第34話
ランス殿下が幽閉されてから数日後――王宮の空気が、なぜか唐突に変わった。
これまでは改革を推し進めるグラディウス様を中心に、王宮全体が呼吸するように活発だったのに――。
今は笑い声が消えてぎくしゃくし、まるで空気が滞ったみたい。廊下のそこかしこでヒソヒソ声が漏れ聞こえ、誰もが顔色をうかがい合っているように見える。
「タリア。雰囲気が急に変わってしまったようだけれど……あなたは何か、知っている?」
「……それが」
侍女のタリアは、言葉を選ぶようにして言いよどんでいた。
「議会が紛糾しているそうです。……とある疑惑が浮上したそうで」
「疑惑って?」
「それが……」
苦い物を飲み込むような顔で、タリアは口をつぐんだ。けれど、ようやく言葉を吐き出した。
「グラディウス陛下が、『前王のお子ではなかった』という疑惑です」
「……っ! 何よ、それ!」
思わず、声を引き攣らせてしまった。
「どうしてそんなことになっているの!? 議会には、ランス殿下の不祥事の証拠が提出されているはずじゃあ……!」
「いいえ。それよりも早く前王妃派が何か動きを起こしたようです。詳しいことは、私には……」
どういうことなの!?
握った拳が、わなわなと震えた。
――『新たにひとつ、《《面倒な仕事》》ができてしまってね』
パトリシアとの面会のあと、グラディウス様が言った言葉。
――『法務委員会にとある資料が提出された。これから少々揉めそうだ』
(この事だったの?)
居ても立っても居られなくなり、私はグラディウス様の執務室へと駆け出した。
――けれど。
「なぜ、会っていただけないんですか……?」
入室を拒まれるなんて、初めてだった。中から出てきたザクセン卿が、申し訳なさそうに頭を下げる。
「陛下は今、次の議会に向けて反証のご準備を進めています。なので当分の間は、どなたとの謁見もお断りしておりまして」
私は唇を噛みしめた。――昨日まで、当たり前みたいにそばにいたのに。
「とくにエヴァンジュリン嬢とは、お会いになれない状況です。事態が収束するまでは、陛下との面会はお控えください。これは陛下自身のご判断です」
「そんな……! どういうことですか!?」
ザクセン卿が、重たげに口を開く。
「今、陛下の王位が大変危険な状況にあります。こんな状態で加護の乙女を私物化しているなどと批判されれば、議会での負けは目に見えています。以前は無視できた批判であっても、今は致命傷になるのです」
「……ザクセン卿。議会で何があったのですか?」
「前王妃派のガルシア公爵が、アリシア妃の不貞を示す証拠文書を提出したんです」
アリシア妃の……?
「不貞の相手は公爵の実父――今は亡き、先代ガルシア公爵だそうで。彼の手記や生前にアリシア妃と交わした手紙が発見されたらしいです。アリシア妃からの手紙に、『私の生んだグラディウスは、王ではなく公爵の子です』……と」
「そんな……!」
悲鳴のように私は叫んだ。
亡くなった人の手紙で、グラディウス様の血筋を疑うなんて……。
「なぜ今さら、そんな大昔のことが出てくるんですか!? しかもこんなタイミングで……どう考えてもおかしいわ!」
「前王妃派の陰謀なのは間違いないと、僕たちも思っています。ですが、今はまだ証拠がありません」
「法務委員会は何をしているんですか。血統鑑定の魔導具を使えば、王家の血筋であることはすぐに分か――」
言いかけて、私はハッとした。ザクセン卿も、苦々しそうに頷いている。
「残念ながら、血統鑑定では結論が出ません。ガルシア公爵家は王家と非常に近しい血筋であるため、『魔力波形』がほとんど同じになってしまうんです」
……そう。
血統鑑定は、万能ではない。
それは人体を巡る魔力の波形を測定して、血筋を判別する技術だ。けれど王家の分家――それも過去数代に渡って直系王族との婚姻を結び続けてきたガルシア家は、王家の波形と非常に類似しているはず。
魔力波形や瞳の色では、グラディウス様が前王の子だと証明することはできない。
そして現行法で王位継承権を認められているのは、直系王族の男児のみ……。
「でも……捏造された手紙だという可能性も、否定できないじゃありませんか?」
「そちらも、すでに法務委員会で調査済みでして。結論はグレー、……しかし本物である可能性が極めて高いというのが、現時点での調査報告でした」
「……っ!」
「我々も再調査を要請していますし、他の方面からも反証準備を進めています。……しかし、不貞疑惑は30年近く前のことですし、当事者である両名はすでに故人ですので……」
――ひどい。こんなの無茶苦茶だ。
反証が難しいのなら、同時に本物の手紙だったと実証するのも難しいはずなのに。
(……落ち着きなさい。私)
理性では、分かっている。
真実かどうかは、実のところ問題ではないのだ。
(『母親に不貞の噂がある』というだけで、グラディウス様は圧倒的に不利だわ……)
だってアリシア妃には、『前王の毒殺未遂』という烙印があるから。
政敵に囲まれて、疑われればその時点で不利になる……それが政治だ。
なんとかして、この不利を覆せないだろうか。必死に考えを巡らせて、それでも答えは見出せなかった。
どれほどの実績で国を導いてきたとしても……実績よりも遥かに重いのが、王の血だから。
(もし、王の血を引いていないと決めつけられてしまったら。グラディウス様は退位だけでなく、不正な戴冠だったと裁かれる可能性だって……)
足元が崩れ落ちる感覚がした。
「エヴァンジュリン様。どうかお心を強くお持ちください」
「……失礼しました」
息を整えて、しっかりと背筋を伸ばした。そんな私を、ザクセン卿が優しい眼差しで見つめている。
「今のエヴァンジュリン嬢のご様子を、あとで陛下にお伝えしますね。俄然やる気が出るはずですから」
「え……?」
ザクセン卿は、茶目っ気のある顔で笑った。
「詳細は申し上げられませんが、陛下はそう簡単に負けるような方じゃありません。次の議会は3週間後。どうか信じてお待ちください」
それだけ告げると、ザクセン卿は執務室に戻っていった。残された私は、閉まった扉をただ歯がゆく見つめていた。
す、すみません。20時に掲載するつもりが、12時20分に自動掲載してしまいました……!こちら、本日2/7の夜のぶんに相当します(汗)
次話は2/8のお昼12時ごろです。





