341-花束いっぱいの夢の祈り
「チェルちゃんッ!!」
『やられたッ…』
「クッソ、ふざけやがって……なァ、おいッ!あいつ分身だったりはしねェのか!?」
『……いいや、あれは本物だ。紛うことなき、ね』
「チッ!」
パラパラと落ちていく結界の破片。術者が死んだことで形を保てず、夢幻は晴れる。
零れ落ちた命は、紅い雫となって戦場を濡らした。
チェルシーの死に、一同は表情を歪めて怒りに震える。ここは戦場。いつ起こっても仕方がない死が、待ち侘びてやってきただけ。仲間の死を幾度も経験してきた彼らは、悲嘆に暮れながらも……即座に行動に出る。
ただ悔やんでいては、何もかもが手遅れになる。
敵の猛攻を捌き切れず、猶予を与えてしまったミスを、心の底から詫びて。
無数の槍に串刺しにされたまま宙に浮くチェルシーの、仇討ちを。
身体を砂にしたまま、王鯨は笑うことなく対峙する。
「若い身空の命を奪うのは、戦士としても、王としても、忌避すべきことじゃもん。戦争のよくないところじゃ……戦を楽しみにしとる余が言うことではないがの」
「ホントそれな。ったく、やってくれたね、クジラさん」
「頭脳面でも一番厄介じゃったからなぁ。そこの亡霊にも当て嵌ることじゃが、現状手出しのしようもかいのでな。先に彼女を討たせてもらった」
「んまぁ、優先順位はそうなるよね〜。フル先輩ってマジインチキじゃん」
『ごめんて』
槍を振り翳すブランジェと、呪鎖を振り回して攻撃するフルーフの突撃を、セチェスは砂になって回避。今の彼に物理攻撃は通用しない。砂の一体化したセチェスは、鎖の拘束すらも無効化できる。
無論、それで優位に立てるわけではない。
目の前にいるのは重力使いと呪い師。砂になった所ではあるが。
「兎に角、落とし前はつけなきゃね」
『仇討ちは慣れてるけどさぁ……ったく。まあいつへの弁明なんかは、後で考えるとして。楽に死ねるとは思わないことだ』
そして、軽口を叩き合う魔法少女たちだが、その表情は険しく。久しぶりに感じる、かけがえのない仲間の喪失で湧き上がった怒りを、魔力に変える。
彼女たちにとって仇討ちは手慣れたもの。
かつてのように、今度は、宇宙に向けて殺意をぶつけるだけ。
「ッ、今下ろすぞ」
ブランジェとフルーフがセチェスに攻撃している間に、リュカリオンは駆ける。怒りで溶岩が滾りそうになるのを理性で抑え込み、チェルシーの元へ。
三叉戟で空中に磔にされた彼女を、そっと下ろす。
「守ってやれなくて、悪りぃ……」
矛を引き抜くことはしない。今ここで、リュカリオンの膂力で力任せに引き抜いては、ただでさえ傷付いた身体は余計傷ついてしまう。これ以上の損壊を許容できず、共に戦った戦友の為に、邪魔な柄をへし折るだけにする。
床に寝かせたチェルシーに跪き、黙祷を捧げる。
形だけではある。戦闘中やるべきではなく、大きな隙になることわかっている。次に狙わるのは、命に限りがある自分だとしても。
それでも。
───何の本読んでんだ?
