321-頑張ったで賞
封印ってよくわかんないね。
人の精神世界に居座るマッドハッターのお陰で、あんま感じ取れなかった。つまんなかった。そんな落胆な思考を抱きながら、僕は遅々として進まなかった体内【悪夢】の消化とか純化を活性化させることにした。
これ幸いにってやつ。
本の中に閉じ込められたのをいいことに、身体から全部取り出して、具現化させた。ムーン・アリスメアー。僕が将来的に名乗ることになるであろう、災神としての呼称をイメージして作り上げた、不格好な蛹のアクゥーム。
こいつをリブラと戦わせる。
え?分離してちゃあ消化できないって?大丈夫大丈夫。のっぺらぼうの頭に噛み付いてるハット・アクゥームが、悪夢ハグハグして僕に還元させるし。あと、リブラからの攻撃でダメージを受けて弱った悪夢も、強制的に僕の中に還元される仕組みになってるから。還元=完全同化の軽い手順を踏める。実験的な試みだけど、多分できる。
要は、僕個人は何もせずとも、リブラと戦わせるだけでお釣りが出るわけだ。
……分離の一番大事なとこは、僕も釣られて暴走しないようにってのだけど。
【ア゛ア゛クゥームッ!!】
ちなみに、主導権はハット・アクゥームにある。完全に統制してくれることを期待しよう。
反抗的な個体は真っ先に消化したから平気だろうが。
問題なのは、昔取り込んだ怪人因子が呼応して、悪夢を活性化させているということ。これといった問題はないんだけど、大丈夫なのかな。
因子に呼応して、その形に固定化されないだろうね?
嫌だよ?これで完成だーって喜んだら、怪人因子が表で超主張するキメラ形態になるの。今腰掛けてるヤツが無貌なのも不満なのに。なんで顔の中に月があるんだよ。まだ設計してないぞ。
「くっ…!」
───攻性術式・起動<ズィゴーンの光>
封印策が失敗したリブラは、必死の形相でアクゥーム、そして僕の方に光線を叩き込む。軽く障壁を張って全てを無力化して、僕は鑑賞に専念する。
だってここで僕が動いたら、切り離した意味がない。
ムーン・アクゥームの浮いてる手が動いて、謎に尖った人差し指をリブラに向ける。その指先から魔力が迸って、魔法陣が浮かび上がり。
【ハァッドッ!!】
勢いよく射出された黒紫色の魔光のビームが、飛翔するリブラを追いかける。一直線に放たれた魔光だが、相手が縦横無尽に逃げるせいで当たらない。
当たらないなら、枝分かれするだけだけど。
無数に分離した即死ビームが、リブラを多方向から追尾する。彼女も負けじと障壁を張って壁にするけど、光線が当たった障壁は結晶化し、貫かれて終わる。
止まらないメアリーレーザー。早速殺意高いね。
んまぁ、天秤結構ヤバかったしね。ここは心を鬼にして虐め抜こう。
「執拗いですね!」
「そういうもんさ」
僕としては、頑張って抵抗して欲しい。ここで彼女が即負けしたら、もっと意味が無い。時間をかけて、ジワジワ追い込んで……彼女が有する手札を全てを排除する。
出し尽くした時が、リブラの終わりだ。
僕は敵の殺害に躊躇いはない。だから、役目の終わったリブラを殺すことに否はないんだけど……レオードから、リブラは殺しちゃダメって言われてるから殺せない。
やっぱ皇帝の秘書は利用価値があるからね。政治能力を失うのはちょっと、って。皇帝の取り巻きを残すのはハイリスクだと思うけど、それはレオードの頑張りどころだ。
だから僕は、殺さない程度に攻撃するだけ。
万が一死んじゃったら、まぁ、そん時はそん時。彼女の運が悪かっただけだ。
「がんばれ〜」
実質休憩タイムだ。こっから連戦も連戦なんだ。少しは休憩したいよね……
正直、ヴォービスでめっちゃ疲れた。
危なっかしい斬撃戦だったからね。ここは片割れに全部任せよう。ハット・アクゥームなら大丈夫。今、僕の悪夢全部操作してるんだし。
ついでにマッドハッターもバッグにいるから問題無し。
防戦一方のリブラの魔術を、僕は一息つきながら眺める仕事に専念する。
……解析楽しいな、これ。へー、魔術って数式なんだ。魔法みたいなイマジネーションでどうにかなるのとは違うみたいだね。
【ア゛ア゛クゥームッ!!】
リブラに襲いかかる魔法の数々は、全て、怪人因子から構築された魔法だ。かつて人間たちに猛威を振るい、命を無数に啄んできた魔法の数々。
殺意の高いその全てを、リブラは魔術を駆使して器用に潜り抜ける。無駄のない回避行動、防御陣形にはさしもの僕も驚嘆する他ない。
