336-死化粧は艶やかに
一方その頃。
地球、対暗黒銀河航空防衛戦線───日本本部。現在、星空から降下する侵略者が最も多い島国。財閥連合の代表である裏社会の首領を筆頭に、金持ちと軍部と悪夢たちが地球への脅威を退ける。
紅き龍の首無し死体は無人の交差点に放置され、魔法で撃ち落とされた艦隊は埋立地に山積みへ。
立て続けにやってくる侵略者を、協力して殲滅する。
例え、終わりが見えずとも。
「Uryyy…」
天空に張り巡らされた歌の魔法陣の上を、深紅の女王が疾駆する。所々穴が空いた、ガラスのような足場を駆けるクーインズメアリーは、降り注ぐ異星人を次々と狩る。
人型から獣、戦艦に至る全てを斬り捨てる。
討ち漏らしは、財閥連合や防衛省が指揮する地上部隊が砲撃を行い、魔法陣を透過する砲弾によって迎撃。
かつて人類を恐怖のどん底に落とした悪夢との総力戦。
長時間に渡る防衛戦は、終始メアリーたち有利に展開は進んでいた。
メアリーの防衛区域は主に日本。魔法少女の拠点である日本が集中的に狙われていることもあって、首切り役人の頑張りが最も重要視される。
だが、勿論のこと。他の地域にも、異星人は降下する。
比較的防衛が手薄な箇所を目敏く見つけては、魔法陣をどうにか突破する。
そんな努力を否定するのが、アリスメアーの占い師。
「ふぅー……ったく、死にたがりがわんさかと。いい加減ぶち切れてまうぞ、うちが」
「夢煙魔法、ハイな、サヨナラや」
───夢煙魔法<クシェル・ナイトスモーク>
幹部怪人“夢喰い”のルイユ・ピラー。彼女の操る煙は、花紫色の地獄絵図。煙に包まれたが最後、中の有象無象は幻覚と幻聴、妄想の中に囚われ、緩やかに死んでいく。
羽の生えた異星人たちは、瞬く間に煙に呑まれ。
偽りの景色に脳をやられ、殺し合いの同士討ちによって息絶えた。
予言するまでもない死の未来。確約した破滅が目の前にあるというのに、暗黒銀河からの刺客は続々と降り立ち、こちらにダメージは与えるものの、呆気なく散っていく。
死を恐れない戦闘狂、若しくは、後がない消耗品。
心底面倒臭いと溜息を吐きながら、そう評価を下して。ルイユは魔法陣の上に陣取ったまま、愛用している煙管を吹かす。
黄昏れるまま、煙管から立ち昇る毒々しい花煙を魔法の起点にしていると……
彼女の傍に、ぎゅぴぎゅぴと鳴る音が近付く。
聞き慣れた靴音に、のっそりと首を傾ければ……何処かファンシーな見た目の、手足の生えたトランプ兵が二体、歩み寄って来た。
【Hey!】
【Heeey!!】
「ご苦労さま。首尾はどうだい?」
【Hey!】
小気味よく棒のような黒い手を挙げた彼らは、ラピスがオーガスタスの為に拵えた、アリスメアーの戦闘員。その名は文字通り、“トランプ兵”。
全盛期と比べて数は少なく、たったの二十体だが。
主戦力が軒並み去った今、組織運営の補佐や護衛など、用途は多岐に渡る。主にオーガスタスやメアリーの補佐で働いているわけだが……
トランプ兵たちは今、防衛に勤しむ幹部の伝達役として忙しなく働いていた。
「成程ねぇ……厄介な。性懲りも無く送り込まれてるか。どんだけいるんだい全く」
【Heyy〜…】
鬼気迫る竜人の大船団、気味の悪いカルト集団、地球に根を張ろうとした宇宙の歪んだ自然、囚人服のボロボロな奴隷兵士、空飛ぶ飛行部隊……
それ以外にも、続々と。
宇宙怪獣も含めて、数多くの侵略者がこの星に集まっている。あっちでは何が起きているのか。配信魔法を通してある程度の状況は掴めているが……果たして、どういった思惑なのか。
