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夜澄みの蒼月、闇堕ち少女の夢革命  作者: 民折功利
月下星王大戦

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332/378

306-時代を生きる古英雄


───魔星古城。

 先代皇帝エクルザバヌ・オピュークスが宇宙を統治していた時代、暗黒宇宙の中心として君臨していた世界の中心であった魔城。新王戴冠と遷都、父子の殺し合いによって崩壊したかつての栄光は、今、極黒恒星の要塞の枠組みで辛うじてその存在を残していた。

 尚、使われたことは今まで一度もない。

 マトモに整備されず、自然に呑まれかけつつある古城を誰が使いたがると言うのか。要塞としては落第点以下の、過去の栄光を足蹴にするだけの場所。

 そんな無常の地を、かの将星、鯨の王は戦場に選んだ。

 別に、義理人情で選択したわけではない。ただ、純粋に思っただけだ。


───いらないのであれば、最悪、余が壊してしまっても構わんのだろう?と。


 その傲慢な問いは、皇帝の快諾をもって了承された。


「さァ、踊れェい!ここが主らの処刑場じゃ!!」


 暗黒王域の属国、クジラ森の王国、国王。“鯨貪呑禍”のセチェス・バテン=カイトス。砂漠と樹海、相反する生命の輪を司る魔法の持ち主。

 玉座に座す老王と対峙するのは、夢星の若き戦士たち。

 “歪夢”のチェルシーと、“赤銅”のリュカリオン。

 あまり関わりのない、薄い関係値だが……この鯨の王の相手を任された、ムーンラピスとレオードが推薦した若き天才たちだ。


「避けて」

「言われずとも!」


 勢いよく床を這う流砂、突然乱立する魔力吸いの樹木。それら全てを、チェルシーとリュカリオンは冷静に、息の乱れなく軽々と避けていく。

 だか、逃げているだけでは意味が無い。

 その優れた目で見て魔法を分析していたチェルシーが、会敵時と同じように夢幻魔法を行使。


───夢幻魔法<ガット・ヴィジオーネ>


「……うん、やっぱり。消せるのなら、問題ない…」


 ユメ色の魔力が流砂の進みを遮り、接触すると同時に、流砂の魔法は緩やかな速度で消滅していく。だが、決して遅いわけではなく、鯨の砂が流れ込むスピードを圧倒する勢いで夢幻が全てを無きものへ。

 無限に生える樹木も、歪みの夢幻には敵わない。

 圧倒的な物量は、一瞬にしてチェルシーの魔法によって消え去った。


「うぅむ……生半可な魔法では対処されるか。そちの力、厄介な魔法じゃもん」

「お褒めの言葉、ありがとう」

「馴れ馴れしく会話してんじゃねェ!さっさと先輩たちの仇討つぞ!!」

「死んでない…」


 顎髭を撫でるセチェスに、リュカリオンが迷いなく拳を叩き付けに駆ける。紅蓮を纏った拳が秘める、目に見えてわかる熱量にセチェスは目を細め、砂防壁を構築。

 砂を固めた壁と、砂が流れる壁の多重構造。

 ザラザラとした壁に向けて、リュカリオンは躊躇いなく灼拳を打ち込む。


「ゥ、ラァ!!」


───紅蓮魔法<クリムゾン・ラヴァーハンマー>


 溶岩を纏った拳は砂の防壁を粉砕。壁一枚向こうにある次の防壁も、二発、三発と灼熱によって焼き砕かれ、拳に押し負け……

 四発目、全ての防壁が打ち砕かれる。

 砂壁を軽々と突破してきたリュカリオンと目が合って、セチェスは豪快に笑う。例え、その拳が自分の眼前にまで迫っていたとしても。


「バ〜ッフォッフォッフォッ!!よいのぉ、お主!度胸も力もあってよし!将来有望じゃもん!レオードめの本気がよくわかる!」

「くっちゃべってんじゃねェ、よッ!!」

「バフォフォ!コミュニケーションは大事じゃぞ?よーく覚えておけ、若造!!」

「んなっ!?」


 感情を込めたリュカリオンの灼拳は、セチェスの右手で簡単に抑え込まれた。彼の強靭な筋肉と、その上に被さる分厚い皮膚は、赤銅の熱など意に介さない。

 多少焼け焦げても、その程度。

 歴戦の戦士たるセチェスを怯ませるには、もっと火力が必要だ。


 ヒットアンドアウェイ、笑うセチェスから距離を取ったリュカリオンは、燃え盛る拳を一旦解いて、相手の力量と己の力の差を改めて悟る。

 噂に違わぬ耐久力。面制圧だけでなく、そのパワーには学ぶ物がある。


「やっぱ将星ってとこか…」


 拳と拳を打ち付けたリュカリオンは、ワクワクといった気持ちを抑え切れず、好戦的な笑みを浮かべて喉を鳴らしてしまう。その隣にいるチェルシーは、大して楽しんでもいない顔だ。

