318-笑う月には魔が来たる
“斬星儚魚”
“斬魔二世”
魔星親衛隊の総隊長、天魚の孫、辻斬り系魔法少女への弟子入りを経て、銀河最強の剣士となった若き怪物。
ヴォービス・トレーミー。
皇帝への忠誠心などはない。ただ、合法的に敵を斬れる立場が欲しかっただけの戦闘狂。薫陶を受けた魔法少女の影響も相まって、その実力は跳ね上がり。悍ましき妖刀、淵魔影打を手にしたことで余計手が付けられない怪物へと進化した。
祖父は将星最強。
出奔した亡き父は腕の立つ魔法剣士だった。娘の性分を忌み嫌い、生みの親の在り方も嫌い、最終的に見逃せない裏切りを働いたことで、その娘に王手をかけられたが。
娘を置いて盲信していた夫についていった母も、まぁ、ヴォービスからすればどうでもいい存在だ。自分の強さを肯定し、受け入れ、何処までやっても反発する期待外れな息子よりも、愛でて育てて強くする価値のある孫娘として見てくれた祖父の方が、まだ意味のある保護者だった。
未だ、祖父の強さを超えることはできていないが……
いつか乗り越えられるだけの下地を、ヴォービスはもう手にしている。
「いざ、いざ!いざ!!」
───斬魔一刀流・影食深
───雷遊魔法<剣雷群魚・刃>
空間を歪に歪曲させる切り上げの剣技を放つと同時に、対峙するムーンラピスに向けて固有魔法を発動。祖父譲りである雷を受け継いだ、実態のある魚影を生み出す魔法。影から溢れ出た魚影たちは、ひとかたまりになって空中に固まった魚影は、コマンド通りに形を再形成。
両手剣の形をした影となって、術者の傍に浮かぶ。
切っ先の方向は、勿論ラピスの方。斬撃を対処し終えたラピスは、面白そうにそれを見上げる。
「へぇ。練度もいいね……剣術一筋で生きてきたわけじゃない感じだ?」
「そうでもないでござる。師事するまではただ我武者羅に剣を振るうだけの獣でござった。それでも、星を斬るには十分でござったが……より洗練された、と豪語しまする。魔法も主体ではござらんが……無いよりマシかなぁ、と。流石に、師みたいに極力使わない選択は取れませぬが」
「それでいいと思うよ。そこまで真似する必要はない……勿体ないし」
固有魔法を使いたがらない思想強めな魔法少女の話は、今は置いておいて。
飛翔する影の両手剣は、ヴォービスの思念を受け取って自律行動する。追撃で放った斬撃に便乗するかのように、両手剣はラピスの方へ突貫。
音はない。気配もない。ラピスでも、他の魔法少女でも感知はできない。
何故なら、影だから。
影に音はなく、気配はなく、匂いもない……あるのは、視覚情報だけ。視界から一度でも消えれば、追うのは困難である。
両手剣は馬鹿正直に突き進まない。猛然と進む途中で、ゆらりと影が揺らめき……
忽然と、姿を消す。
「っ、また…」
視線を彷徨わせるラピスだが、やはり見つけられない。培った経験で位置を特定しようにも、あらゆるパターンと合致しない。どこにも、いない。
斬撃を躱し、打ち払い、凌ぐラピスは気付かない。
───自分自身の影が、魔力も何も発さず、波紋を描いたことに。
足元の影から、ぬるりと両手剣が現れ───真上の胴を貫通した。
「がァっ!?下っ、あ゛ァ?!」
両手剣に縫い止められたラピスは、身動きを取れない。悪夢を貫こうと、魚影の塊である両手剣は溶けない。群体であるという特性と、影の中では常に増殖するという特性を活かして、常に両手剣の形を更新し続けているから。
ウザったそうに足元を睨みつけたラピスは、好機を得たヴォービスの接近に気付いて舌打ちする。
だが、その表情はすぐにいつもの能面へ。
今の状態は移動不可。ただ、動けないだけ。本来ならば行動不可で手足の動きも操作できなくなる技だが、中身が悪夢なのも災いして、移動だけができない状態。ついでに手も動かせないが、魔法は使える。転移はできないが。
ラピス的には、幸いであるが。
動きが取れないだけなら、まだ問題はない。だからこそ冷静に、反撃する。
「翻弄しやがって……生意気だぞ」
───処刑魔法<首のないアリア>