「まだ終わらんのか!?」
来続ける侵略者の動向を探っているのは、大本営にいるオーガスタスたちも同じこと。幾つものモニターが、世界各地の戦況を伝えてくる、司令室にて。
スーツ姿のオーガスタスは、怒りに顔を歪める。
ちょっとだけ、彼がヤンチャしていた暗黒時代の側面が出かけたが。
「落ち着いてください。そう怒ってしまっても、どうにもなりませんから。冷静に行きましょう。私たちはただ……頑張っている子供たちの帰る場所を守る以外には、できることがないのですから」
「うーむ、その通りではあるのだがね…」
「ムーンラピスさんにいいとこ見せるのでは?養父ならばしゃんとしないと」
「それもそうだな!!」
「うわぁ…」
テーブルをガンと叩き、異星人への恨み辛みで歯軋りを始めたオーガスタスの隣で、日本防衛の要となった財閥の当主がまぁまぁと宥める。
晴蜜財閥当主、晴蜜學……ハニーデイズの父である彼の言葉に、オーガスタスは怒りを取っ払った。
変わり身の速さにはドン引きするしかない。
……とはいえ、そう怒りたくなってしまうのも仕方ないぐらいには、宇宙からの侵攻が多い。侵入を阻もうにも、異空間からのゲートによって、直接地球大気圏に降り立つモノばかり。
「今はなんとかなってるが、正直ジリ貧だぞ…?」
懸念は沢山。
それでも負け筋は見えていない。偏にメアリーと人類の共闘が上手く刺さっているから。ムーンラピスが残した、防衛戦力を上手く使えているのもデカい。
だが、兵器運用に必要な魔力も無限ではない。
依然から継続して採掘している魔法石も、このまま使い続ければ、必ず枯渇する。そうなる前にこの戦争を止める必要があるのだが……
彼らにできるのは、一方的に攻め込んでくる侵略者共を滅ぼすことのみ。
そんな、耐久戦になっている戦場で───今。戦況が、また一つ動き出す。
ちょうど、メアリーの真後ろで。
「───…?」
ふと気付く。
小休憩を挟む必要のないメアリーは、地上に降り立てたゴミを数匹処刑した、その時。スクランブル交差点に立つメアリーは、己の背後から立ち昇る違和感に気付く。
警戒を露わに、振り向きながら死神の鎌を向ければ。
彼女の背後に鎮座していた、首のない死体が───突然躯体を震わせて、隆起する。
死体の名は、ダラコイル・ラスタバン。
即刻首を落とされ、ドラゴンの姿のまま死体となった、敗者の姿が。
「Kill…」
死体が動くことに驚きはない。
自分だってそうだから。魔法少女だって……前例がないわけではない。冷静に死神の鎌を構えて、首を持ち上げた屍龍を睨みつける。
……だが、その冷徹な思考は、首の断面から溢れ出た、絵の具によって遮られる。
「!?」
真っ黒な絵の具が、粘性のある液体がドバドバと首から溢れ出て……鱗の隙間からも、僅かに滲み始め。絵の具に操られた怪物は、静かにその身を起こす。
咆哮は上がらない。
魔法は使えない。
断ち切られた頭部をトロフィーにもして貰えず、適当に破壊された男の亡骸は、“絵の具を操る魔法”によって再び動き出す。
それでも、メアリーは冷血に状況を見極めて、もう一度処刑を執行する。
だが。
「!!」
死神の刃は───黒い絵の具に遮られ、屍龍を切り刻むことができずに、その効力を掻き消す。
永遠に溢れ出る絵の具は、ダラコイルを包み込み。
真紅は真っ黒に、自慢だった剛体は染め上げられて……死後の尊厳を凌辱される。首のない漆黒の龍が、絵の具を纏ってアスファルトを踏み躙り。
