329-選手交代
前編
“星喰い”が【悪夢】に沈み、夢貌の災神との途方もない死闘を開始した頃。
極黒恒星内の戦況が、大きく動く。
皇帝の退去を機に───戦闘を終えていた魔法少女は、動き出す。
「ふぅ〜……それじゃ、そろそろ行くね。まさか、羽まで治して貰えるとは、思ってなかったけど!」
「んとね、教義にあるんだ。恩は返せって。だからだよ。戦いに負けたとか関係なしに……ここでやんないと、いつ返せるかわかったもんじゃないし!」
「……個人的には、やるべきでないとは思いますけど」
「ねぇねは黙ってて!」
コーカスドムスの背の上で、ポリマの祈聖魔法の治療を受けたブランジェ。ご厚意を受けたことに礼を告げ、敵の施しを受けるとは何ぞやと疑問に思いながらも、勝利したのは間違いなくブランジェである。呪いを付与するわけてもないただの善意を、彼女は大人しく受け入れた。
生憎、コスチュームはそのままだが……
天使の羽は、元通り。天掌魔法によりボロボロとなり、応急処置程度の治療しかしていなかった翼は、元の白さを完全に取り戻した。
もう一度礼を告げ、ブランジェは空高く飛び上がる。
「またね!今度は、ライオンくんの治世になった時に……牢屋越しに会おうね!」
「勝つ前提で話進めるのやめてくださいます!?」
「相変わらずね…」
「アハハ!」
優雅に宙を舞い、翼を羽ばたかせて宙の彼方へと消えたブランジェを、三姉妹は見送る。情で命を奪われていない敗者たちは、潔くその後ろ姿を眺めるのみ。
攻撃を仕掛けるには、命が惜しい。
教会の復興などを理由にはしているが……結局は、まだ生きていたいから。スピカは皇帝の為にならばと命を捧げられるが……妹たちがそれを引き留め、振りほどけず。
同星に謝罪を零しながら、見過ごすことしかできない。
……そんな甘えもまた、スピカらしいと言えばらしいのだが。
「陛下…」
つい先程、敬愛する王の気配が途絶えた。その不可解な現象が何なのかまでは、スピカのいる主星上空からは一切伺えないが……暗黒王域にとって、よくないことが起きているのは確実で。
どうにか介入したい気持ちはあれど、身体の痛みがその選択を許さず。ポリマの治療も効きが悪い大ダメージが、3人の足を止めていた。
そんな、彼女たちの葛藤を他所に。
天使たちの運び手となっていたコーカスドムスが、頭を持ち上げる。
『! この魔力反応は…』
理由は、凄まじい勢いで立ち昇る、魔力反応を検知したからで。宙を飛ぶ彼は、彼女の邪魔にならないよう、少し右に逸れて───道を開く。
その行動に、3人が疑問を唱えるよりも速く。
黄金となった主星から、蒼い光が煌めき───宙の上へ突き進む。
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───魔星古城
砂漠と樹海が乱立し、溶岩と夢幻が吹き荒ぶ廃棄予定の要塞にて。クジラ森の王国の王、セチェスの従える七色に輝く魔力生命体、ヴュートンヴァールに、彼らと対峙するチェルシーとリュカリオンは苦戦していた。
大自然の化身は、夢幻を打ち消し、溶岩を越え。
クジラの形となった雄大な力の塊そのものが、若き天才たちを押し潰す。
「くっ…!」
「ガハッ……チィッ!硬ぇししぶてェ!オードンバッファでも相手してる気分だぜ…」
「……なにそれ?」
「頭が触手になってる牛だ。毛皮が剛毛すぎて、生半可な攻撃は通じねェし、攻撃能力もバカ高くて厄介なんだよ。将星でも手こずるって噂だぜ」
「クリーチャー…」
会話を楽しむ2人だが、正直そんな余裕はなく。ただ、現実逃避と言わんばかりに言葉を交わす。どれだけ殴って潰そうにも、夢幻で痛めつけようと、敵は倒れず。
それどころか、傷が付く度に豪快に笑い戟を振るう。
年齢を感じさせない槍捌きと魔法をもって、セチェスは豪快に立ち回る。
「ほれほれ、駄弁ってる暇はあるのかぁ!?」
金色の三叉戟で刺突し、チェルシーを貫かんとするが、間一髪で回避される。ウサギのように跳び、ネコのように着地したチェルシーは、冷や汗を垂らしながら考える。