かつて、ヴォービスの師を殺した首切り役人。元女王の魔法をもって、木の首枷を嵌める。首を捕らえた対象を、強制的に斬首する断頭台。自傷覚悟で急いで外さなければ死は免れない、お手頃な処刑方法。防御障壁も貫通する、どんな守りでも意味を持たない確殺の刃。
突然首周りを締め付けたさらし台の板に、ヴォービスは眉を顰めるだけ。
「ふむふむ……成程!では!」
首周りに吸い付く刃の感触に、どんな魔法なのか瞬時に理解するが……特に抵抗する気配がない。それどころか、笑って刃を受け入れる始末。
その異様さに、ラピスは疑問を抱くが……
驚きに目を見開くよりも速く、ヴォービスは自分の刃で己の首を斬った。
首枷は独りでに落ち、笑みを浮かべた頭部が宙を舞う。
「…はァ?」
突然の自死には困惑が勝つ。なにをしてるんだと思考に疑問を挟んだのが、いけなかった。
勝負は終わっていない。
自らの妖刀で先に首を切り落としたヴォービスの手は、脳からの思考伝達を必要とせず、勝手に動き……宙を舞うポニーテールを素早く掴んで、引っ張る。
首の断面に、頭を乗せて───接合。
ジュワッ…と皮と肉が音を立てて、神経が繋がり、魔力回路が熱を帯びて、再結合。元通りになった首に、斬首の痕はない。
「ヨシっ!」
「なにが???」
「くふふっ、ただの手品でござれば……実を言いますと、我が妖刀。絶対に持ち主を死なせない……そんな不死性を知らない間に与えてくる妖刀でして」
「万能すぎんだろうがッッ」
「代償として呪われます。具体的に言うと、人生の最期は確定自刃。それ以外では死にませぬ」
「クソがよ!」
実質的に殺害不可能。ワンチャンを狙えば、実質自刃の殺し方ができるかもしれないが……そこまでする余裕は、今のラピスにはない。
未だ身体は影に固定されたまま。
ヴォービスとの距離はすでに縮まっていて、凶刃が首に狙いを定める。
「首を落としたって、僕には勝てないよ───んんん?」
徐々に眼前まで迫る刃に、ラピスは目を奪われて。
その刀身の異様な輝きを注視して───それが、かつて起きた惨事、配信魔法のアーカイブで見た、とある光景と合致する。
“斬魔”のモロハが、クイーンズメアリーに殺される。
その寸前に繰り出していた───結果的に、メアリーに全治三ヶ月の大ダメージを与えるだけに終わった、決死の斬撃と。
メアリーという【悪夢】に、無視できない大ダメージを与えた、それを。
「ッ、まさか」
「命を奪えずとも、暫く動けない状態にしてしまえば……セッシャの武勲になるのは確実であろう?」
「なるほど、ねっ!」
不死身を殺すのは難しい。なら、動けないようにすれば戦況は格段に優位になる。目的の魔法少女と戦えないことに皇帝は怒りそうだが、それも後回し。勝った後に、幾らでも遊びに誘えばいい話だと。
そう決断したヴォービスは、無駄な動きを一切排除し。
防御障壁を作ろうとするラピスの速さを、凌駕して……刀を、振り抜く。
「斬魔一刀流、奥義───<夢仕舞>ッ!!」
悪夢を断ち切る、紫紺の刃。その軌跡が、ラピスの首に宛てがわれ。
喰われる。
「む…?」
ヴォービスは瞠目する。
悪夢殺しの刃は、確かに、ラピスの首に届いた。ただ、当たる直前に。
ラピスの身体が、影に沈み───ハット・アクゥームが受け止めただけ。
……いつの間にか、群魚の両手剣も消失していた。
【ハットス!】
「───ダメだよ?斬るのに夢中になって、頭のこいつ、忘れちゃあ、ね」
「むぅ…」
ラピスは何もしていない。
両手剣に突き刺され、脊髄がある位置まで貫かれたその瞬間から、ハット・アクゥームはラピスの体内に侵入……半オート状態の悪夢が群魚を散らしているのを見兼ねて、魔力補給も兼ねてガツガツと喰らい尽くし。
体外に露出しているガワだけを残して、雷遊を解除。
そのまま、丁度いいタイミングで影魔法を発動し、主の身体を影に沈めて……最後は、悪夢殺しの輝きを纏った、刀身ごとパックリと。
ムシャムシャと刃を噛み砕いた姿に、悪夢殺しの輝きが通用しているようには思えない。
……痩せ我慢なのは内緒だ。
「妙手だったのに……まぁ、もっかい試せばいいだけではござらんか?」
「いいよ、やらせてあげる」
「おろ?」
