305-逃げ場のない山狩り
───星霜山脈チェインフォレスター。
自然保護区として恒星異空間に惑星移動させられた山脈伴星で、黒々としたモノが多い極黒恒星の中で、唯一緑が豊かな大地。
そんな美しき自然の地で、今。
将星サジタリウスとカリプス、ダビー、ナシラ、ビルが戦闘を開始していた。
暗黒銀河随一の狙撃手との接近戦。ただし、ここは彼のテリトリーでもある。自然豊かな伴星は、狩人にとってはこれ以上にない絶好の狩り場。
弓と人馬一つで、将星は夢星を迎え撃つ。
「おいで」
───天域闘舞<カウス・グレイトスター>
挨拶代わりの一矢が、夢星同盟へと放たれる。直線上の大地を抉り、木々を吹き飛ばし、空気を貫く狩人の天弓。殺意は薄いが威力は桁違いな射撃を、カリプスたちよりも前に出たビルが、堂々迎え撃つ。
武器化した万年筆をくるくると回してから、勢いをつけ振り払う。
「おらよッ!!」
「へぇ!」
差し出された鉾が矢と激突。ビルは怪人化によって得た膂力に無理を言って、数瞬の拮抗の末……魔矢を別方向へ跳ね除けることな成功する。
見当違いな方向に飛んだ弓矢が、山を穿った。
新たに轟音が奏でられ、土砂崩れが起きる中。三銃士に驚嘆したサジタリウスは薄く笑う。
「魔法少女でなくても、か。やるねぇ、チキュウの戦士!もっと見せてくれ!!」
「お生憎様、チームで戦うよう言われてんでな。俺以外も見てやってくれ」
「───そうだ、無視すんじゃねェよ」
「ッ!」
二射目を構えたサジタリウスの背後を、気配を限りなく薄めたカリプスが取る。その背中を叩っ切らんと、白黒の双剣を振りかぶる。
あわよくば、切り傷を。無理でも次の攻撃パターンへの繋ぎにしようとしていた斬撃は、やはり。
余裕を保った気配のまま、サジタリウスが後ろ足で土を蹴った。その瞬間、サジタリウスの身体は前進。急加速で前に出たことで、カリプスの不意打ちを軽々回避。
そのまま速度に身を任せて、大地を蹴り、樹木を蹴り、カリプスの背後へ。
「なっ!?」
「遅いよ、君」
「ッ、がっ───!?」
躊躇なく放たれた二射目は、防御体勢を取るよりも早くカリプスの脳天を正確に射抜く。ガンッ!!と金属にでも当てたのかのような音を掻き鳴らして、頭に強撃を受けたカリプスは仰け反って……
すぐ、姿勢を元に戻す。
額から血を流して、唇まで流れた血をペロリと舐めて。笑う。
「おや」
「悪りぃな。今の俺ァ、ムーンラピスに鍛えられてな……身体強度がバカみてぇに高くなってんだ。魔法少女の浄化攻撃を浴びても、浄化消滅しねぇぐらいにはな」
「すごい強化じゃないか……それ、結構ヤバめな人体実験だったりしないのかい?」
「……多分?」
「おやおや…」
呪詛による特殊攻撃力も、双剣によるステータスも割と高かったカリプス。故にムーンラピスは、対サジタリウス用にカリプスを改造した。
嘘である。普通に鍛えた。バチボコにぶん殴って。
その結果、カリプスは頑丈さに極振りした強靭な剛体を手に入れた。元より自分の呪いに負けないよう鍛えられた肉体は、ラピスの扱きによってより硬く、サジタリウスの弓矢でも出血する程度に収めるぐらいには強くなった。
内臓への衝撃も、衝撃箇所から体内全体に受け流す形で和らげる、無意識の技術を獲得した。
故に、今のカリプスは。速くて、硬くて、容易く呪いを拡散させる、ある意味対処不可能な生物兵器となった。
本人の善性が頼りである。
「ダビーたちのことも!」
「忘れる、な」
───鉄工魔法<アイアンワークス>
───螺旋魔法<スパイラル・ロア>
そして、彼の召使いであるダビーとナシラが、左右から挟み込むように魔法を連打。大小様々な鉄塊が空を舞い、サジタリウスと押し潰さんと迫る。更に、回転する咆哮が耳を潰し、空気を巻き込みながら挟撃してきた。
双方向から来た攻撃も、サジタリウスは冷静に対処。
強弓を雑に振るって暴風を起こし、一つを除いて鉄塊を吹き飛ばし。残した鉄塊を掴んで、螺旋魔法へと勢いよく投げつけた。