 面倒な魔法攻撃をある程度消せるチェルシーと、物理で相手を突破できると期待されたリュカリオン。代表たちに抜擢された2人。その人選に間違いはない。他のメンツでそれができるのは、彼らを置いていないのだから。

 だからこそ、気持ちは進まないとしても、2人は鯨王に牙を剥く。


「早く終わらそ」

「あぁ。ここで時間かけてねェで、さっさとレオードさんたちの助太刀に行かなきゃなんねェからな」

「なんじゃ、もう勝った気かの?」

「「まさか」」


 声を揃えて否定して、2人は対象的な笑みを浮かべる。リュカリオンは煮え立つ程やる気に満ちた、チェルシーは億劫ながらも戦意を灯した目を浮かべ、笑って応える。

 戦いはまだまだこれから。

 始まったばかりなのだ。使命の為、ボスの為、勝つ為に貢献する。この厄介な老人が、他の戦場にまで攻撃を拡散できないように。

 ここで倒す。


「安心しろよ。俺ら二人で」

「徹底的に負かしてあげる」


 そう吼えた狼と猫が、玉座でふんぞり返る鯨へ、得意の魔法を繰り出す。


「派手に焼けろッ!!」

「痛いの痛いの、そっち行け」


───紅蓮魔法<ラーヴァウルヘッド>


───夢幻魔法<ファントム・ペイン>


 狼頭を象った溶岩の塊が、過去味わった痛みを再現する幻肢痛の光が、それぞれセチェスに向かって放たれる。

 噛み付かれれば捕食痕と大火傷を負う狼頭は、計三つ。

 リュカリオンが持つ魔法の中でも一際殺意が高く、敵が耐えられる相手だと理解していなければ放たない威力の、決戦用の魔法だ。


「ふむ。中々じゃな……どれ」


───樹海魔法<ヴァルト・パレス>

───砂漠魔法<ヴュステ・ガルプ>


 セチェスは、一目で危険だとわかるケルベロスに意識を割いて樹海を顕現。魔力を吸う樹海で、頭を形成する魔法そのものの威力と形状の維持機能を減衰させ、セチェスに辿り着く時には弱まるよう防御。