流動する黒が、呻く。
音にならない慟哭を上げて───不滅の殺戮者たちが、対峙する。
꧁:✦✧✦:꧂
───そして、夢の中。
地球の裏口を守る、夢の世界限定で彼岸を逆走してきた魔法少女たち五人の戦場にて。
キルシュナイダーの氷霧が空間を凍てつかせ。
モロハの剣術が攻撃全てを斬り裂き。
オルドドンナの雷霆が夢の世界を震撼させ。
マペットプリマーレの糸に操られ。
イリスミリエの絵が、夢を彩る。
相対する将星、狂気に落ちた芸術家であるラカイユを、鏖殺せんと。
「ハハッ、ハハハッ!」
情け容赦のない殺意の奔流を、ラカイユは高笑いと共に浴び続け……
奮闘、虚しく。
「フーム。これは参った。捕まってしまったよ!いやぁ、流石は魔法少女!あまりの輝きに、さしもの私もこの目を逸らすことができなかったよ!」
「こいつ元気だな。もう一発行くか?」
「宜しいかと」
「過激だね!」
絵の具の使徒は全滅。
肝心のラカイユは全身傷だらけで、プリマーレの魔糸で拘束された状態。空間に繋ぎ止められた糸は、ラカイユを決して逃しはしない。更に両足を氷漬けにして、雷魔法で身体を痺れさせる。徹底的な無力化。
ここからどうするか。尋問するか拷問するか。
勝利した魔法少女たちの目が集まる中でも、ラカイユはニコニコ笑顔。
殺意を浴びても、苦痛、激痛に苛まれていようとも。
モロハの斬刀が首に宛てがわれ、プリマーレの監視下で身動き一つ取れない状況、勝機を見出すことなどできない状況でも。芸術に生きる怪物は、如何に己が危機に立っていようとも、その笑顔を消さない。
そんな不気味さに、キルシュは顔を顰めて不審に睨む。
同僚たちが、油断なく敵を囲いながらも、会話で情報を整理しているその横で。
「ねーねー先輩たち。ノリで捕らえたけど、どうするの?この変な人」
「お主の同類でござろう」
「右に同じく。同感だわ」
「やーめーて!」
「……」
ちなみにイリスの色魔法とラカイユの魔法は、塗り潰し合戦といういたちごっこになった。そうして“色彩”に手を拱いている間に他の魔法少女から総攻撃を受け、最終的に敗北してしまったわけだが。
左腕を失い、右目を潰されながらも。
ニコニコ微笑んでいるラカイユを囲む魔法少女たち……その笑みが、余裕から来るモノでないことは、キルシュが一目で見抜いている。
その理由も。
複数の疑惑を組み合わせて、考察を深めた正義執行者は溜め息を吐いた。
「……あなた、半分ですね」
「!」
確信めいた、その指摘。
ガラスの向こうに秘められた青い双眸は、凍えてしまうような寒気を感じさせる程、冷たく、恐ろしく。偽証など赦さない氷の視線に、ラカイユはゆるりと笑みを浮かべ。
好青年めいた笑みは、少しだけ歪み。
狂気的な───自分の命を何とも思っていない、怪物の笑みへ。
「あぁ、恋をしてしまいそうだ───素晴らしいよ、君」
肯定する。
“画領転醒” ラカイユ・パレット───“分身”ではない、正真正銘“本物”である男は、粘つくような、闇色に濁った祝福をもって、キルシュナイダーの問を肯定する。
例え、バレようと関係のない話。
夢の世界でしか存在できず、それも、地球の近くでしか顕現できない彼女たちに気付かれようと……ラカイユには何のデメリットもない。
想定外はあったが。
“終わる”寸前にいいモノが見れたと、心の底から喝采を上げる。
「恋など不要。私の正義を阻む外道からの捧げ物など……欲しいとも思いませんね」
「半分?半分って何?キル先輩?」
「成程のぉ。辻褄は合うでござるな」