「ッ!?」
ナシラの魔法は、豪速球となったダビーの鉄塊によって正面から打ち負かされ、霧散。勢いを弱めずに飛んできた弾丸を、ナシラは首を傾けてどうにか回避。
卓越した技巧をもって対処して見せたサジタリウスは、反撃に出る。
「忘れるもんか……君たちは、ちゃんと。僕が警戒するに値する、強者なのだから。でも、ダビーくんの鉄塊は少し単調がすぎる。もう少し工夫するといいよ」
「ご指導ありがとうございます!べーっだ!!」
「おや、嫌われてしまったか」
「……そりゃ、制圧力の高い物量攻撃をコケにされたら、怒るだろ。それに説教までプラスされたら、嫌う以外にはねェと思うぜ」
「ハハハ!」
軽口を叩き合いながらも、サジタリウスはカリプスらへ射撃を再開。一発二発、連続で射抜く度に、防御を頼りに前進するカリプスが受け止める。
ダビーやナシラを庇っての被弾。
いつまでもそう守っていれば、先にくたばるのは彼だというのは自明の理。それでも、カリプスは───己が今回課した儀式を完遂する為に、黒堊が齎す面倒な発動条件を満たす為に、躍り出る。
作戦通りに。その身を犠牲にするカリプスを、この男、ビルがカバーする。
「無双魔法───<ジャスティス・ブレイカー>!!」
正義への疑念、新たなる正義の構築の為、今を破壊する禍夢の正義。彼の体現たる一撃が、サジタリウスの強弓と激突する。
「ぐっ…」
「おいおい、いいのか?このままだと、テメェは世界からオサラバだぜ?」
「言うねぇ…」
ガキンッ!と音を鳴らして、二つの武器は仰け反る。
負けたのは、ビルの万年筆───砕け散った魔法武装を即座に投げ捨てて、ビルはポケットから武器となるそれを引っ張り出す。
それは、石のような鱗を持つ、トカゲのぬいぐるみ。
「《夢放閉心》───起きろ、リーサルドラゴンッ!!」
グオオォォォォォ───ッ!!
瞬間、悪夢色の魔力が爆発的に膨れ上がり……石造りの悪夢兵器、Z・アクゥームのドラゴンが顕現した。
対ブルーコメット用から、更なる強化を施した石竜。
怪物の背にビルは飛び乗り、傍にいたダビーとナシラも一緒に乗せて。リーサルドラゴンを宙へと飛翔させ───魔力熱線を空から放つ。
「おいおい。狩人たる僕に、空から挑むとは!死にたがりなのかな、君は!!」
───天域闘舞<カウス・グレイトスター>
竜のブレスを前にしても、サジタリウスは決して笑みを絶やさず。真正面から、自慢の魔矢を撃ち込んで……その剛力をもって、魔力熱線を内側から掻き消した。
燃え尽きる中、内側から破裂するように。
込められた魔力が引き起こした現象に、羽ばたく竜体の上でビルは冷や汗を掻く。なにも無意味に空に飛んだわけではない。だが、あのまま弓矢が、熱線の中を突き進んでいれば……破裂していたのは、リーサルドラゴンだった。
改めて敵の脅威を測定して、ビルは宙に浮いたまま……次の手を譲る。
「死にたかねェさ。まだ、俺なりの世直しは……俺が思う正義の見つめ直しが、できてねェんでな!!で、テメェはいつまでも上を見上げてていいのかよ!!」
「ッ……ふはっ!確かに、僕としたことが……ドラゴンに夢中になって、黒山羊を疎かにしてしまったよ」
「ふざけるなー!」
「無視ダメ絶対!」
「ごめんよ」
指摘されて漸く気付いたサジタリウスは、心から申し訳なさそうに視線をズラして……
己の遥か後方で、地に手を付けたカリプスを見る。
「らしくねェな」
「これでも高揚してるんだよ。ふふっ、さて、カリプス。準備は終わったのかい?」
「……わざわざお膳立てどうも。もう、十分だ」
───黒堊の魔法<オールド・スィオン・ルボワ>
満ちる魔力は惣闇色。
カリプスの手から、大地へ、森へ、破滅の魔力が世界へ伝播する。彼の代名詞たる呪いの力……その根源となる、死の森が芽吹く。
星を自殺へと導く、破滅の大自然が。
チェインフォレスターの戦場となった一角を、瞬く間に死で染め上げる。
「死んでくれ、大英雄」