 そして、何の脅威も感じない淡い光にも警戒を示して、流砂をもって光を囲む。そのまま取り込み、圧壊しようと試みるが……


 光源は流砂をすり抜け、真っ直ぐセチェスを狙って……灼熱の狼頭もまた、樹木による妨害をものともせずに耳を劈く咆哮を轟かせる。

 妨害の効果はなかったようだ。


「おぉ!やるのぉ!」


───海裂き<ネプチュード>


 感嘆とした声を上げて、セチェスは得物である三叉戟をその手に取る。漸く玉座から立ち上がった王は、海の力が込められた武具を、大振りに横回転。

 金色に輝く三叉戟は、青い軌跡をなぞって斬撃を生む。

 海を彷彿とさせる斬撃は、大顎を広げて食らいつかんと飛びかかる狼頭を一息で両断。撒き散らされた溶岩なんぞ気にしないと、一太刀で全てを破壊。

 しかし。

 チェルシーの光球は、接触不可能な夢幻の光。魔法をも打ち消すその力が、斬撃で防げるわけもなく。

 斬撃をすり抜け、セチェスの眼前へ。

 辿り着いた夢幻の光は、爆光を放って───セチェスの脳に伝播する。


「ぬおっ!? いっ゛!?」


 瞬間、セチェスは身体のあたこちが痛み出す。幻肢痛を引き起こす光は、セチェスが今まで味わってきたあらゆる痛みを再発させる。

 戦いで受けた傷から、日常のモノまで。

 そして……御歳875歳。腰痛や肩凝りなどの、老いて尚酷使してきた身体の痛みが、薬剤を飲んで誤魔化していた痛みが、顔を覗かせる。


 更に───遅れて放たれた四頭目の狼頭が、砂と樹木の両方からマークされていない死角から、老体の痛みに悶え苦しむセチェスを狙い。

 寸前で気付いて差し出された、魔力障壁を纏った左腕に噛み付いた。


「あががっ、ろ、老体を労らんか童共ォ!」

「おじいちゃんが戦場に立つのが悪い。つまり自業自得」

「それはそう!!何の否定もできんわい!!バフォ、ぁ、すんごい痛いッッ!?」

「哀れだな…」

「ね…」


 悲鳴を上げて、玉座の肘掛に手をついて腰を叩く様に、2人はなんとも言えない表情を見せる。なにせ、いつかは自分もあーなるのだ。そう思うと茶化すこともできない。

 それはそれとして攻撃はするが。

 老人虐待?否、正当な攻撃である。砂漠と樹海を同時に生み出せる怪物に、そんなちゃちなことを言ってられる程2人にも余裕はない。


「やりよるのぉ…」

「……どの口が言ってんだよ」

「この口じゃな!」


 なにせ、リュカリオンの溶岩狼頭に噛み付かれた腕は、障壁は砕かれ、多少の噛み傷はできたものの……戦闘行為に支障は無さそうで、大したダメージを負っていない。

 歴戦の猛者の名は伊達ではなく、その硬さには今までの戦いの全てが詰まっている。

 戦士として、国王として。誰よりも前に出て、民を守る鉄壁の防壁であり続けた。

 今ここに、守るべき民はいないが。

 倒れもしない鉄壁の王こそ、セチェスの在り方。老いて衰えてもな尚、背中で全てを語る不倒の王。

 それが、2人の前に立つ老王だ。


「たたた……漸くマシになったわい。まったく、老体にはかなりキツかったぞ?」

「だとよ。チッ、俺の攻撃はまだまだか…」

「……溶岩に耐えてるあの人が変なだけ。気にする必要はないと思う」


 幻肢痛と溶岩の痛み、どちらが痛いかなど明白だが……どうやら、セチェスにとっては老体を苦しめる痛みの方がキツかったらしい。

 腰を叩き、肩を回したセチェスは、首をゴキリと鳴らし姿勢を元に戻す。


「ふぅ。で?次はどうするんじゃ」


 挑発的に笑うセチェスの余裕を、剥ぐことができない。その事実に悶々としながら、2人はまず、彼の余裕を剥ぐことに決めた。

 ムカつくから。それでいて感情的にならずに、冷静に、勝つ為に思考を巡らせる。

 高いだけの火力は弱々しい。

 夢幻による夢落ちも、これだけの強者には効果が薄いと直感で理解してしまった。


 故に、取るべき選択肢は。

 どちらにせよ───頭を使ったステゴロでしか、怪物は倒せない。


「ついてこれるか?」

「問題ない。大丈夫、私のことは気にしないで。こっちが合わせるから」

「そうかよ。でも、無理すんなよ!」

「ん!」


 夢幻の消滅よりも速くチェルシーに届き、その柔い頬を傷付けた砂塵を血ごと拭い、ケホケホと乾いた咳を肺から外へ吐き出す。

 だが、一連の攻防を通して、チェルシーが負った手傷はその程度。


 まだまだ、余裕で戦える。


 そうお互いを鼓舞して、頷き合い、セチェスを殴らんと同時に駆け出した。

 足の速さは、リュカリオンの方が遥かに速い。

 攻撃速度、魔法の発動速度も言うには及ばず。しかし、チェルシーも全てが劣っているわけではない。相棒となる男の動きを一から十まで見て、十一から百までの、次への動きを予測する。その未来演算は完璧で、リュカリオンが海神の三叉戟を蹴り上げ、練り上げた魔力を形にするのと同時に、チェルシーの魔法構築も完璧に間に合った。

 宣言通り、チェルシーから合わせて。


「紅蓮魔法ッ!」

「夢想魔法…」

「ぬぉっ!?」


───紅蓮魔法<クリムゾン・ラヴァーハンマー>


───夢幻魔法<アンチドリーム・マスター>


 得物を失ったセチェスに、練りに練り上げた最高火力の溶岩拳と、夢も希望も否定する悪夢の光が、砂漠と樹海を展開するよりも早く突き刺さる。

 煮え滾った拳は、正確にセチェスの皮下脂肪に沈む。

 今まで以上の熱量に、セチェスは漸く、リュカリオンの攻撃に苦悶の表情を見せる。貫通はできない。硬い皮膚に抑え込まれ、内臓までは届かない。しかし、腹部を起点に皮膚全体へ熱を通す。

 更に。


「がっ、ぐっ……カハッ、こやつはァ!?」


 溶岩に焼き尽くされる痛みよりも───【悪夢】の光に蝕まれる痛みの方が強かった。

 物理的であり、精神的な激痛。

 若輩者でも意識を保てず、卒倒するような悪夢の輝きが体内に入り込む。対悪夢の精神防御は、未だ腹部に刺さる灼拳が齎すダメージにより、他の障壁諸共連鎖崩壊した。その結果、歪夢こ揺り籠のような悪夢が、珍しくも痛みを伴って牙を剥く。


