304-死んでからが本番
───星海浄地ビューティダスター。
極黒恒星の汚水や生活雑排水を浄化する、星そのものが浄化槽である伴星。焼却炉であり地熱発電所の役割を持つ黒灼炎星ヴォルカモンスターと同じく、極黒恒星の生活に貢献する伴星である。
管理人は、言うまでまなくメーデリア。
元よりオーシェネリア星人が管轄していた伴星だが……魔法少女による惑星制圧、呪詛災害によって、星海浄地の本拠地でもあった宝瓶宮が滅亡。全滅に近しい数の同族が呪詛に沈み、この世を去った。
そんな厄災を引き起こした魔法少女の、魔法。
破滅の力の持ち主───“虚雫”のマレディフルーフと、将星メーデリアは対峙する。
ある意味、因縁の相手。
彼女の力が破滅を齎し、栄えある世界を漆黒の呪詛へと染め上げる。
「“大いなる海よ”ッ!!」
───精霊魔法<マナ・ハイドロキャノン>
「チッ」
特大の聖水砲撃。かつて蝕まれた経験上、例の呪詛程度であれば容易に浄化できる水鉄砲は、メーデリアの手から勢いよく、放水の形で放たれた。
対峙するフルーフは前方へ障壁を複数張るも、ビームとなった聖水砲撃には秒ともたず。
顰めっ面で舌打ちをかましてから、両手をクロスさせて防御姿勢を取る。
「ぐっ───重い、なぁ…」
真正面から砲撃を浴びたフルーフは、大きく吹き飛んで水面を転がる。魔力操作で足裏などの水面に接地しやすい部分に魔力の力場を発生させ、なんとか沈むことなく水上戦闘を可能としているのだが……
水面に立ち上がったフルーフは、本心から面倒臭そうに言葉を呟く。
「貫通しませんか」
「怖いなぁ。土手っ腹ぶち抜く気だったんか……怖いな、八つ当たりだけはやめてくれよ」
「勿論です。そこまでの節操無しではありませんよ」
「だと良いけど」
自分の魔法が他種族を殲滅したフルーフは、心の底から迷惑そうに溜息を吐く。何処ぞの過激な邪悪後輩のせいで被害を被っている。この戦いも彼女の尻拭いを強制されているが、何回か同じことが多々ある気がする。
訴えたら勝てるだろう。
魔法の所有権と無断使用、悪用で極刑までは辿り着ける自信がある。
「んまぁ、仕方ない……仮に文句言ったって、なぁなぁに放置されるのが目に見えてわかるし。ここは諦めて、私は大人しく人形に徹するのみ」
「おや、良いのですか?そのような扱いで。随分と手酷いように聞こえましたが」
「いいんだよ。別に」
心配するような声色だが、その裏で仲間割れの誘発を。なんて、希望的観測を抱きながら敵対者に疑問符を投げたメーデリアに、フルーフは肩を竦めて肯定する。
元より人間が嫌いなフルーフは、後輩からどう思われ、どう使われようと興味がない。
大量虐殺も悪くはない。その矛先が人間であったならば尚良。こんな精神性で魔法少女をやっていたフルーフも、最終的には“善性がない者はなれない”ドリームスタイルを獲得している時点で、人間嫌い以外の心の善し悪しは今更語るまでもないが。
「別にねぇ、いいんだよ。所詮、私は死人。呪いで動き、彼岸と現世の隙間に根付いた死体人形。蒼月の魔法少女の意思に委ねられる存在なんだ。本来あの世にいるべきで、あの子の我儘でここにいる存在。ならば、逆らうことなく従うのが道理だろう。意思ある人形とはそういうものだ」
自論である。そういうものだと定義して、そうあるべきだと決めつけている。
死人であるから。今を生きていないから。
ムーンラピスと違い、成長という拡張性を失った六花。その中でも、フルーフは術者に逆らわず、嫌でもその頭を垂れるべきだと考えている。
呪い師として、使役する死体が反抗するのが嫌いだからなんて本音も理由だ。
……それはそれとして、本当に嫌なことには嫌だと堂々宣言するが。