主の号令の元、指向性を持つ死の森はサジタリウスへと殺到する。地面を、木々を、逃げ遅れた鳥や虫を、見るもおぞましいコズミックカラーに染め上げて、殺して、命を蝕んで、濁流となって死の森は繁茂する。
一旦宙に逃げたビルたちの目にも、その絶望的な光景が異彩を放つ。
だが。眼前に死が迫るサジタリウスは───微笑んで、逃げも隠れもしない。
「教えてあげるよ」
───真の強者とは。
「絶望が迫ろうと、破滅が近付こうと───一切怯まず、前進する者だ」
蛮勇ではない。確かな実力に裏打ちされた、彼の自論。その在り方を体現せんと、死の繁殖源であるカリプスへ、サジタリウスは迷いなく駆け出す。
狙いは一つ。その身を蝕まれようと、無問題。
強弓を強く引き絞り、地に足をつけたカリプス目掛け、神速で駆け寄り。
「ッ!?」
「悪いね」
全身をドス黒い色に染められながらも、サジタリウスは迷いもせずに。逃亡も抵抗も許さず。その黒染めの命を、今度こそ刈り取らんと。
サジタリウスの魔矢が、死の森を貫く。
───天域闘舞<カウス・サギタリュース>
至近距離で放たれる、絶殺の一矢。カリプスの頭部を、莫大な魔力を一つに束ねた、サジタリウスの弓術における最強の一撃が射貫く。
その瞬間速度は、アルフェルのそれよりも速く。
カリプスの反応速度では避けれない、確実な死が眼前に迫り来て。
「ご主人様ーっ!!」
ダビーの叫びも、今は遠く。
カリプスの視界は、緩やかに時を刻み───走馬灯が、脳裏を駆け巡る。
生まれた時から、今この時まで。
吐き気のするような景色が、サジタリウスの矢が迫る程広がったいき。最後は、声を上げることもできずに。
景色が収束する。
死森が爆散する。
カリプスの頭部は、またしても射抜かれ───今度は、文字通り。
破壊される。
「───ッ!?」
……そんな光景を、サジタリウスは思い描いていた。
強弓より放たれた一矢は、硬くなったというカリプスの頭部を爆散させた。呆気なく、天馬の矢をもってその命を散らした。散らした筈であった。
だが、彼の目に映るのは。
血濡れの断面図ではなく───木片。雷を浴びて裂けた木のようなそれ。黒焦げた断面は、確かに木材のそれで、死の森と同等のモノで。
つまりは、偽物。
「いつの間に───ッ!」
死の森に蝕まれながらも、判断を誤ったことに気付いたサジタリウスが、件の呪詛を見つけんと、辺りを見回し。魔力感知で、漸く。
自分の下半身である、馬の身体。
その背に、脂汗を垂らして焦燥した、瀕死のカリプスが腰掛けていることを。
「ちょっ!?」
「ハハッ、本気で死ぬかと思ったぜ……知らなかったろ。つーか、気付いてなかったろ。俺ァ、自分と同質量の木と自分自身を、入れ替えれるんだよ」
「まるで手品だね……全く、それにしても。僕の感覚も、大分鈍ったようだ、ね!!」
「っと!」
勢いよく振り落とせば、カリプスは笑って飛び降りる。原理は単純、死の森の黒い木を馬体から生やしてしまったサジタリウスの背のそれと、自分自身の場所を入れ替え、変わり身にしただけ。
ムーンラピスとリリーライトとの鍛錬で会得した技だ。
身代わり先の樹木を魔力操作の要領、といっても身体は悲鳴を上げるぐらいには痛みが生じ、喉が乾き、疲弊感でいっぱいになるぐらいの苦行が必須だが……どうにかして樹木を自分の姿に変えて、吹き荒ぶ樹木でサジタリウスの視界が遮られた瞬間を狙って、どうにか入れ替えた。
ビルが視線を奪っていなければ、準備もできなかった。
……死の森に蝕まれている影響で、サジタリウスの鋭い感覚が鈍っていたから幸いだった。ちなみに、背に乗った理由は意表返し以外にない。
どちらにせよ、失敗すれば命に関わるやり方だったが。カリプスは成功させた。
その事実を、図られた側のサジタリウスは、心の底から称賛する。怒ることはない。嘆きはするが、否定する気も湧いてこない。素直に褒める以外にない。
サジタリウスは己の強さに自信を持っている。