「老体じゃ、キツいでしょ」

「さっさと吹っ飛べ、バテン=カイトス!!」

「なんの、これしきィ……余は、千年王国の王!ナメるでないわァァァ!!」

「ッ!?」


───砂漠+樹海


 魔法合成、二重詠唱───<グラドネイト・グローウ・ヴュートンヴァール>


 だが、今戦っている相手は歴戦の古英雄。劣勢な戦いはこれでもかと経験してきた。灼熱の溶岩地帯で、その身を溶岩に沈めかけられたことも。クジラ森に現れた、悪夢のエネルギー体を、瀕死の重傷にならながらも討ち滅ぼしたことも。この戦いと似た戦いは、既に経験済みだ。

 故にどうすべきかなど、思考せずとも実行できる。

 怒声を轟かせたセチェスは、燃える腹部の上に、緑色と土色が乱回転する魔法陣を構築。二属性の魔法を、一つの魔法に組み合わせ、純化させ、作り上げ。

 翡翠色の輝きと砂色の輝きを発する、半透明のクジラが現出した。


「がっ!?」

「ッ!」


 拳を打ち付けたままであったリュカリオンは、クジラの魔法生物という超巨大質量の出現と頭突きによって、正面から吹き飛ばされた。

 クジラそのものが渦巻く砂塵と鋭利な木の葉で構成されている為か、その拳と胴体はズタズタにされ。

 後方にいたチェルシーを巻き込み、床を転がる。


「うぐっ……ッ、すまねェ!」

「……謝ってくれたんなら、それでいい。今は、クソデカクジラに集中して」

「ッ、あぁ!」 


 痛みに悶えながらも立ち上がったリュカリオンは、すぐ立ち上がってチェルシーに謝り、肩を貸しながらクジラを強く睨みつける。

 眼前には、二つの魔法が合わさった怪物が。

 古城における玉座の間、過去の栄光を物語る巨大空間を軽々と占領する、規格外の怪物クジラ。視界に映る情報は美しさに満ち溢れているが、肌をチクチク刺す威圧感と、濃厚な殺意が視覚情報を凌駕する。

 咆哮を上げ、頭上の噴気孔から噴き出た魔力が、古城の天井を粉砕する。


ボエェェェ───…


 クジラ森の固有種であり、森の主である超巨大クジラ、ヴュートンヴァール。王国の隣人である七色に輝く怪物を魔法で再現した、セチェスの奥の手の一つ。

 クジラの向こう側で、痛そうに腹を摩るセチェス。

 心身を蝕んだ悪夢は、ヴュートンヴァールの出現に伴い消滅してしまった。


「えっ……夢幻が、効かない…!?」


 戦場を占有する怪物に、チェルシーは夢幻魔法の輝きをぶつけたが……存在基盤が大きいのか、その巨体を夢幻に溶かすことはできぶず。

 堂々と君臨する、大自然の化身。

 警戒心と面倒臭さから汗を流す若人たちに、セチェスは大きく深呼吸する。


「ふぅ〜〜〜、はァ〜……まったく、のうやるのぉ。全然生きた心地がせんかったぞ」

「その割にはピンピンしてんじゃねェか」

「ふんッ!ナメるでないわい。お主ら、まさかじゃが……余がこの程度でへばると、本気で思っておったのか?そう言うのであれば、愚考にも程があるぞ」

「そうかよ、なら、謝罪するぜ」

「……うん。やっぱり、本気を出さないで勝てる程、柔い敵じゃなかった……ごめんなさい」

「酷いヤツらじゃもん…」


 頭を搔くリュカリオンと、素直に謝罪したチェルシーに苦虫を噛み潰したような顔をするセチェス。決してナメてかかったわけではないが、想定外予想外ではあった。

 本当は、出し惜しみをして、余裕を持って勝ちたかった2人だったが……

 もう、そうは言ってられない。

 戦いの後、苦戦する同胞をカバーする為に、極黒恒星を駆けずり回る予定だったが……

 どうやらそれも無理そうだ。

 そう悟った2人は、全身から魔力を放出。何も語らず、必要以上に宣言することもなく。無言で、若き戦士たちは構える。


「ふむ。気合いは入り直したようじゃな……ならば、余も本気を入れ直そう。せっかくの戦いなんじゃ。他の者共が終わろうと、余は終わらせんぞ?」

「安心しろよ。本気の俺ら相手じゃ、長く持たねぇから」

「……痛くも苦しくもない、幸せな悪夢の底で。ずーっとずっと、ねんねさせてあげる」

「断固拒否じゃもん!」

「それは同意だな」

「むぅ…」


 美しくも恐ろしい化け鯨を従えた、鯨の王。

 まだまだ若いと豪語する怪物との戦いは、次の段階へと移行した。


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