防御術式<ユグムの課題>。
拡散術式<キーライの空打ち>。
反発術式<ブラキウムの瞳>。
そこから更に加速術式や誘導術式、減衰術式、転移術式などなど、まだ見ぬ多彩な魔術を駆使して、迫り来る魔法攻撃を対処していく。他にも幾つか用意していた悪夢対策の秘術も、ちゃーんと使って攻撃してくる。
手際がいい。なんでも恙無く熟るタイプだね。
魔術を使う一瞬一瞬の判断も、正直、見習いたくなる程上手い。齢二桁の僕より長く複数の魔術を使ってるんだ。それぐらいは当然かもだけど。
いや本当、勉強になる。
「呑気にメモ書きなんかしてっ……うあっ!?もうッ!」
……視界、結構光が埋め尽くしてるんだけどさ。彼女、結構余裕ありそうじゃない?だってまだ被弾してない……障壁とかで完璧にカバーしてる。
目立った一番の傷が会話途中の不意打ちなのも、彼女が将星である所以というか、皇帝の秘書としてやってけてる理由がわかるような気がする。
それはそれとして潰すが。
逃げてるだけじゃ意味ないよ〜。ほら、アクゥームにも攻撃当てて?
「いいの?このままだと───こいつを外に出して、戦場関係なしに暴れさせるよ?被害は甚大。復興はまず不可能だけど、大丈夫?」
「ッ、今更でしょうがッ!!」
「それはそうだけど。でも、いいのかな?痺れ切らして、全部壊すよ?」
主導権はこちらにある。
ムーン・アリスメアーは固定砲台してて動かないけど、それは禁書を土台にしているからだ。ぶっちゃけ、土台は無くてもいいのだからいつでも動けるんだけど。
そうなると、万が一暴走した時に止めるのが面倒で。
だから固定砲台にして、チクチク虐めて反撃を受けて、悪夢を消化する。
……最悪、僕の手でこの悪夢は潰せる。そっちの方が、安牌なルートなんだけど。それはつまんないじゃん。敵にぶつけた方が、生産的じゃん?
だからこうしてるんだ。
わざわざこっちは僕を守る以外には防御しないで、攻撃全部通してるのも、ある種のエンタメだよね。目的にだけ一途なのも、悪くないけど。攻撃を浴びる度に縮小してるから、目に見えてわかる成果もあっていい。
その分、僕の力が上がるんだけど。
リブラは歯を食いしばって、僕を満足させる以外に道はないからと睨みつけてくる。
かわいい抵抗だね。
「くっ……ならば!!」
覚悟を決めたのか、リブラからの魔術攻撃は更に加速。鋭く突き刺さるレーザーに、複数の属性、爆破、細い刃の演舞、衝撃波、不可視の攻撃、電熱、空間遮断……
更にはゴーレムによる物理攻撃、頁を刃に斬撃など。
多彩な攻撃はムーン・アリスメアーの反応速度を超え、徐々にその躯体を削っていく。仕方ないことだ。こっちは固定砲台。そも、防御をさせず全てを浴びているのだ。
驚くべきは、その速さ。
あと十分はかかる計算だったんだけど……まさか三分に縮めるとは。
「こんな木偶の坊に時間をかけるわけにはいかないので、早急に終わらせます!その次は、あなたです!!」
「できるといいね。その分、僕は強化されるわけだけど」
「承知の上ですッ」
力量自体に変わりはない。
ただ、悪夢の成分が濃くなって……僕という毒素は強くなっている。
ムーン・アリスメアーの総体が削れる度に、その巨体を小さくしていけばいくほど……ジワジワと、見えない力が僕の中で渦を描く。
暗黒銀河の悪夢は多かったからね。
これで日数経過を待つ必要がないぐらい……戦争中に、準備は終わるだろう。だからこそ、こちらも余裕をもって相対する。
「ふーん……ハット・アクゥーム、最大火力。あいつから余力を奪え」
【ア゛ァクゥームッ!!】
───月魄魔法<ルナエクリプス・ラズワード>
自信満々に、自分なら僕と戦えると思っている将星に、慈悲の一撃をくれてやる。悪夢に染まった蒼き災禍。月が齎す破滅の魔光を、悪夢の怪物の“月”から放つ。
収束された破壊光線は、僅かに残る古書を消尽させ。
古書館をぶち抜き、宙を飛ぶリブラを目掛けて一直線に突き進む。
今まで彼女が使っていた魔術では、どう頑張っても対処できない。
そう確信して撃たせた魔法を、リブラは。
「後手に回ってもなんとかできるのが!あなただけとは、思わないでくださいッ!」
「時操術式・停止───<テルスの世界時計>!!」
時計盤のような魔法陣が展開されると共に───世界が灰色に染まり───時が、停まる。
僕が止めるよりも、速く。
でも、ご覧の通り時間停止空間でも、僕とこいつは時の止まった世界でも動けるわけで……
ん?
