324-鏡よ鏡
“魔幻廻鏡”ミロロノワール。将星となった彼女の領地、与えられる“宮”は、現状存在しない。辛うじて定義するのであれば、彼女の故郷である地球だが……
未だ暗黒王域の支配下にない地を、宮とは呼べず。
そんなノワールであるが……彼女は既に、自分の世界とでも呼ぶべき領地を持っていた。
“鏡”の中に。
世界を一つ。
「ここは“魔女の写し鏡”!この世に存在する、全ての鏡と鏡を接続する、ワタシだけの魔法空間!好きな子のすごいとことか、ぜーんぶ盗み見れちゃう世界だよ!」
「ぶっ壊しちまえそんな世界」
「あっ、こっちから鏡壊すと、現実世界の鏡もパリーンて割れちゃうから、気を付けてね。ちなみに実証済み!二年ぐらい前に、お風呂場の鏡が割れた原因はワ・タ・シ♪」
「自供ありがとうふざけんなよテメェ。覗き魔が。クッソビビったんだからなアレ」
「正直ごめんwww」
「死ね」
“魔女の写し鏡”───鏡の中にある世界は、ノワールの完全な独断場。悪夢を封じ、脱出を封じ、割るのを封じ。数多くの制約を足枷とし、ムーンラピスを縛り上げる。
ノワールを殺さなければ、外には出られない。
絶対に自分を殺してくれよと言わんばかりの仕掛けに、億劫な溜息しか出てこない。
拗れた性格の同期を、どうぶちのめすか。
平和的()解決は、既に無理。仲裁してくれる仲間など、ここにはいない。
殺すと一度決めた以上───ラピスには、ノワールを、手にかける覚悟がある。
やるからには、全力で。
身体の震えを誤魔化して、鬱陶しげに舌打ちをして……間髪入れずに、特攻。
仕込み杖を銃剣に切り替え、弾丸を掻き鳴らす。
「さっさと、死ね!」
一発二発とただの銃撃から、弾丸を同じ射線で重ねて、弾丸と弾丸の接触により前弾を加速させる撃ち方。普通の鏡を割らないように配慮しながらの跳弾。変則的な軌道を描く、弾丸同士の跳ね返り。魔力を大分込めた大破壊。
複数のやり方で、ノワールに休む隙を与えない。
だが、相手は、ラピスと同じ時期に魔法少女になった、正真正銘同期である。2人よ実力差は、天と地ほどの差があるが……
「だ〜か〜らぁ〜!ノワちゃんに飛び道具は効かないって知らないのかなぁ〜!?」
「死にたきゃ素直に死ねや…」
「遊びたいじゃん♪」
ノワールがお腹に抱えた鏡の中に、弾丸は吸い込まれ、現実世界へと放り出された。今頃、ラピスの弾丸を浴びた何某が現れたかもしれないが……関係のない話だ。
彼女の鏡は全てを反射し、全てを飲み込む。
弾丸や弓矢など、ノワールにとっては弾き返すか鏡中に取り込むかの二択で済む。こして、魔法に至っては───最早、語るまでもないだろうが。
封印と封殺。それこそが、ノワールの鏡魔法。
銃弾は全て無力化され、変化を確認したかったラピスは嘆息を吐いて…
「検証と行こう。何処まで吸い込めれるか……再確認だ」
───月魄魔法<ネオ・サテライトレーザー>
幾筋にも別れようとする光線を一つに束ね、特大規模の破壊光線とし。核エネルギーを収束させたエネルギー砲を耐え切る、超硬質のアクゥームでも貫通できる月の光。
殺意の塊と言っても過言では無い魔砲が、一切容赦なくノワールに差し向けられる。
鏡一枚では、到底対処できない攻撃範囲。
だと言うのに、ノワールの笑みは健在で……ステッキの鏡を翳して。
「鏡よ鏡!」
───鏡魔法<ミラードジャマード・アブソープション>
紫色に輝いた魔鏡を、月光に向け……鏡を呑み込もうとするラピスの魔法は、鏡に向かって捻れて、渦を巻き……自発的に収束して、鏡の中に吸い込まれていく。
ノワールに近付けば近付く程、月光は細くなる。
ラピスの意に反する挙動をもって、魔光は鏡に勢いよく吸い込まれた。
「っ、ふぅ!なんとかなったぁ!」
マジカルステッキを持っていたノワールは、反動で腕を酷使したが……問題はない。
ただ、対峙するラピスの隙にはなる。
無駄に魔砲を撃てば吸い込まれると、その無法っぷりを再確認して。ノワールに向かって攻撃すれば、全てが鏡に誘引される特性の面倒臭さにラピスは顔を顰める。
魔法攻撃でゴリ押そうにも、ノワールがそう易々と鏡を手放すわけもない。
「直接叩くしかない、か」
中距離・遠距離戦において、ノワールは基本的に相手の優位に立てる。
だが、近距離だと……本体性能も相まって、敗戦濃厚に等しい程の苦戦を味わうことになるのは、今も昔も変わらない。
だからこそ、ラピスは突貫。ノワール目掛けて、銃身を振り上げる。
「うわっ、そう来る!?」
「安心しろよ、峰打ちだ!」
「そこは刀出せよ!」
一瞬にして間合いを詰めて、ノワールの側頭部に銃剣の硬いところをぶつけんとするラピス。その危なっかしさとやり方に文句ありげなノワールは、咄嗟に前に跳び回避。
頭を打たれることはなかったが、その分隙は大きく。
マーブル模様の床を転がるノワールは、その勢いのまま魔法を行使。
「み、ミラードジャマード!」
───鏡魔法<ミラードジャマード・スキャッター>
意図的にマジカルステッキの鏡を割り、その破片を己の背後に立つラピスに飛散させる。何度でも再生する紫鏡の中には、先程封じ込んだ月光が込められている。つまり、飛散した鏡の破片一つ一つに、ラピス自身の色濃い殺意が詰まっているわけで。
ラピスの頬を、破片が一つ切り裂いた……
その瞬間。
ゴパッ!!