───…リジェリッチの魔増編纂書、だけど。
───あぁ〜、すんげぇ難しいの読んでんな?さっきから行き詰まってたとは思ってたが……よく読めんな。マジですげぇよ、ホント。
───別に、普通だし…
───頭いいんだな、お前。あっ、そうだ。その項目は、確かこっちの……ネコメーの構造計算。こいつの計算式で理解は深まると思うぜ。
───へぇ。ありがとう……あなたも、すごいね。
───お前よりかはすごくねェよ。読む順番が早かった。そんだけだ。
思い浮かべたのは、図書館での記憶。難解にも程がある分厚い魔導書を読み進めていたチェルシーが、眉間に皺を寄せているのを見兼ねたリュカリオンが、高い棚にあった参考書籍を手渡した……初めての2人の接触。最終的に、彼女面したハニーデイズが難癖つけて乱入してきたが。
力一辺倒であることを良しとせず、頭脳面でも力を身につけようと図書館に通うリュカリオン。他のウルグラ隊は脳筋ばかりで、あまり彼のノリに乗ってはくれないが。
自分よりも頭のいい少女との学術論議。
自分よりも見識は浅い筈なのに、すぐに宇宙の知識をも我がものにしたチェルシーとの対談は、有意義の言葉では言い表せないぐらいには、価値のあるモノだった。
生憎、対話の回数は二桁に満たないが……
異邦の悪夢使いとの交流は、決して……このような形で終わるべきではなかった。
「クソッ…」
目を見開いたリュカリオンは、背後で暴れる自然の王に怒りの矛先を向ける。
魔力は心許ない。
体力も限界だ。
それでも、関係ない。不甲斐ない己を恥じながら、拳を振るうのみ。
「セチェスッ!!」
「む?なんじゃ、弔いは終わっ───っ、ぐおっ!?な、お主ッ!?」
漲る怒りを溶岩に変えて、魔法少女を翻弄する下手人に殴りかかる。突然、普通は良けれる殴打だが……普段より白熱した溶岩は、セチェスの砂を焼き溶かす。
ガラス質のそれとなって、焼け焦げ、砕け散り。
流砂に変わるよりも早く、砂を焼き硬め───皺の多いセチェスの頬をぶん殴り……灼熱の溶岩拳が、セチェスを吹き飛ばす。
「ガァッ!?や、やるのぉ!?」
壁際まで吹き飛ばされたセチェスは、口から溢れ落ちた血を拭いながら飛翔。下半身は流砂のまま、追撃してくる溶岩狼や呪詛を回避する。
チェルシーを殺したセチェスだが、彼は決して優位には立てていない。
ブランジェの重力に押し固められる。
フルーフの呪詛が流砂を貫通し、肉体を蝕む。
リュカリオンの溶岩が焼き焦がし……三者三様の強引なやり方で突破されていく。それでも、夢星の3人を翻弄しているのはセチェスの方で。
一同は砂塵より乱舞する三叉戟と、二つの魔法、そして怪物鯨に手一杯。
「アレどうにかなんない!?」
『魔法解除させないとどうにも!こいつ、呪詛も全無視で暴れてきてる!!』
「死なば諸共かよッ!」
「バカ言え!余は死なん!お主らの全てを乗り越えた先。そこに勝利はあるのならば……呪いも魔法も、余の魔法で飲み干してやるだけよ!!」
「面倒なッ!」
勝つ為ならば、その過程で何があろうと。最後に勝利を掴めるのであれば、それでいい。全てを喰らい、己の力で踏破する。
魔法少女の中でも最上位にいる2人が相手だとしても。
ウルグラ隊の筆頭戦士が相手だろうと、セチェスの纏う覇気に翳りはない。あらゆる魔法を正面から打ち砕いて、勝利するだけ。
仲間を殺された怒りを力にされようと、火に油を注いで強くなられようと、関係ない。
老いも痛みも肯定し、我武者羅に。
夢星の戦士たちに、敗北という烙印を押し付ける。今はただ、それだけを。
「さァ、足掻けィ!余も足掻くのでなァ!!」
ブランジェに頭を押さえつけられようと。フルーフからたんまりと呪詛を注ぎ込まれようと。リュカリオンの煮え滾る憤怒に腹を打ち抜かれようと……
セチェスもまた、肉薄する死に抗わんと猛威を振るう。
皮膚は焼けていないところを探す方が難しい。樹海より吸い取った魔力を回復に回して、折れた手足や顎の痛みを治癒しながら、なんとか死を退ける。
死に体なのはセチェスだ。セチェスだと言うのに……
後一歩が、どれだけ頑張っても、届かない。セチェスを殺し切れない。
「ハァッ!」
「ッ!」
次はリュカリオンを殺さんと、魔力強化された三叉戟を突き刺す。当たれば確殺、そう思うのは必然と言える程の刺突が、溶岩を食い破って突き進むが……
真っ向から、リュカリオンは挑み。
ガキンッッ!!