「それは……なんというべきか。随分と凝り固まった思想ですね。どちらにせよ、今があるのならば好きに生きれば宜しいのに。自縄自縛とでも言いましょうか。どうにも、あなたは生きづらい性格の持ち主のようで」
「ハハッ、まさか。これでも生きやすい方だよ」
「私には、そう見えませんが、ね───精霊魔法<マナ・キリングアート>!!」
「へぇ?」
同情とでも言うべきか……可哀想だと心の底から思ったメーデリアは、手っ取り早く楽にしてやろうと、水面から無数の鋭い棘を生やす。棘というよりかは、最早槍とでも言うべき太さの刺突攻撃がフルーフに向かう。
逃げ場を奪うように、四方八方から。
伴星はメーデリアの手足。水の塊である星は、星全てがメーデリアの武器となる。魔力消費量もそこまで気にせず大規模な広範囲攻撃を繰り広げられる。
つまり、水面に立っているフルーフに自由はない。
逃げ場もない。
「でも、残念だね」
───歪魔法<ドローミ>
フルーフは嘲るように笑いながら、懐から赤色の呪符を取り出して、星空へと撒き散らし……その呪符を起点に、赤黒い鎖を無数に出現させる。
鎖は上空で交差して、張り巡らされて。
水面から跳躍したフルーフは、鎖の上に足を乗せて刺突攻撃を回避する。無論それだけで終わる訳もなく、手元へ手繰り寄せた呪鎖を振るい、上空にまで伸びてきた水槍を跳ね除ける。
「くっ……上に逃げようが無駄ですよ!!」
───精霊魔法<マナ・ストリーム>
頭上から見下ろすフルーフを悔しそうに見上げながら、メーデリアは聖水の竜巻を複数召喚。空中に打ち止めされ固定された呪符を剥ぎ取らんと攻撃する。
暴風がフルーフの視界を遮り、頬を水滴が叩く。
紅い髪を濡らしながら、フルーフは竜巻に巻き込まれて剥がれる呪符を見捨て、支えを失い弛み始めた鎖を足蹴に更に跳躍。
「無理しないことだよ」
───歪魔法<イグニ>
そのまま下方向に向けて、特大サイズの呪炎を水嵐へとぶち当てる。水に対しての火など、愚策も愚策でしかないと思われがちだが……
呪いの世界では、そんな属性勝負は意味を成さない。
下から上へと、そして横から殴りかかってくる水と風の壁に、青い祟り火が着火する。
ゴウッ…
瞬間、業火が竜巻に着火して───渦巻く水嵐が唐突に消滅した。
「これは…」
「全てを焼き尽くす炎。<タタリビ>の下位互換だけど、現象を消滅させるには十分だ」
「……やはり、危険ですね」
かつて自分を蝕んだ、その力とはまた違うが……改めてその脅威を、身に染みて理解する。舌打ちをしたい気持ちを押し殺して、やはり、彼女の相手は自分しかできないと覚悟してしまう。
力の一端しか見ていないのにも関わらず、メーデリアは過去のトラウマを刺激されたような気分になる。
不快感が勝り、今すぐにでも殺したい。
かといって、目の前の相手は……ムーンラピスと同じく不死の存在。既に死んでいる為か、メーデリアの攻撃では昇天もできない。聖水であろうとも、無理なモノは無理である。
「……というか。空中に浮けるのなら、わざわざ鎖を使う必要もなかったのでは?」
「ただのパフォーマンスさ」
慰めるように笑いながら、フルーフは魔力を胎動させて呪詛に変える。
彼女の指から、黒い淀みの雫が落ちていき……清らかな水面へ静かに落下する。すると、呪詛の塊が具現化し……集積した負の感情・呪いが実体化した、人を真似た化生が複数這い上がってくる。
歪魔法<ザルゴ>。
対集団戦を想定して生まれた、無数の怪物たちが将星へ襲いかかる。
「遅いですッ!」
───精霊魔法<マナ・ソールカッター>
横薙ぎのウォーターカッターが、ザルゴの群衆を一瞬で両断する。斬撃を浴びた化生は、ゆっくりと霧散していき消滅しかける。
だが。
「それで終わりと行かないのが、フルーフクオリティってヤツさ…」
───歪魔法<テムカセ>
