアイスブルーの瞳を見つめ返す私に、アシュレン様は口角を上げる。
「どうして分かったのか、という顔だな。理由はこの手。あの研究で必要な薬草にはかぶれるものがあるのに、カーター殿やアイシャ嬢の手は白く湿疹はおろか赤みすら出ていない。それに対して貴女の指はこんなに赤く腫れて所々血が滲んでいる」
薬草の扱いには十分に気をつけている。それでも研究していれば目に見えないほどの飛沫が皮膚に付着することもあるし、使用したビーカーを洗う時にこびり付いた粉末が手につくこともある。
「良く気づきましたね。アシュレン様も薬草の研究者ですか?」
「ああ、カニスタ国の研究室で副室長をしている」
カニスタ国は我が国の南に位置し、国土は五分の一程度。文武共に我が国より五十年は遅れているといわれている。
「要職に就いていらっしゃる方が、私にどのような御用がおありなのですか」
まさか、求婚なんて展開やめてね、と思っていたら、アシュレン様はクスリと笑う。
「ここで愛を囁けばロマンティックなのだろうが、生憎そのような言葉は持ち合わせていないし貴女も望んでいないだろう」
「もちろん。初対面の方にそんなこと言われても馬鹿にされているとしか思えません」
「同感だ。ご安心を、俺は貴女をスカウトしたい。どうかその力を俺に貸して欲しい。俺達の国でライラ嬢の才能を開花させて貰いたい。もちろん俺が出来ることは何でもサポートする」
スカウト?
私を?
パチパチと瞬きする私にアシュレン様は力強く頷く。その時だ。
「ライラ、こんなとこにいたのか!!」
突然腕を引っ張られたかと思うと、怒りに顔を赤くしたカーター様がそこにいた。
「さっきのはどういうつもりだ」
目を吊り上げ私に詰め寄ってくる。掴まれた腕が痛く眉を顰めるも力を緩めてはくれる様子はない。
「私は、今まで私なりに婚約者である貴方を支えてきました。しかし、もう婚約破棄されたならその必要はありません」
「だから、どうしてお前はそう可愛げがないのだ。お前が望むなら研究所に残してやると言っているのに。それに、誰だその男は」
ギロリと敵意の篭った視線を向けられたにも関わらず、アシュレン様は軽い笑みでそれを受け流した。
この人、繊細な顔の作りの割に中身は豪胆ね。
「初めまして。カニスタ国のアシュレン・ナトゥリと申します。ライラ嬢が薬草の研究所を辞めたと聞いて、是非私の研究室へとスカウトしておりました」
「スカウト」
カーター様の右眉がピクリと上がる。その仕草に今度はアシュレン様の左口角がきゅっと持ち上がった。やっぱりいい性格しているわ。
「それは残念だな。彼女が出来るのは書類整理と洗い物ぐらい、役に立つとは思えない」
「我が国の人口はこの国の五分の一。雑用係さえ貴重な人材です」
「気が利かない上に、『でも、しかし』と自己主張が激しく慎ましさに欠ける」
「研究者たるもの自分の考えを持っていなくては。それもまた我々が求めている人材です」
「お茶も碌に淹れない」
「飲みたい者が淹れたらいいだろう」
途中からアシュレン様、明らかに楽しんでいる。
やっぱりこの人腹黒だわ。
でも、アシュレン様の言葉一つ一つに胸がスッとしていく。
「聞けば随分と酷い言いようですが、それなのに彼女にこだわる理由があるのですか?」
「ふん、そんなわけ無いだろう。異国の地に我が国の恥を広めたくないだけだ」
カーター様は私の腕を掴んだまま、全身にサッと目を走らせる。
「それとも女として興味があるのか? 着飾ることもできないつまらない女だぞ。身体だって鶏ガラみたっ……痛っ」
あと一話夜に投稿します。
お読み頂きありがとうございます。興味を持って下さった方、是非ブックマークお願いします!
☆、いいねが増える度に励まされています。ありがとうございます。