気前良さそうに許可を出すラピス。既に損傷を回復した様子の彼女は、何処となく気分が良さそうに見えた。その様子に首を傾げるヴォービスに、ラピスは笑みを向ける。
その笑みは、感謝の笑み。
影から足を出し、地面に立って。傷一つない腹を、軽く一撫でして。
「君のお陰で、カメレオンがくれた面倒な回復阻害とか、ぜーんぶ解けてさぁ……言っちゃうと、傷つき過ぎて全部問題なくなった。つまり、完全回復。ありがと♪」
「へー、よくはわからぬが……どういたしまして?」
「味方の奮闘を無駄にしたって意味だよ。味方意識ゼロかオマエ」
“悪夢殺しの短剣”。徐々に回復阻害などは薄れていた、ちょっとだけ面倒だった将星レイの嫌がらせ。その効果は継続していたが……戦闘の余波で、呪いは消滅。
内からも外からも、強引に滅茶苦茶にしたことで、全て消え失せた。
ここまで邪魔していた倦怠感も、その他の症状も、もう意味を成さない。
【ハットス…】
「ご苦労さま」
刀身の咀嚼を終えたハット・アクゥームは、力なく脱力する。予想通りダメージは大きかったが、まぁ、ラピスの体内に大量にありすぎる悪夢と比べて、その斬撃の輝きは少し弱すぎたようだ。
取り込んだ刀身はラピスに移り、解析も完了。
妖刀の情報と、<夢仕舞>の効果を改めて調べたのは、ただの趣味だ。
「成程、ではここからは……万全のあなたとやり合えると解釈してよろしいか!?」
「テンション高いねぇ。うん。そうだよ」
歓喜に目を見開くヴォービスに、やさしく微笑んで……示し合わせることなく、2人は突貫。
刃が煌めき、魔力が乱れ、斬撃が交差する。
空間そのものを焼き焦がすような、魔力を帯びた斬撃が飛び交う。僅かに残っていた建造物は瞬時に瓦礫と化し、赤熱し、次の瞬間には溶け落ちる。
崩壊していく薬草園を、更に切り開いて。
相手の速度を凌駕せんと、加速に加速。刃同士で防ぎ、吹き飛ばされ、避け、追い立てる。そのたびに床が砕け、柱が倒れ、2人は薬草園を跨いで移動していく。
斬撃が踊る。魚影が舞い、月が全てを切り刻む。
残像は既に見えない。言葉を交わす暇もなく、知覚するよりも早く斬撃を放ち合う。
「シィ───ッ!!」
「舐めん、なッ!!」
最早、その剣戟は人の身で出せる代物ではなく……
無数の刃を纏った大竜巻、災害そのもの。瓦礫となった薬草園周辺は、巨大ミキサーにかけられたかのように刃の餌食となっていく。
剣士たちに死はない。
ただ、逃げ遅れた親衛隊の一部や、非戦闘員が刻まれ、散っていくだけ。
次々と命の気配が消えていこうと、2人は気にせず。
「いざッ───<夢仕舞>ッ!!」
「行くよ───<両翅切>ッ!!」
ヴォービスの夢断つ斬撃と、ラピスの結果だけを世界に押し付ける十字斬が、幾度もの斬撃戦の末、再びお互いの命を狙って。
瓦礫が吹き荒び、血が弾け、空間が細切れとなって。
首が刎ね飛び、手足が宙を舞い───それでも、2人が止まることはなく。
即座に体勢を整え直して、殺意の斬撃を絶え間なく。
「おわっ!?」
「あーりゃ…」
魔城の最下層まで、落ちていき。
岩盤をも貫いて……
主星、帝都オルペントの地下を食い破り、恒星異空間に放り投げられた。
自由落下、重力が消えた主星の下。驚きに目を見開いた2人は、それでも。
止まらずに。
「アハッ!いいねぇ。このまま両断しちゃおっかぁ───切断魔法、<アマツダチ>ッ!!」
「させぬでござる!斬魔、<天津風>ッ!!」
星の下を舞台に、斬って、切って、切り刻んで、互いにこれでもかと切り結んで。
全てを、斬り崩して───重力を無視した加速移動で、ラピスとヴォービスは、薬草園の跡地を目指して、地中に切り開いた縦穴の空洞を駆け上っていき。
元の場所に戻ってからも、終わることなく切り結び。
力尽きるような限界も、魔力が絶えることも、肉体が、精神が限界を迎えることもなく。
全てが瓦礫となり。
塵となり。
死が香る更地の上で───災害級の剣士たちが、一度、その手を止める。
呼吸も忘れていた2人は、荒く息を吐いて、整える。
「ごほっ、げほっ……ハハッ、楽しいでござるなぁ。もうワクワクが止まらんでござる……こんな夢心地な戦など、いつぶりであろうか…」
「ふぅ───…それはよかった。安心したよ」