「っ、ぐっ!?」
ラピスの頬から顎にかけて、彼女自身の魔力が爆発……左顔が大きく崩れて、血肉が吹き荒ぶ。暫く見なかった、鮮血がマーブル模様の空間を汚す。
思っていた以上の威力に、ラピスは舌打ちを一つ。
ある意味自分で蒔いた種だが……破片の出していい威力ではなかった。
───月魔法<アコライト・ムーン>
左頬の裂傷と破裂痕を、手掌に浮かべた魔法陣を通して治療する。巻き戻しのように傷痕は無くなり、外面だけは綺麗になった。
「久しぶりだな、自分の血の匂いを嗅いだのは……」
感慨深そうにボヤくラピスは、口元の血を拭ってペッと吐き捨てる。彼女の治癒魔法では、失った血液までは補完できない。だが、そんなデメリットなどあってないようなもの……但し、今までは。
鏡の世界では、ラピスの身体は人間だ。
悪夢の時とは違って……貧血も、疲労も、魔力枯渇も、気を付けなければならない。
元よりラピスは回避特化型。防御に徹するより、攻撃と回避を手際よくやるのが従来からのスタイル。
故に、防御力を高めるのではなく……
持ち前の素早さを身体強化によって底上げし、ラピスは神風となる。
「シィッ!」
「あっ速っ!?ムリムリムリ!バカバカバカ!?ラピピの捷さについてけるバケモノとかと相手する速度、ワタシに使うのはやめてくんないかな!?」
「よく喋る死体だな……オラァ!!」
「足蹴り!?」
立ち上がってすぐのノワールの顎に、ラピスの足蹴りが炸裂する。顎を穿ち、脳を揺らしに揺らす蹴撃は、確実に決まったが……
ノワールの反応は、いまひとつ。
ダメージが入ったのにも関わらず、減らず口を喋るその口は止まらない。
「あはっ!痛いじゃん!」
「オマ、なんで動け……ッ、そんな曲芸ができるなんざ、僕は聞いてないぞ!」
「言ってないもんね〜!」
「チッ!」
驚愕に目を見開けば……ノワールの顎、蹴りが直撃した箇所が、鏡に変化していた。
蹴撃は、鏡の力で反射されたのだ。
物理攻撃の反射により、ノワールを痛めつける筈だったダメージは三割減。痛いは痛いが、痛みに慣れている為、悶絶する程ではない。
ケラケラと笑うノワールは、両手を広げ、ドンと来いと友を迎える。
「おいで!ぜーんぶ受け止めてあげる!散らしちゃうのはごめんだけど!」
「なら、割ってやるよ。物理でなァ!」
それでも、ラピスの歩みは止まることなく……完全に、ノワールをぶち壊す勢いで拳を叩き込む。
純粋故に強力な、圧倒的な暴力。
ノワールの息の根を止めんとする拳の突きは、ラピスの攻撃箇所を先読みし、反射と本能、オート起動で鏡化した皮膚に阻まれる。その速度も徐々にラピスの動きを捉え、正確性も上がって中々届かない。
だが、ラピスの拳も柔くはなく。
硬かろうと反射されようと、一切合切、砕いてしまえば万事解決と。
「泥仕合だな…」
「それじゃ、殴るのやめたらー?」
「どうしよっかな」
「ぐぇっ!?」
パリーンッ!!
