343-幸せな君はにゃあと鳴く
大樹を薙ぎ倒す。
砂塵を焼き尽くす。
魔星古城の上層部を溶岩拳が吹き飛ばし、瓦礫が宇宙に吹き荒ぶ。
「オラァッ!!」
義憤に燃える一匹狼、リュカリオン。脇腹に大きな穴を空けられた彼は、それでも尚、怒りという感情で通常より底上げされたパワーをもってセチェスに食らいつく。
アドレナリンが止まらない。
種族柄と言ってもいい不屈の闘志で、戦う国王の鳩尾に蹴りを叩き込む。
「ぐぅ!?や、やるのォ!!」
「うるせェ!!んな関心してる暇があんなら、ぶっ飛んで延びてろやッ!!」
「そいつは無理な相談じゃもん!!」
「ッ!」
だが、セチェスは耐える。
どれだけ深手を刻まれようと、セチェスもまた、国王のプライドを振り翳し、将星としての維持をもってあらゆる攻撃を耐え忍ぶ。
血反吐はこれでもかと。
骨は何本も折れ、内臓は既に幾つか機能できない状況に陥った。
「ちょっと〜」
『私たちのこと、さ』
「忘れないでよねッ!」
「がふっ!?」
砂塵で防御、溶岩で防御……そこに更に、特大障害物のヴュートンヴァールを掃討したブランジェとフルーフが、重力と呪詛という、二つの重い力で介入していく。
生身の槍術と霊体の技、どちらも十全に対応するには、圧倒的に手数が足りない。
それでも、セチェスを倒すには至らない。
これでもかと、死ぬその時まで暴れ続ける、戦うことをやめない姿勢を見せつける。魔力の圧は一向に収まらず、セチェスの身体のあちこちから、噴気孔のように勢いよく噴き荒れ続ける。
「重力魔法!」
「紅蓮魔法ォ!」
『歪魔法!』
「邪魔じゃ邪魔じゃあ!!さァ、樹海よ!砂漠よ!全てを平らげるんじゃもん!!」
「させるかァ!!」
何処までも粘り強く、見方を変えればウザいと言える程奮闘するセチェスは、禁じ手の三段手法……なんと、三度ヴュートンヴァールの顕現を実行。
その数、まさかの12体。
戦闘行為に不要な余分な魔力、全てを使った嫌がらせ。
何度破壊されようと無慈悲に再構築する。その暴挙には流石の魔法少女たちもプッツンとキれて、ブチ切れながら地団駄を踏む。
「ふっざけんな!!」
『遅延行為ウザいんだよッ…』
「お主らの嫌がることをする。当然のことじゃもん。まぁ余の魔力も無限ではない。ここら辺で潮時じゃろうて……故に、仕舞いとしようぞッ!!」
「!」
虹光の怪物鯨を複数従えて、それぞれ3人に体当たりを仕掛けさせる。旋回する巨体が交互に、または同時に加速突撃してくる攻撃。
ブランジェのように盾で防げれば。
フルーフのように霊体で透過できれば。
邪魔なだけで脅威ではないが……リュカリオンの溶岩でヴュートンヴァールは止まらず。熱など無視して、何度も体当たりを仕掛けてくる。
その度に、身体が打たれ、弾かれ、潰される。
ブランジェが重力反発を行って、なんとか呼吸可能まで落ち着いたが……
その隙を、セチェスは見逃さず。
魔力を帯びた三叉戟に、もっともっとと魔力を注ぎ……黄金色を、更に輝かせ。
「界裂きィィ!!」
生命力も賭した一撃が、空間破壊の横断となって戦場に放たれる……
その寸前。
『……ん?』
フルーフの魔力探知に、一つ、異様な……今までここに無かった反応が引っかかる。今この場でそれを探すのは、愚の骨頂であることは、わかっているが。
どうしても引っかかって、視線を彷徨わせ……
背後、守るように背を向けていた亡骸にピントが合い、それを見つけた。
チェルシーの遺体の右手に───薄紫色の宝石を宿す、小振りの杖が。
『…アレは……マジカル、ステッキ…?』
何故それが。