「……どうやら、成功したようですね。いや、目は動……精神だけは縛れませんでしたか。では失敗?いや、動きを制限できてるだけ、マシでしょうか」
「───!?」
身体が動かせない。
指一本。辛うじて、眼球だけが動いて……リブラの目を見つめることしかできない。
時間停止に耐えうる肉体が、機能していない。
ムーン・アリスメアーも、意思は動いているようだが、躯体は微動だにしない。
恐らく、いや、確実に。この前僕が使った時間魔法を、彼女なりに再現したのであろう魔術。だというのに、何故動けない。
僕が馬鹿みたいに困惑していると、察したリブラは目を細めて笑う。
「ただの集大成ですよ。あなたの時間魔法を見たのです。その法則を解析し、自己流に改良を加えて……あなたでも停められるように作り直した、ただそれだけです」
(───正直、驚いた。大先輩と呼んでも?)
「いや、あの……思念伝えてくるのやめてください。あと断固拒否します。絶対に」
魔法も殆ど使えん。邪視とかの目を媒介にした魔法は、なんとかなりそうだけど……魔力消費がヤバそう。リスク高すぎるヤツだな、これ。
いやホント、まさかここまでとは。
思念伝達はできるのが救いか。どちらにせよ、今の僕にできることはない。できることはあるかもだけど、今は、大先輩のやりたいことを見てやろうと思う。
時が停まった灰色の世界。正真正銘彼女だけの舞台で、魔力が光る。
「制限時間は48秒───無力な己を呪いながら、終わりを見届けなさいッ!!」
魔法陣が空中に複数投影され、視界を埋め尽くす。僕とムーン・アリスメアーを囲うように、逃がさないように、破滅の輝きが僕たちの目を焼く。
わかる。この光は、間違いなく……魔法少女の浄化と、同規模の輝き。
今の僕たちにとって、天敵にも等しい、浄化の光。
合計、ぴったり100。魔力による時間停止持続が可能な範囲における、他の魔術に割ける魔力全てを使った、集中魔術攻撃の、砲門。
なにもできない今の僕らにとって、それは死に等しく。
魔法陣が許容できる限界の魔力量……その上限を大きく取っ払って、自壊どころか自爆寸前まで魔力を注ぎ込んだ殺意が、魔法陣の中で輝いて……
その砲門が、僕らの方に集中して。
一際激しく、輝く。
「浄化術式、攻性術式、並列起動!!