ノワールの腹を殴り、邪魔してきた鏡を遂に殴り割り、衝撃で吹き飛ばす。
嗚咽する敵の顔など見ず、ラピスは手を緩めない。
例え、距離が遠かろうと───物事は、やってみないとわからない。
「これも吸収できるのかな?」
拳に魔力を込める。
かつて、自分を痛めつけ、癒えない傷を与えてきた……万物を砕く究極の物理攻撃魔法。全てを吸収し、反射する鏡であろうとも。
その因果からは……
逃れられないのではないか。そんな期待を胸に抱いて、拳を放つ。
「借りるよ、カンセール」
───極砕魔法<スクラップ・ウォー・キャンサー>
かつて、この地には侵略者がいた。
あまねく星々を相手取り、襲い、取り込み、戦場というリングで戦い続けた猛者。その男が使っていた、あらゆる全てを砕く、最強の拳。
元将星カンセールの魔法を解析し、手にした無法。
着々と習得に至っている将星たちの魔法は、既に彼女の手の内だ。
「魔法を使わないと言ったな。アレは嘘だ。あ、そもそも言ってなかったわ。ごめん」
「軽い気持ちで使うなーッ!!」
───鏡魔法<ミラードジャマード・ドミノ>
直進してくる拳に、ノワールは鏡を乱立して壁にする。床から生えた鏡たちは、その名の割に倒れることなく……ラピスの星拳を真っ向から阻む。
だが、その程度で止められる拳ではなく。
一枚目の鏡の前で、ラピスは一旦立ち止まり……星拳を振り抜く。
バリンと音を立てて割れた鏡。その破壊は、後続の鏡を連続で粉砕していく。
衝撃波を伴う、拳型の魔力砲によって。
「───ア゜っ」
盾を全て破壊され、白目を剥いたノワールの姿が、拳で掻き消えた。
瞬間、鳴り響く轟音。空間に浮かぶ鏡は割れない程度に吹き飛び、マーブル模様の景色は大きく揺らぎ、衝突した箇所から放射状に歪んでいく。
極砕魔法に、ノワールの鏡は何できなかった。
吸い込むことも、封じることも。それは偏に相性の問題である。全てを砕く拳は、封印の特性をもった鏡をも砕く破格の性能を持つ。吸収する力も、霧散させる力も、全て正面から打ち砕いた。ただ、それだけのこと。
魔力が煙となって立ち上る。
その中に、ノワールは倒れ伏している。だが、不思議なことに……
「……消えた?」
手応えはあった。
当たったのは、確かだ。
だが、ノワールは何処にもいない。影も形も、何処にも見当たらない。魔力探知で周囲を探るが……結果は芳しくなく。
ほぼ確実に、拳に当たる寸前に背後の鏡に飛び込んだのだろう。生憎完全回避はできなかったようだが……避ける余力はあったらしい。
逃げたとは考えずに、ラピスは周囲に浮かぶ無数の鏡に睨みを利かせる。
「ハァ……割るか」
面倒だからと思い切って、この空間全ての鏡を割ろうと銃剣を構えた、その時。
見上げていた鏡たちが、独りでに輝き出す。
あまりの眩しさには、流石のラピスも目を半開きにし、腕で遮る他なく。鏡の向こう側から発露する、大きな力の躍動に気付きながら、黙って見逃す。
光と共に、鏡からヌルッ…と、手が伸びる。
一枚、二枚、三枚と。ラピスの周囲を囲む鏡の全てが、彼女を排出する。
「痛かったぁ〜」
「でも、まだま〜だ♪」
「ノワちゃんはね」
「頑丈じゃないけど」
「諦め悪くないけど」
「根性とかないけど」
「それでも」
「それでも」
「負けないやり方ってのは、幾らでもある───んじゃ、せーのっ!!」
「「「───ラ〜ピピっ!あーそーぼっ♪」」」
───鏡魔法<ミラードジャマード・ダブル>
無数の鏡から現れたのは、たくさんのミロロノワール。分身たちは、本物と謙遜ない姿形をしており……その上、どれが本物かわからない。
ラピスでも、巧妙な分身に惑わされる。
だからといって手こずるわけでもないが……面倒なのは事実だ。
「増えたところで、ねぇ」
手掌に魔力球を作って、いつでも殺せる準備をして。
イライラと見上げる同期に、ノワールたちはケラケラと楽しそうに笑って。鏡の縁に足を乗せて、伸ばした指に、光を灯して。
「大丈夫」
「ラピピは勝って」
「ワタシが負ける」
「その結末に、変わりはないけど」
「その過程で何が起こるか」
「どんなことがあるのかは」
「わからないでしょ?」
「だから」
「だから!」
「───最後まで楽しも?ワタシと一緒に!いーっぱい、楽しく殺し合お!!」
───鏡魔法<ミラードジャマード・マナキャッチャー>
たくさんのノワールの指から、鏡の中で反射と収束を、凝縮と活性化を折り重ねた“極光”が。その性質を鏡魔法に歪められた裁きの光が、ラピスへと降り注ぐ。
ラピスはただ、見上げるだけで。殺到する光を、無言で受け入れた。