自負している。狩人としての感覚を鈍くされて、こうも無様を晒されるとは、思ってもいなかった。だからこそ、心の底から祝福を送る。
敬意を表し、笑う。
「あぁ、やっぱり。期待して損はなかった……これだから戦いは止められない」
普段通りの柔和な笑みでありながら、何処か、好戦的で末恐ろしい笑みを浮かべて。
サジタリウスという怪物は、戦意を高める。
「っ、と……スイッチ入れちまったか…?」
対面するカリプスは、サジタリウスの笑みを見て、その身体から湧き上がる赤黒いオーラを見て……今まで以上に冷や汗をかく。
立ち昇るオーラは、身体にまとわりつく死の森を一瞬で蒸発させる。最初から無かったかのように、呪いが肉体に敗北する。
カリプスは知らない。その時はまだ、この世に生まれていなかったから。
裏切りの将星たち、レオード、タレス、アリエスも。
サジタリウスの本気を───狩人が有する、謎に満ちた力の存在を。
「ここからが本番だ。見せてあげよう。君たちの奮闘に、ささやかながら敬意を表して。
僕の、魔法を」
─── 命 燈 魔 法
そう、詠唱すると共に───世界が揺れる。あまりにも強大な魔力が、今まで、サジタリウスという壊れない器の中を渦巻いていた、封印されていた。
自分自身を壊す魔力が、体外へと放出される。
それは命を燃やす自壊の魔法。命の灯火を、力に変え、破滅へと突き進む禁忌。溢れ出た魔力は、赤黒いオーラとなって。天高く、星空に満ちた無窮へと魔光が立ち上る。
その余波が、宙にいたリーサルドラゴンの翼膜に風穴を開ける。
「なっ!?」
【ガッ、ギャウン!?】
「おおっ、落ちるーっ!?」
「死ッッッ!」
「お前ら!」
バランスを失った石竜が死の森へと落下する。落ちれば即死、終わりが蔓延る死の森だが……ビルたちはフルーフ印の呪符を持っていたお陰で、カリプスの呪詛と相殺して無効化され、なんとか侵蝕されないで済む。
済むのだが。
未だ立ち上るオーラが、意思を持ったかのように動き、リーサルドラゴンの翼を根元から断ち切った。
あっさりと飛翔能力を奪われた竜が低く唸るが、天馬はピクリとも動かず。
サジタリウスは、その佇まいを───変容させる。
「ぐっ、ぅ…」
苦悶の声を上げるサジタリウスは、身体を包み込む形で両腕を交差させ……熱気のように溢れ出る赤黒いオーラがそれ以上逃げないよう、全身に集束させると。
その身体が、徐々に肥大化していく。
上半身の筋肉は盛り上がり、角張り、隆起した骨が皮を突き破って棘を作る。下半身の馬体はより逞しく、赤黒い紋様が絡みつくように浮き上がる。
美しかった毛並みは、ゴワゴワとした硬いモノへ。
茶色の髪は毛量を増やして、オーラに合わせて荒々しくなびき。
そして───屈強な胴体から、更に、益荒男の如き腕が二本生える。
何処から取り出したのか。それとも、出現したのか。
四本の手には、強弓、薙刀、魔剣といった、あまりにも濃厚な殺気と魔力を内包した、特大の武器が複数握られていた。
その威容は、正に鬼神。
「フゥ〜……あんまり、使いたくないんだ。これ。気性も荒くなっちゃうし、力加減もできなくなって。それこそ、暴走しているのとなんら変わりない、真性のバケモノへと成り果てる」
殺意に満ち足りた瞳の奥に、理性の灯火を微かに宿した鬼神は、滔々と語り出す。固唾を飲んで、サジタリウスの変容を見届けた誇り高き戦士たちへ、語りかける。
命燈魔法。命を灯火に、破滅的な力をその身から放出。
元より強靭だった肉体を、全てを滅ぼす怪物のモノへと作り替える魔法。
破滅の化身そのものである、鬼神へと進化させる力。
「でも、今回は特別だ。この戦いが終わる、その時まで。僕はこの命を燃やし続けよう。そして、王に仇なす全てを終わらせてみせよう。
これは覚悟だ。そして、宣誓だ。
“天弓闘馬”。その名に反する、破壊精神をもって───君たちに、破滅を贈ろう」
赤黒いオーラを纏った修羅の神が、冷や汗を流す夢星に牙を剥いた。