そんなものが何故、と。唐突に現れた魔法の杖を見て、疑念を口にしようとするが……その行動は、チェルシーの亡骸から溢れ出た、膨大な魔力の発露によって遮られる。
突然の反応に、全員の意識が向く。
なにせ、その魔力は───セチェスが放った斬撃技を、放射状に広がった光が触れた途端、軌跡も残さずに全てを消し去ったから。さしものセチェスも、この異常には警戒する他なく。
「な、なんだ?」
「なんじゃ、置き土産か?」
「チェルちゃん……?」
『……まさか。いや、だが……そんなことが、ありえる、のか?』
困惑の輪は広がり、フルーフだけが、魔力の流れを見て現象の意味を推測できた。
ありえない話だ。
そんな馬鹿なと否定するフルーフだが……その割には、彼女の表情に毒はなく。現実味がないせいで引き攣ってはいるものの、笑顔が浮かんでいて。
フルーフの期待に応えるかのように───夢幻の力が、蠢き出す。
「!?」
少女の身体を貫いたまま、放置されていた三叉戟。その全てが、魔力の発露に当てられて、蒸発。
槍が消えた後に見える筈の傷口は、どこにもなく。
いつの間にか、血痕すら消えていて……戦闘痕のない、身綺麗な姿で横たわっていた。
死が否定される。
覆されて、元通り。
夢幻の魔力で、全ては無かったことに。現実は夢幻へ、ただ、望みの夢と現実が、入れ替わって……全員の視線を独り占めにする少女の指が、ぴくり、と反射的に動く。
桃色と紫色の横縞オーラを、その身に纏い。
マジカルステッキを握り締めると同時に───少女は、目を覚ます。
「“微睡みの底、幸せな夢を”」
詠唱。
その祝詞は、地球が誇る戦乙女に変身する為の、ユメを形に変える魔法の言葉。
少女の希望を具現化する力。
悪夢の住人でありながら、資格ありと、世界にその名を知らしめる。
マジカルステッキが、目映い輝きを放って───肉体が空中に浮かび、光に包まれる。
魔法の杖を掲げて、少女は告げる。
「マジカルチェンジ───!」
煌めく夢の光。
幸せな日々を守る為、形にする為に。夢に生きる少女は希望に手を伸ばす。
パジャマをベースに魔改造した、フリフリの戦闘衣装。睡眠をこよなく愛する彼女のイメージを最大限に表現した魔法少女のコスチュームを、その身に纏い。
頭の上に、猫耳を象る白いニット帽を被って。
猫耳がついたマジカルステッキを持って、夢之宮寝子は新生する。
「魔法少女、えーっと……ナハトニャート…んー、あー。チェルシーのままでいいや」
「復活、いぇい」
“夢猫”の魔法少女、ナハトニャート───夢幻を司る、新たな魔法少女の誕生である。
片手ピースで、存在アピール。
死の淵より蘇ったチェルシーは、魔法少女として世界に産声を上げた。
「ふぁ!?」
「えっ、お、おう……は?」
「な、なんじゃと…」
『……幻覚じゃないん、だよな?嘘だろ?マジで、それがありえるのか…?』
「がんばった」
死んだ仲間の復活。先輩二人と戦友は、あまりのことに理解が追いつかず混乱してしまう。喜ぶよりも前に困惑が勝ってしまうのは、まぁ無理もないこと。
彼女たちより困惑の渦にいるセチェスは、眼前の奇跡に動揺するしかない。その動揺に対して、ナハトニャートを名乗るチェルシーは容赦なく攻撃。
ステッキから夢幻の魔力を迸らせ、発動。
「夢幻魔法───<スマイリー・キャットメアー>!!」
魔力によって構築された、大きな猫。イヤらしい笑みを浮かべる猫の顔は、ゴロゴロと無い喉を鳴らしながら杖を飛び出し、セチェスに襲いかかる。
満面の笑みで牙を剥き、その喉笛を狙う。
当然ヴュートンヴァールがその進路上に立ち塞がるが、残念なことに。
その妨害こそが、チェルシーの狙い通りで。
ニャーゴッ!!