「くふっ、くふふ……あぁ、楽しい。楽しいでござる!!もっと!もっと!セッシャと斬り合いましょうぞ!ムーンラピス殿ッ!!」
「そうだねぇ」
まるで、過去最高峰と謳われる、一つの劇を見終わった後のような。歓喜に震え、感動で心を潤し、狂気にも似た笑みを浮かべるヴォービスの、心からの叫び。
求めるのは対話。刃と刃がぶつかり合う、鋭い対話。
殺意に満ちたその笑みに、ラピスもまた苦笑するように笑みを零して……
何故か、仕込み杖に刀を戻した。
「む?」
「期待してるところ、申し訳ないんだけど……僕の時間は有限なんだよ。続きを繰り広げたい気持ちも、想いも……全部、理解できるけど、さ」
「なに、を…」
疑問符を浮かべるヴォービスに、ラピスは、心の底から申し訳なさそうに微笑んで。
マジカルステッキを、くるりと回す。
「───もう、終わったから」
再度、刃を抜くことはせず───笑顔で、ヴォービスに勝利宣言。
「なん……ぉ、お?」
突然、ヴォービスの胸から、パッ!と、花が咲いた。
鮮血の色をした、百合の花が開花して───ガクンッとヴォービスは膝を折る。心臓に根を張って、肉を裂いて、胸から生えた、心臓破りの花。
ヴォービスは膝を着く。妖刀が、手から滑り落ちる。
震える眼球が、脳に動けと訴えかけるが……最早、何もできない。
「さっき、処刑魔法使ったでしょ?その時、もう一個……魔法を君の心臓に押し付けてたんだ───漸く、咲いた。遅咲きにも程があるよねぇ…」
「い、いつの…間に……」
「名を、“朽百合魔法”。心臓に花を咲かせ、肉体と精神を栄養にする魔法さ。最初は、ちょっとやり過ぎたかなとか思ってたけど……妖刀のお陰で不死身なら、別にね?」
「ッ…」
ゆくゆくは腐蝕植物の怪物へと変貌する、術者以外では決して溶けない死の魔法。かつて、同士討ちでその怪人を倒した魔法少女を思い浮かべながら、ラピスは行使した。
ヴォービスの心臓に生えた百合の花は、徐々に、胸から蔦を生やしていく。
不死故に、植物の塊になることはないが……
心臓にその花がある限り、ヴォービスは養分として一生生きていくことになる。勿論のこと、満足に動くことなどできやしない。
「くっ……かぁ〜、気付かぬ内に勝負は決まってるとか、アサシンか何かでござるか〜?これ、動けそうにないんでござるが……え、負け?」
「負けだねぇ。ちなみに、魔力使うと、咲くよ」
「わぁ」
胸に鮮やかに咲いた百合の横に、もう一輪、咲いた。
「悪かったね。剣術で勝負を決めてあげなくて……でも、これ、戦争だからさ。ごめんね!」
「んぇ〜…」
そんなことより〜だの、セッシャともっと〜だの、己の願望を半泣きで伝えるヴォービスに、ラピスはゆっくりな歩幅で近付いて……彼女の頭部に、手を乗せる。
やさしく、決して痛みつけることはせず。
不思議そうに見上げてくるヴォービスには目もくれず、ただ、笑う。
「でも、まぁ。僕もそこまで酷い女じゃないから、ね……君に選択肢をあげよう。ヴォービス・トレーミー……僕の先輩の、後継者よ」
「む、ぅ?」
それは、契約。
「このままここで、朽百合の養分になり続けるか……」
断じて、嘘は許さないと。思考を読み取りながら、月はほくそ笑む。
「そっちを裏切って、僕の手駒になるか……好きな方を、選ばせてあげる」
裏切りのお誘い。
ただの思い付きではある。ただ、魔法少女の名残りを、受け継がれたモノを途絶えさせるのは……ラピスとしては容認できず。
ここで殺すよりも。
ここで封じるよりも。
ここで、二度と刀を振るえないようにするよりも───使い勝手のいい手駒とすることで、暗黒王域軍打破後も、自分以外の手で、その剣術を。忘却の彼方へと追いやられないよう、広める為に。
利用できるものは利用する。
皇帝への忠誠心が欠片もないのと、強者との試合が望みであるのならば。
ラピスがその提案を、選択をくれてやるのは、ある種の道理で。
「さぁ、どうする?」
見下ろす勝者からの言葉に、ヴォービスは───…
次回、天秤vs残夢
ちなみに、二世ちゃんは““超””思いっきりがいい上に……○○○○ファンでもあります。
どうなるんでしょうね。




