301-大王の側近、皇帝の側近
「……なんだか、不名誉な扱いを受けたような気がしなくもないのですが……」
一方その頃。ムーンラピスの弱体化に成功した、レイ・モイヒェルメルダーの擬態先に、運悪く選ばれてしまったメードは、古書館に続く地下回廊を進んでいた。
彼女は預かり知らぬ話だが。彼女がレイの擬態先として選ばれてしまった最大の理由は、その迂闊さや日頃の行いといったモノ。ミロロノワールへの聴取や、配信記録などから情報を漁り、分析。誰が一番ムーンラピスを油断させられるのか。そうしてレイのお眼鏡に叶ったのが、メードだっただけだ。
悲しいかな、レイの演技力が俳優顔負けだったせいで、バレることなく暗殺には成功してしまった。
メードは悪くないが、後で文句を言われるのは確実だ。
そんな未来など露知らず、階段を降りていくメードは、下層から漂う古書の匂いに顔を顰める。
あまり慣れない匂い。絵の具なら兎も角、この類は未だ慣れそうにない。
一歩一歩着実に、転ばぬように階段を降りていき……
やがて、メードの足は最下層、封じられた古書館へ続く扉の前へと辿り着く。
「ふぅ……」
この戦場において、メードの本来の役目は暗黒王域から重要そうな書類を盗み取り、魔導具などの貴重品もあればネコババすることを命じられていた。これは、ほぼ確実に崩壊することが約束されている魔城から、少しでも貴重な代物を回収して、新体制に役立てたいが為に発令された。
隠密行動が得意で、ドジラらなければ完璧だとラピスに豪語されるメードしかできない務めだった。
しかし、それも魔星親衛隊の辻斬りの介入によって変更となり……
本来は、ラピスが対峙する筈であった天秤との決闘を、メードは命じられてしまった。魔術という強力な術。本人の技量も相まって危険視された彼女は、ラピス手ずからに相手する予定だったのだが……
予定は未定。自分で決めた癖に捻じ曲げやがった。
そのことに鬱屈とした思いを抱きながら、頼られている気がして満更でもない気持ちのメード。文句の一つ二つ、三つ四つはあるが、今は心の中で押し留めて。
自分の戦場へ。
「……いざ!」
深呼吸をしてから、古書館への扉を開き───メードは本の山へ。
視界いっぱいに広がる書架の列。古今東西様々な地から集められた書物は、全て館の主が厳選し、置いてもいいと決めたモノのみが並べられている。地上部にある図書館と差別化されているのか、物珍しい奇書ばかりが本棚に収められている。無数の魔力灯が床を照らし、光源が当たった赤色の絨毯は何処か古臭い。
天井の高さまで本は積み上げられ、中には本棚が空中に浮いている始末。それに加えて天井にはステンドグラスが嵌め込まれており、地下でありながらその高さで解放感を演出していた。閉塞感と開放感。その両方を感じることができる古書館の内部を、物珍しいモノを見る目で見ながらメードは進む。
浮かんでいる本を押し退け、魔力灯に照らされながら、奥へ奥へと歩いていき……
漸く、開けた空間へと躍り出る。
「───こんな僻地まで、御足労ありがとうございます。お待ちしておりました」
「どうも」
本棚に囲まれた円形の読書場。申し訳程度に観葉植物が配置されたその空間の、中央。本が積まれた教卓のような机の奥に、古書館の主は座っていた。
皇帝の秘書、知識の探求者、天秤を司る司書。
“天秤崩界”のリブラ・アストライヤー。最後の魔術師と相見える。
「先ずは初めまして。ご存知ではあるとは思いますが……リブラ・アストライヤーと申します」
「初めまして。メイドのメードで御座います」
「……」
「……」
「「…面接?」」
生真面目と敬語口調が噛み合わさって、一瞬だけ生温い雰囲気になったが……すぐに気を取り直して、ズレかけた大拉翅を直して、リブラはこほんと咳をする。
空気を張り詰め直して、開いていた本を閉じる。
普段振り回される立場にいるリブラは、やはりというか今回も不憫なモノで。対戦カードの突然の入れ替え。魔法少女最強と戦うと決められてしまったことに、顔を青ざめさせてぶつくさ文句を言いながら準備をしていたのに……まさかの変更。それも、独断で。ある意味危険視しているヴォービスに言い逃げされ、皇帝に泣きつく暇もなく。
渋々、渋々……内心安堵しながら、リブラは代打と相対する。
「私が相手で安堵しているようですが……ご安心を。例え私を倒したとしても、ヴォーなんとかを下した蒼月様が、真っ先にここに来る予定なので」
「ヴォービス頑張って」
「弱気ですね…」
「当たり前でしょう。勝率が低い、こちらがどうしようが乗り越えてくる野蛮人などと、好き好んで戦いたいわけがないでしょう」
「確かに」
できるだけ対策は講じた。
将星レイが使った悪夢殺しの短刀も、元は古文書の中に封印されていた魔導具の一つだ。一回限りな上、そこまで効果は見込めなかった故、使い捨てにさせたのだが。