ニヤリと笑って、フルーフがザルゴに追加の呪いを……呪いを活性化させるなどの、その状況状況にあった強化を施す“呪い”をかける。
新雪のような粒子が化生に触れると……
消えかけていた群衆が、モヤのような身体を痙攣させて蠢動し。バラバラになりかけていた呪詛を繋ぎ合わせて、再構築する。元より触れれば呪殺を観点に作り上げた化生である。わざと脆くして、破片が付着するように仕上げた代物なのだが……今回はそこにテコ入れする。
別に、呪いをそのまま水に沈めてもいいのだが。
それはまだ早いと───屈強な肉体になったザルゴが、メーデリアに走り寄る。
「ッ……この程度!」
メーデリアは、フルーフの歪魔法にある程度の耐性が、呪詛からの復帰能力を有する。元々は持っていなかった力だが、それは兎も角。
獲得したばかりの力に過信することなく、メーデリアは物量をもって呪詛の退散を画策。
聖水の棘を、切断を、竜巻を……同時に精霊魔法複数をぶつけて対処する。細かく切り裂かれ、浄化され、宙へと吹き飛んでいく。
「やるねぇ」
「…ッ!?」
そんなふうに、ザルゴへの対処に勤しんでいる間に……いつの間にか、フルーフがメーデリアの背後にいて。一切気配を悟らせず、その背に手を伸ばす。
遅れて気付くも、時既に遅く。
メーデリアが身体を液体に変換して、針鼠のような防御形態を取るよりも、早く。
「歪魔法───<マレディ・クリーピー>」
呪詛塗れな己の名を冠する、真紅の呪いをメーデリアに直接注ぐ。例え、相手が己の力に耐性を獲得していたとしても。それを凌駕して、蝕み殺すのがフルーフの仕事。
その呪いは、彼女が有する力の中で最も強大。
ムーンラピスでも解呪できない、マレディフルーフしか対処できない真紅の呪詛。身体を蝕み、朽ち果てさせる。血液を沸騰させ、眼球から蒸発させ、骨はスカスカにして穴だらけに。四肢はぐちゃぐちゃに折れ曲がり、体内から臓物が弾け飛び、精神は否応なく発狂し、魂はあの世へと辿り着く前に消滅する。
そんな外法を、フルーフは躊躇いなく使ってみた。
何処まで耐えられるのか。最大最悪の呪詛に、こいつは生き残れるのか。
「がッ、ァッ…!?」
背中から伝わる不快感。呪詛は、一瞬にして彼女の身体へと浸透していき……瞬間、メーデリアは悲鳴を上げて、白目を剥き、歯をガタガタと震わせて首を絞める。
紅く、血ではない紅がメーデリアを染め上げていく。
かつて味わった苦痛と比較にならない、してはならない激痛に苛まれる。逃げることはできない。のたうち回って痛みに苦しむこともできない。背中に触れたフルーフの手が、呪縛となって身体をその場に縫い止める。
立ったまま、メーデリアの意思は、紅黒い呪詛の底へと沈んでいき……
されど、死ぬることはなく。
そして、負けることもなく。
「ナァ、メェ……ル、なァッッ!!」
咆哮を上げて、理性を宿した瞳で、背後に佇む呪い師を睨みつけた。
「へぇ!」
思考するのも辛い筈。
振り返るなど以ての外。
足掻くことも、抗うこともできない呪詛の濁流から……メーデリアは生還した。意志の力で。不屈の、執念深き、その意思をもって。
感心するフルーフの頭部を掴み、メーデリアはそのまま水面へと叩き付ける。
「がはっ!」
「ハァ、ハァ……ナメないで、ください。私は、最早ッ!呪いに負けるほど、柔くはない!!陛下に仕えし精霊たる私が、この私が……二度も、呪詛に負けるモノか!!」
「言うじゃないか!所詮、皇帝様の太鼓持ち。指示待ちのお人形さんだと思っていたが……ふふっ、そこまで自我の薄い人形じゃなかったわけだ」
「ッ……意表返しのつもりですか」
「いいや?本心さ」
今度は首を掴まれたフルーフは、首を絞め上げられても緊張感のない笑みを浮かべ、ケラケラと、威勢よく吼えるメーデリアを嘲笑する。
呪詛が効かない?克服してみせる?