目の前の怪物は、溶岩にも夢幻にも耐えるバケモノ。
一番のダメージが老体故のそれ以外、未だ決定打になる攻撃も出せていない。玉座の間を占有する巨大クジラも、素の魔法耐性が強いのか有効打はなく……ゴリ押しで勝ちを狙おうにも、2人では手が足りない。
それこそ無駄話をして気分転換をした方が、まだ有益な状態である。
「でも、もうすぐ…」
「あん?あぁ、そうか……クソッ、申し訳が立たねェな。自分が情けねェぜ」
「仕方ないよ。あっちの方が年上だもん。年の功だよ」
「…そうか?」
だが、打開策はやってくる。
鯨の攻撃を捌きながら、2人は自分たちの魔力を目印に飛んでくる、二つの強大な気配を呼び込む。
手の空いた2人の仲間。
宙を飛び、進み、真っ直ぐに───応援に駆けつけると同時に、魔法を放つ。
「重力魔法!」
『歪魔法』
「ッ、新手か!ぬぅん!!」
「ワオ!」
真上から突っ込んできた二つの魔法を、セチェスは軽く受け止め、即座に薙ぎ払う。壁に吹き飛ばされた魔法が、外壁を大きく破壊するが……誰も気にも留めない。
シュタッと降り立つ天使と、ふわりと浮かぶ呪い師。
魔法少女、エスト・ブランジェとマレディフルーフが、膠着する戦場に現れた。
……全員の視線が、霊体化したプルーフに集中したのは言うまでもない。
「ふ、フルちゃん…?」
「とっ、とうとうそこまで…」
「なっ……は?」
「幻覚かの?」
『いや、私のことは別にいいから。アレだよ、あるあるなよくあることだよ』
「ないよ?」
……この後、2.5頭身のメーデリアが握られたまま、酷く衰弱しているのを発見され、更なる質問責めと一悶着あるのは余談である。
完全回復した天使と、幽体離脱した呪詛。二つの異なる最強たちが、溶岩狼と夢猫に合流し。
歴戦の古英雄、もう一人の王を倒さんと。
力を合わせて、全力で───戦闘は、新たなステージへ移行した。
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───シニスター分子雲領域。
雷鳴轟く戦場は、度重なる攻撃の応酬て粒子が飛散し、曇り空は僅かに晴れて、その戦況を外側からでも少しだけわかるようになってきていた。
最強に挑む戦乙女たちは、逆境の中でも一際輝く。
例え、敗戦濃厚でも。
「ラァッ!!」
「んいっー!」
カドックバンカーの銃火器が、雷が。ゴーゴーピッドの爆弾列車が。魔力がある限り、終わることなく。次々と、対峙する相手へとぶち込む。
爆炎が、轟音が、衝撃が吹き荒ぶ。
そんな総攻撃を前にしても……かの最強は、宙の頂点に座したまま。
「温い温い!温いのぉ!」
将星最強、アルフェル・トレーミー。その出で立ちは、未だ余裕に満ち溢れているものの……絶対に諦めない不屈の闘志の持ち主たちが、これでもかと抵抗した影響か。
アルフェルの身体には僅かに傷が走り、流血している。
とはいえ、まだカドックたちと比べて軽傷も軽傷。少し切り傷のついた美貌を笑みで歪ませ、懲りずに食らいつく子供たちを楽しく振り回す。
雷光は未だ消えず。
雷雲は一切晴れず。
雷霆は常に落ちる。
「ハハハ!楽しいのぉ!お主ら、百点満点じゃ!じゃが、そろそろ限界じゃな!」
───天雷魔法<アダドバウル>
扇状に放たれた超雷撃を、カドックとピットは無視して突貫する。身体が感電するでは済まない傷を負ったが……それも許容範囲内。
今はただ、攻撃を仕掛け続ける。
先程、恒星異空間で最も大きかった魔力の波動が、突然消失した。その消失に、羊の抱き枕がやってみせたのだと確信し、作戦通りに事が進んでいることを確信する。
それ故に、彼女たちのやるべきことは確定した。
夢繋ぎの魔法を起因に。それまでに、各自できることは済ませておく。
そして、後は。
「オラァ!!」
───兵仗魔法<ディストーション・アームズ>
戦闘機にブーストをかけ、銃弾を撒き散らし、超高速で突っ込むカドック。天雷に全身をズタズタにされるよりも早く、アルフェルの懐まで突撃を仕掛ける。
それは捨て身の特攻。