……封印されていた理由は、悪夢に直接刃を突き付ける必要がある以上、生贄にこの短刀を持たせて吶喊させる、非道なやり方が流行ったからだが。
それは兎も角、その対策も無駄にはならない。
なにせ、リブラの目の前にいるのは───ラピスの下位互換なのだから。
「……いいでしょう。では、目標を倒す前の下拵えです。デモンストレーションとでも言いましょうか……あなたで確かめさせてもらいます」
「構いません。私も、蒼月様の代わりに、あなたの実力を測らせて頂きましょう」
「ふふっ、お互い考えることは同じのようで」
「……同じ、でしょうか。なにせ、私を通して他人を見ているようなものです」
理由はわかる。複数の魔法が使えて、悪夢の住人で……ムーンラピスの劣化版であると判定されても、メード自身否定はできなかった。
否定はできないが、不満はある。
不快感もある。上に目が行くのはメードでもわかるが、それで無碍にされるのは気が食わない。私はここにいる。アリスメアーの幹部補佐、リデル・アリスメアーとムーンラピスに存在を認められて、悪夢の園に居ることを初めて許された者。別に、自負することでもないが。メードは、認められたという事実がある。
その倍、迷惑をかけている自覚もある。
それ故に───ただで負けてやって、情報を寄越すほど軟弱でもない。
「それは失礼しました。でも、仕方のないことでしょう?あなたとて、それはわかる筈です」
「否定はしません」
苦笑するリブラは、謝罪を軽く述べながらそこで会話を取り止めにする。
なにせ、これ以上の問答は無駄でしかない。
グダグダしていては、あの最強が親衛隊最強を倒して、こちらに来てしまうだろう。それだけは避けたい。下手に戦闘を長引かせて、二対一になる可能性だけは、先んじて摘んでおきたい。
そう決断したリブラは、徐ろに空中へと浮かび上がる。周囲に外付けの魔術制御装置、若しくは媒体となる魔術書を複数浮かべて、敵対者を睥睨する。
千年以上の歴史を誇る魔術。その力をぶつけんと。
対峙するメードは、スカートのポケットから得物である容れ物を取り出す。
今まで、実戦では一度も使ってこなかった───藍色の巾着袋を。
「それは…?」
リブラが疑問に思うのは無理もない。
なにせ、その武装が配信の前で使われることは、一度も無かったから。よくて短剣か、機械的なアクゥームで戦う光景しか、メードは見せてこなかった。
決して、出し惜しみしていたわけではない。
単純に───攻撃に転用するやり方を、今になって思いついただけだ。
「私は不器用です。何もできません。戦闘でお役に立てる自信が、全くありません」
何も無いわけではない。
メードにだって、メードにしかない力はある。例えば、暗黒物質を作れる調理技術。例えば、魔力に干渉する特異体質。後者のそれは、直接触れなければ意味を成さない、諸刃の剣となる。いくら魔力の流れを遮断し、阻害できる特異性を持っていても、活かせなければ意味が無い。
だからこそ、メードはメード也に、自分ができることを考えて。
最終的に───脳筋なゴリ押しの手法を、選択した。
メードが手にした巾着が、突撃、ぶわりと異音を立てて膨張した。中に空気でも入ったのかと言うぐらい、巾着は大きく膨れ上がる。袋の肥大に伴って、メードも天井へと跳躍して、浮遊する。
そしてメードは、片手に持った巨大巾着の袋口を開く。
この袋は、空間拡張によって内部空間を広げた、云わば四次元ポケットの袋版だ。
つまり。
「“素敵な魔包袋”───魔法と武器、数の暴力をもって、あなたに勝ちます」
天上に向かって広げられた袋の口から、ありとあらゆる魔法武器が吐き出された。カドックバンカーの魔銃各種、マーチプリズの組み立て音響兵器、ゴーゴーピッドの列車呼び出しスイッチ、マレディフルーフの呪詛入りの数珠、キルシュナイダーの自動追尾鋏、聖剣兵装を含む、ムーンラピスの魔法兵器。勿論、魔法少女をモチーフにした武器だけではなく、たくさんの武器が袋から飛び出た。
持ち主の魔力に呼応して、自動で浮遊追尾する銃火器を背に広げて、複数の魔法陣を手の上に浮かべながら、戦闘準備を完了させる。
直接武器を振るうのは苦手だ。よしんばできたとして、何処かでドジる未来が……流石のメードにも見えていた。だからこそ、魔法で自律操作できる武器を選んだ。
袋の中には、たくさんの武装が詰まっている。
ムーンラピスの承諾無しに、過剰防衛として掻き集めた戦法である。
「へぇ……いいですね。ですが、所詮付け焼き刃!!王の左腕たる私に、勝るとは思わないでください!!」
「……その言葉、そっくりそのまま返しましょう!」
魔術書を浮かべた将星と、魔導具を浮かべたメイド。
対立する王の側近たちの魔力が、魔城地下、古書館にて激突した。
……正直、メードの特異体質は死に設定になってる気がしなくもない。