甲高い金属音が鳴り響くと共に───黄金の刃を、歯で噛み締め、受け止めてみせ。
噛み砕く。
「ぬぉっ!?」
「ぺっ!効かねぇよ、んなもん!ナメんじゃねェ!」
「……よもや、噛み砕くとは……本当に、レオードはよい拾い物をしたようじゃなァ!」
「ペラペラくっちゃべってんじゃねェ、よッ!!」
「ぐっ!?」
無防備な腹に、怒りの拳を叩き込んで。
リュカリオンの闘志は、衰えを知らず───故郷の違う友を亡くした怒りを、何度も、何度も、セチェスの身体にぶち込んでいく。
弔いの為に。贖罪の為に。
追従するブランジェとフルーフの殺意も上乗せにして、その身を激しく燃やし。
「テメェはここで死ぬ!それ以外の未来なんざ、俺らは、与えてやらねェ!」
「ぬぅ!?」
───紅蓮魔法<クリムゾン・ラヴァーハンマー>
尚も倒れぬ仇を焼き付くさんと。怒りの溶岩拳が、宙を震撼させた。
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一方その頃。
「ハハハッ───!!」
黒灼炎星ヴォルカモンスターにて───最強の狂戦士、闘神エルナトと戦う新世代、エーテ、コメット、デイズの戦場では。こらちでも溶岩が吹き荒び、それ以上の熱波が少女たちを焼き焦がす。
魔力障壁に守られても尚、暑さに苦しむ煉獄の底。
惑星を叩き割るエルナトの大戦斧を躱し、魔法で穿ち、退ける。
「悪かねェな!もっと来いよ!!楽しもうぜ、オレたちの殺し合いをよォ!!」
「普通の女の子だから、無理かも!!」
「先輩みたいな戦闘狂じゃなくてごめんなさいね!でも、いいわ!!楽しませてあげるッ!!」
「頑張れぽふー!!」
初々しい少女たちとの戦い。未熟なところがまだ目立つ若輩者たちであり、先に戦っていたリリーライトと比べて遥かに弱い戦士たちではあるものの……
存外、楽しめる。
湧き上がる闘志を形に変えて、次々と技を放って互いを削り合う。リリーエーテの夢想にオーラを削られようと、ブルーコメットの星の刺突が、思いの外エルナトの身体を吹き飛ばそうと。
湧いてくる感情は、楽しいの一言のみ。
あの日、必死に食いついてきた時よりも、格段に成長し強くなっている。
「やぁッ!!」
それは、彼女───ハニーデイズにも言えること。
落下と同時に振り下ろされた大戦斧を、デイズは花斧で受け止める。魔力ブーストで強化が入った膂力で、闘神の武力を正面から跳ね除ける。
かつてはできなかったパワーで、成し遂げる。
エルナトの攻撃を正面からどうこうできるのは、世界で数えても一握り。その一角に、デイズは一瞬だけ入室する形で、ここにいる。
本来ならば、ありえない。
「ハハッ!おいおい、表情が険しいぜ?心境の変化でも、あったのかよ!!エェ?」
「……そんなに酷くなってる?」
「自覚ねェのか?」
指摘を受けたデイズ。心配そうに視線を寄越すエーテ、下唇を噛んでいるコメット……そして、不思議そうに首を傾げるエルナトの目に映る、デイズの顔は。
これでもかと表情を削ぎ落とした───“無”。
天真爛漫な笑顔も。
戦闘中も陰らないあの笑顔が、一欠片も見当たらない、無表情。
魔力反応ではなく、直感で、親友の死を感じ取った……その時から。
「デイズ…」
「……だいじょーぶ。あたし、平気だよ」
「そ、そうは見えないけど……いえ、いいわ。今ここで、立ち止まる訳にはいかないもの…」
「ぽふ…」
何処までも凪いだ表情。
見たことがないぐらい感情が削がれた無表情に、一同はほんの少しだけ恐怖を抱くが……状況が状況、仕方がないからと騒ぐ心を落ち着ける。
デイズの反応を見て、全てを察した。
生憎、彼女たちの魔力探知ではその死を伺い知ることはできないが……ここまでデイズの感情が揺さぶられる原因なんてモノは、一つしかない。
悲嘆に暮れる暇はない。
今はまだ、その時ではないから。心を強く持って、前を進むしかない。
「ふぅ〜…」
デイズは、深呼吸をもって乱された感情を整えて……
横薙ぎに振るわれた大戦斧を、増幅された膂力をもって受け止めた。
「おっ!?」
「バフ入ってるなぁ、あたし───だいじょーぶ。今だけだから、さ。ちょっとだけ、ストレス発散に付き合って、ね?」
彼女は信頼している。
彼女を信用している。
きっと、きっと───漠然とした期待を胸に、デイズは大戦斧を跳ね除けた。一時だけのブースト、大切な誰かを失ってすぐの魔法少女は、格別に強くなるという、歴史が裏打ちする事実。その実証。だが、デイズにとって、その強さはまやかしのそれに過ぎないモノだ。
デイズは信じている。
その帰りを期待する。
───少女の祈りは、花園より。
届く筈だと、確信をもって───晴蜜きららは、只管に抗い続ける。
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ニヤニヤ。
ニヤニヤ。
すみれ色の不思議な色彩を持つ、大きな一本の木の傍。それ以外に何もない、小高い丘の上。霞がかった不思議な空間が、少女を囲むようにそこにあった。
穹は夢のような桃色で、黄色の雲が浮いている。
いつの間にか、現実離れした太い幹に身体を預けていた少女は……眠りから覚めたかのように、ゆっくりと金色の瞳を見開いた。
フードがずり落ち、猫耳が顕になって……ぴこぴこと、小さく動く。
「……えっ、と…?」
───花園からの祈りは、結実し。
夢幻の果てに、彷徨う魂は導かれ───運命の岐路に、立たされた。