誉れも何も無い、命を捨てた行動。死後だからこそ可能である戦法は、アルフェルをこの領域に縫い止める為。
皇帝の不在には、勿論のこと彼も気付いた。
だからこそ、アルフェルがそちらの方に向かおうとする挙動を見せた瞬間、カドックは行動に出た。この場から、この男を移動させるわけには行かない。彼一人で、戦況はこれでもかとぶち壊れる。
それ故に、視線を釘向けにしようとするのは当然で。
だが、やはりと言うべきか、当然と言うべきなのか……カドックですら予想していた末路が、アルフェルの天雷で齎される。
「どこ行く気だよ!」
「決まっておろうて───いい加減に、お主も墜ちよ!!執拗いぞ!!」
「るっせ、ッ!」
天雷が正面から戦闘機を貫き、爆散。宙に放り出されたカドックに向けて、痺れを切らしたアルフェルは最大火力の天雷をぶつけんと魔力を増幅させる。
高鳴る魔力の蠢動に、カドックは焦りを覚えながら。
相殺せんと魔法を放つも……アルフェルの腕の一振りで魔力は霧散し。
「早う沈め」
───天雷魔法<ウガリット・トール・レイ>
氷のような冷たさの残る笑みが、カドックを見下ろし。指先から迸る金雷が、莫大な魔力放出をもって炸裂し……カドックの視界を、光が埋め尽くす。
直撃すれば、ゾンビであろうと機能は停止するだろう。
魔力の繋がりを乱させないシステムも瓦解し、一方的に破壊される。そんな未来を幻視して、少しでも足掻こうと身体を魔力で守った……
その瞬間。
「危ないな」
青色のマントがカドックの視界を遮り……雷光がそこを射抜いた時には、彼女は移動しており。アルフェルは雷が外れたことに怒りはせず、ただ、冷徹にそれを見上げる。
いつの間にか。
彼の視線の先には、重傷のカドックをお姫様抱っこするムーンラピスが浮いていた。
悠然と宙に浮かぶ彼女に、焦りは欠片もなく。
ただ、無事役目を果たした先輩と後輩を労うような声をかけるだけ。
「ご苦労さま」
「……おいおい、かわいさの欠片もねぇ後輩にお姫様扱いされるたァ、オレも出世したな」
「大丈夫そだね。バイバイ」
「あちょっ」
「ワー!?」
労いの言葉を茶化したら、腕をパッと離され……真下に逃げ込んでいたピットにキャッチされる。まぁ、キャッチできずに2人揃ってそのまま落ちていったのだが。
劈く悲鳴を上げてどこまでも落下する重傷患者二名を、ラピスとアルフェルは無言で見下ろしてから。
仕切り直と、咳を一つ。
暫く戦線復帰できない以上、あの2人がここにいる利は少ない。ある意味での戦線離脱は、願ったり叶ったりではあった。
「久しぶりじゃの」
「そっちこそ。壮健そうで何より」
「クフフっ、思ってもないことを……ところで、儂の孫はどうじゃった?お主のお眼鏡に適ったかの?」
「言う必要ある?」
「愚問じゃったか」
楽しそうに笑うラピスに、アルフェルは満足気に笑い、何度か頷いてから。このまま、ただの対話を続ける必要はないと、放ったばかりの雷を手繰り寄せる。
バチバチと、宙が明るく明滅する。
それに倣って、ラピスも魔法陣を幾つも浮かべて、攻撃態勢へ。
「以前よりも、気配が濃いの。随分とまぁ、無茶な手法を取ったようじゃが……クフ、失望させんでくれよ?」
「言ってくれるじゃん。でも、違いをわかって貰えただけ嬉しいよ。お陰で、わざわざ説明してやる手間もないし、楽にぶち殺せるから」
「カカカ!お主こそ言うのぉ!」
「お互い様だね」
「そうじゃな!」
元々ラピスは、天秤を下した後は天魚を葬る予定で行動する筈だった。そこに予期せぬ辻斬りや、鏡の裏切り者が乱入してきたお陰で、かなり時間が伸びたが……
まだ許容範囲内。
将星の序列内で弱い者を先に倒し、次に強者のそれらをぶちのめす。
渋々認めたが……
ニフラクトゥが、リデルを倒して、【悪夢】から脱するまでには、カタをつけなければならない。
無論、彼女たちにはどうにかする自信しかないが。
軽口を叩き合いながら、2人は笑みを凶悪な形に変え、お互いに示し合わせることなく。
月魄と天雷、二つの最強が、苛烈な勢いで激突した。