───輝光術式・稼働!!<アルマゲスト・ディ・コスモルゲイル>!!」
大先輩の号令の元、一斉に浄化の極光が放たれた。
光が殺到すると同時に、時間魔術の効力が切れて、時が動き出す、が……
間に合わない。
「くっ───!」
【ハッドスッ!】
四方八方全ての方向から襲来する浄光に、為す術もなく呑み込まれる。身体を貫かれ、極限まで悪夢を削らんと、僕の覚醒を食い止めんとする光が猛威を振るう。
鬱陶しい。確かに数は力だけども。
これで霧散されてやるほど、僕だって甘くない。浄化ができると思われてるのも癪に感じる。まだまだ。そもそも浄化されるのは想定の内だ。身内に魔法少女がいる上に、定期的に浄化しようとしてくるからね、あいつら。浄化の力が検知された途端、身体を守るように超高密度の結界が内と外を守るようにしてある。そのお陰で、悪夢の浄化はできこっない。精々揺れるとか揺さぶられるとか、そんな程度だ。
「とは、いえ…」
痛いものは痛い。
ダメージは高い。
悲鳴を噛み殺して、悪夢を消さんとする輝きを、全力で否定する。
「ッ、その結界、貫いてやります!!」
だが、僕を守る結界に気付かれ、残りの魔力全てを注ぐ勢いを出され、浄光は継続。不味いな。長時間でも一応は耐えれる設計だけど、どうなるかわかんないぞ。
こっちは耐え忍ぶだけで精一杯なのに。
ハット・アクゥームも頑張って総体を維持してるけど、不味そうだな……
仕方ない。ここまですごいのを見せてくれたんだ。
「その気合いには、応えてあげる価値がある───さぁ、僕も限界を超えさせてもらうよ!」
【アア゛クゥーム!!】
ただ耐え忍ぶだけなど、ツマラナイ。
抵抗をして、乗り越えてこそ───勝利とは、美味なるモノなのだから。
結界の維持?マッドハッターが頑張ってくれるさ。いや頑張れ。勝手に人様の精神に住み着いてんだ。性根尽きるまで働いてもらう。
精神の奥底から苦情が届いたが、今応えてる暇はない。
浄化の対処法。以前の決戦では一本だったから手早めに集束支配できたけど。流石に多方向からの浄化は、僕でも初めてだから。
でも、僕は知っている。
「昔のリデルはやってた。僕ら13魔法全員で囲んで放った浄化の魔法を、無傷で退いてみせた!」
「あれを、再現する!!」
ずーっと昔の話だ。
あいつが悪夢の女王だった頃、“分体”を現世に飛ばして強襲を仕掛けた、あの日。その場に集まった13魔法の皆で挑んで、初手で浄化の魔法を放って……
頼れる先輩を、2人。天使と正義を失った、あの日。
癪だけど。今も、まだ。割り切ったけど、思うところはあるあの日の、再演を。
───悪夢魔法、出力開始。
「“絶望を焚べよ”───悪夢魔法<カモン・トゥー・ザ・ワンダーランド>ッ!!」
ようこそ、不思議の国へ。ここは今日から、悪夢の園。ニンゲンの世界ではなく、悪夢に彩られた、終わりきった空間の飛び地となる。
古書館の中心部、僕らの戦場が、大きく歪み出す。
建造物が黒く染め上がり、【悪夢】の脈動が空間全てを塗り替える。空間ごとだから……周囲に存在する浄光も、その対象となる。
浄化など、この魔法の前では、無意味───それこそ、命を賭けない限りは。
「なっ、ぁ!?」
輝光術式は空間ごと悪夢に置換されて、全て消滅する。全て僕の目論見通りに。やっぱり、限界は超えてみるもんだね。驚きに目を見開き、魔力切れで落下していく姿は、酷く哀れなモノだけど。
すごいもんだよ。ここまでやったんだから。
だから、直接、この手で。この戦いに、終止符を打ってあげる。
【アア゛ア゛ククゥームッ!!】
最早、固定砲台に徹し続ける必要もない。禁書を捨て、世界から一部を切り取ったような深い闇の中を、ムーン・アリスメアーは進軍する。
足のないその身体で、浮上し、侵し、突き進む。
闇色に染まった両手を、落下するまま、なにもできないリブラに伸ばす。
「っ、来ないで!!」
「そいつは無理な相談だ。諦めることだね……それじゃ、つーかまーえたっ!!」
「ッ!」
悪夢でそのまま、包み込んでやろうと。手が届いて……勝利を確信した、その時。
身体が、沈んだ。
「───? なんだ?」
違和感。
突然、ムーン・アリスメアーの躯体が、沈んだような。不可解な振動を感知して。あともう少しで、リブラを握り締められたのに、その動きが止まった。
またしても、身体が動かない。今度はなんだ。
辛うじて動く目で、視線を足元にやれば……
床一面に広がった悪夢が、別のモノに入れ替わって……いや、際限のない異界の入り口に、全て、呑み込まれて、消えていて。
「あ?」
闇が広がっていた空間の代わりに───巨大な鏡面が、煌めいていて。
「ノワ───…」
抵抗もできず。
反抗もできず。
魔法の拘束力に逆らえない僕とハット・アクゥームは、鏡の中に引きずり込まれる。
待ち人のいる、鏡の世界へ。