「ふーん。よくわかんねェ、が。将星なんざ言ってた割に弱かったのは、そういうことかよ」
「……」
仕込みは済んだ。
この場において、ラカイユが生き残ってやるべきことは欠片として無く。生憎、夢の世界からの精神汚染は叶わぬ夢物語となってしまったが……尻拭いは、現世で起動したダラコイルが頑張るだろう。
牢屋での会話の際、堂々と目の前で仕掛けた毒。
唯一、レイを除いた彼や彼女たちには気付かれず、策は目論見通り花開いた。
黒色の絵の具は、“破滅の黒”───無限に溢れ出る黒は万物を侵蝕し、呑み込み、世界をおかしくする。
紅龍を起点に、地球を真っ黒に染め上げる。
何処までやれるか、それともやれないのかは……素体の頑張りどころか。
「フフッ、いやはや。彼女たちも、お気に召してくれると嬉しいのだけど……どうやら、それを確認するのは、この私にはできない夢らしい」
「潔いですね。まぁ、察しますが」
「聡明だね、君は。まるで、彼女のようだ。冷たいとこもそっくりだね」
「左様で」
───絵描きの魔法<白痴の白/メサイヤ>
語られたところで同情の余地はない。キルシュの正義は揺らがない。哀愁に浸る男が、自らの手足をドロドロと、真っ白な絵の具に溶かしていくのを見定めながら。
自害なんて終わりなど、与えてやるつもりはなく。
彼女の正義は絶対。
一度でも、殺すと決めたのならば。その命題を達成する為だけに動く。
「ダメですよ〜」
「……」
「おいおい、自殺はダメだぜ?せめて、オレらの手の中で死んでけよ……なァ?」
「安心せよ。黄泉への旅路は、整えてやる」
「沙汰を決めるのは私たち。罪人の手で幕引きを選ぶなど言語道断」
色魔法が絵の具に干渉して、これ以上の変化を拒む為に定義諸共塗り替えて。
糸魔法が身体に突き刺さり、魔力操作を封じ。
雷魔法が脳天を貫き。
斬魔の剣術と、正義の裁断者が、目を輝かせる芸術家の首を刎ねる。
「なんと美しい…」
最期までそう宣って、斬首されたラカイユは絶命と共に身体を絵の具に溶かしていく。
生憎、思っていた死に方ではなかったが。
末路は同じ。自分の魔法に全てを溶かして。夢の世界に白痴を残す。夢という理を溶かすことはできなかったが、それも仕方ない。
及第点ではあると自己評価して、ラカイユは魔法少女に処分された。
「…正義執行、完了」
一先ず、最悪は防がれた。
「……と、言いたいところでしたが」
「そうだよなぁ。どうすんだ?」
「今のところ、どうしようもない。拙者ら、ここから遠く行ったら消えちゃうでござるし」
「うーん、焦れったいなぁ」
「……」
「……どうやら、暇でいられるような状態でも、ないそうですね」
「!」
彼女たちは勝利した。
だが、ラカイユとの戦いは……まだ、終わっていない。夢の世界への置き土産が、水平線の彼方より、魔法少女の視界に映る。
魔法少女たちは地球の夢から離れられない。その事実を逆手に取った、ラカイユの置き土産。
地球圏外の宇宙から、際限なく湧き出る絵の具。
個としては弱いが、群としては強い。絵の具の使徒が、行進する。
真っ直ぐと、地球を目指して。夢から現へ、主の願いを叶えんと。
「祭り騒ぎだな」
「耳障りでござる」
「防衛戦、と言ったところでしょうか。まぁ、アイツらの代わりにやり遂げましょう」
「はいっ!」
「ん」
終幕を知らない宇宙勢力との戦い、表と裏の地球防衛、云わばその最終章。
残党処理戦、開幕。
処刑人の刃と、魔法少女の魔法。対を成す領域で、夢は守られる。