馬鹿な話だ。それができないからこそ、フルーフという呪いが生まれたというのに。
愚かにも、ツギハギの這う首を絞める女に、灸を据えてやろうとフルーフは魔力を蠢動させる、が。
それよりも早く、メーデリアは特大の魔法を行使。
「黙って、沈みなさいッ!!───精霊魔法ッ!<マナ・ダイダルウェーブ>ッ!!」
水の伴星、その全てを支配して。星を構築する清水を、大きく波打たせて……超巨大な海波を起こして、自分諸共フルーフを沈める。
逃れる術なく、蠢動させた魔力も掻き消えて。
窒息させ、溺死させ。そのまま、水底に沈めてやろうと濁流に呑み込ませる。
「っ、ぐふっ…、ごぽっ…!?」
腕が潰れる。
足がひしゃげる。
瞳が弾けて。
肺の中の空気が、清水と入れ替わるように濁流の中へと溶けていく。
沈んでいく。
水底へ。助けの来ない、救いもない、浮き上がることもできない青の底へと。死ねないフルーフを、戦いが終わるその時まで、戦いが終わっても、沈めて、沈めて、二度と表舞台に立てないように、奥深くへ。
仮に、水を媒介に呪いを撒き散らされようとも。
メーデリアの浄化力で、押し留めることは可能である。最悪この伴星を捨てて、新たな浄水システムを構築すればいい。
「……ハァ、ハァ……くっ…」
身体を液体化させ、今も尚荒れる水面から這い上がったメーデリア。その目には疲れが宿っているが、掛けられた真紅の呪いは、完全に身体から消失した。
だが、やはり疲れが勝る。
もう見えない水底まで沈んだフルーフへの警戒は、未だ解けない。解けない、が。脱出もできいなよう、凄まじい水流に全身を打ち付けられ、意識が覚醒したまま生き地獄を味合わせている今……少しぐらいは気を抜いて、呼吸を整えてもいいのではないか。
と、思うのだが。
「ッ!?」
その期待を裏切るように───水底から水面目掛けて、真紅の破壊光線が突き上げてきた。
特大の破滅が、メーデリアの真後ろで弾け飛んだ。
「まさか…」
有り得ないモノを見る目で……しかし、やはり来るかと納得と諦めの籠った目で。
眼下から、水面へと這い上がる真紅を睨む。
亡霊のように、水死体かのように。濡れた真紅の襤褸が余計に恐怖を掻き立てる、その姿。手足は折れ曲がってはいけない方向へ曲がり、骨が抜けたかのようにぐにゃりと歪んでいて、ぐちゃぐちゃになっていた。
片目は失われ、口は満足に開かない。
立つのも億劫な、そも、本人は立っていると認識できているのかもわからない。
そんな期待は、淡い泡となって泡沫となる。
「あ、は…」
おかしな方向に折れ曲がっていた首が、ごきりと骨音を鳴らして、メーデリアの方へ向き。生前はできなかった、死後の今だからこそできるやり方で、真紅は再起する。
ジュクジュクと、壊れた身体を再生させながら。
「残念、だったね───…ふふっ。魔法少女、“虚雫”を。ナメちゃ、ダメだよ?」
残念だったね。
惜しかったね。
もう少しだったのにね。そう煽るように。生きる呪いは笑みを歪めた。