猫は鳴き声と共に、ヴュートンヴァールに狙いを変え、容赦なく噛み付き。
半透明の牙から夢幻の魔力を浸透させて……
食らいついたヴュートンヴァールを解析して、そのまま夢幻の魔力を、同じ仮想構築体である他の個体に、干渉、そして感染させる。
同じ魔法由来、魔力由来の生き物だからと。
古城にいた全てのヴュートンヴァールを、夢幻の魔力で無秩序に消滅させていく。直接接触している必要はない。同位個体だからと、強制連鎖で夢に溶かしていく。
大元であるチェシェルキャットのように、魔法を消去。
一瞬にして虹光の怪物鯨たちは存在を溶かし……痕跡も何も残さない。
「なっ、に!?」
魔法少女に覚醒したことによる、魔法の強化。先程まで不可能だったことが、元・妖精との本契約によって可能となったわけだ。
夢幻の強化に伴い、チェルシーの危険度は倍増。
かつて覚醒したリリーエーテが捨てた殺傷力を、欠片も捨てずに運用する。
「おぉ〜っ!すっご!」
「よくわかんねェが……やるじゃねェか!あと、なんだ。もう平気なんだな!?チェルシー!」
「ん!心配かけてごめん……もう、だいじょうぶ」
「そうか!」
『……こういう時は、ただいま、おかえり、って言うのが定石だよ』
「!」
口々にチェルシーを褒めていた夢星たちは、フルーフの言葉に顔を見合せて……
ニカッ、と笑い合う。
「おかえり!」
『おかえり』
「ハハッ、そうだな。おかえり!」
「っ……うん!ただいま!」
「あはっ!なんか恥ずかしがってる?もー、かわいいとこあんじゃん!ね!ね!」
「ちょっ、いた、やめ…」
気恥しそうなチェルシーの背中を叩いたり、さり気なくハイタッチしたりと、彼女の帰還を、そして強化を全員で喜び合う。尚、先輩風吹かしたブランジェは、フルーフの呪鎖で天井に一瞬吊り下げられた。
閑話休題。
「ぬぅ……こんなことが、起こり得るとは……成程のぅ。これが、魔法少女か…」
困ったように眉を下げるセチェス。予想外の連続、死を克服するとは思ってもいなかった彼は、己の勝ち筋が完全に断絶したことを理解する。
今のチェルシーの肉体は戦闘前の無傷のそれで、戦闘で負った傷は全て無かったことになっている。
そして、魔法出力も全て向上……
ただでさえ厄介な夢幻魔法は、当たれば確実に死ぬまで至っている。
更に恐ろしいのは……夢幻の力で、仲間が戦闘で失った体力や魔力、傷すらも。
全て、無かったことにできること。
「な、治りやがった…」
「現実否定?改竄?いやすごっ……流石はラピスちゃんが選んだ子!ってとこかなぁ」
『あぁ、私の霊体は直さないでいいよ。このままの方が、好都合なんだ』
「ん!」
身体欠損、失血、魔力切れ……あらゆる勝ち方が、全て根本から覆されてしまう。
中・遠距離、バフ・デバフ、攻守万能の多様性。
近接格闘能力の低さと、総HPの低さ、防御力の低さが懸念となるステータス配分だか……欠点を抜きにしても、チェルシーが厄介なことに変わりはない。
そこにリュカリオンという耐久勝負、ブランジェという高火力、フルーフという呪詛デバフが噛み合えば……勝つ未来など、遥か遠くに。手の届かない羨望に成り下がる。
圧倒的不利。これ以上にない逆境。
……それでも、セチェス・バテン=カイトスに、敗走の二文字はない。
「挑まれる側から、挑む側になったわけか……いやはや、立場が入れ替わるとは思わなんだ」
「……降参するなら、今の内。どうする?」
「戯け。余には、お主を覚醒させた責任がある。ならば、その負債は、芽が若い内に片しておくべきじゃろうて……故に、チェルシーよ。蘇って早々悪いんじゃが……また、死んどくれ!!」
「絶対、ヤ!」
闘志不滅。
ナハトニャートという新たな魔法少女の誕生を招いた、責任を取らんと。
残りの命、全てを捧げた───鯨の王の、最後の抵抗が始まる。
“夢猫”のナハトニャート
───夢之宮寝子が魔法少女として覚醒した姿、その名。チェシェルキャットとの契約によって、夢幻魔法も真価を発揮した。




