薬草業者の心得など
調査団はもう迷宮へ向かわなくなった。だが、迷宮へ潜るのは探索者だけではない。
特に「紫」の場合、一番多く足を踏み入れているのは薬草業者だろう。
迷宮内部で採取できる薬草、毒草の類を集めて加工し、薬を作っているのが薬草業者。
街の南西部に工房が多く作られているのは、「緑」と「紫」から近いからだと言われている。
薬の販売は街のあちこちで行われているが、草を集めて加工をする工房は南にしかない。
いまだ未知の草もあるだろうと考えられており、「緑」と「紫」の植物が生い茂る迷宮探索は、薬草業者も熱心に進めている。
数ある薬草業者で働く労働者のうち、探索に出かけるのは厳選されたメンバーだけだ。
彼らは戦いを避け、採取した草を利用した迷宮の進み方をするのだという。
魔法生物を遠ざけたり、おびき寄せたりして戦闘を避け、罠の位置や解除方法を理解して進む。
彼らが目指すのは最下層ではなく、薬草の生えている場所だ。
二つの植物の生い茂る迷宮の中には、まるで草原のようにびっしりと草が生えている広い部屋が存在している。
ごく普通の探索者には無用の場所だが、業者たちにとっては大切な仕事場だ。
業者たちはその部屋を群生地帯と呼び、定期的に草の採集に向かう。
群生地帯で気をつけねばならないことが二つあり、これは業者たち以外にはあまり知られていない。
ひとつは、長く留まらないようにすること。
「緑」と「紫」の内部は、空気の中に毒素が混じっていると考えられている。
群生地帯はその濃度が高く、長く居すぎると体調を崩しやすい。
慣れない者はすぐに気分が悪くなり、嘔吐する場合もある。
採集チームを率いるリーダーは滞在時間に気をつけ、仲間の様子をよく確認する必要がある。
もうひとつは、少女の姿をした影と出会わないこと。
群生地帯にだけ出現する謎の少女がいる。その姿は少女とは限らず、遭遇した者によって違うと報告されている。
だが、大抵の者が麗しい少女の姿をしていたと言い、意識を失った挙句、命を落とす。
おそらくは魔法生物であろう少女に出会ってしまった場合、誰かの助けがなければ体中の水分を据われたような状態になって死んでしまうという。
少女に襲われた者を救うのは難しく、吸われた後は蘇生も叶わない。
口元をしっかりと覆い、毒素を吸い込まないように気を付ける。
なにかが現れたと気づいた時は、低い位置に伏せて去るのを待つ。
少女は侵入者を呼び寄せるもので、自ら近づいては来ない。と、考えられている。
以前は出現報告は稀だったが、近年では遭遇件数が増えているという。
遭遇の増加に関しては、業者が深く潜るようになり、採集の総回数が増えたからという考え方もある。
この魔法生物を倒したという報告はなく、正体もはっきりしていない。
少女に遭遇した場合、他の業者に必ず声をかけるという取り決めがあり、採集チームの命を守っている。
薬の研究開発は各業者がそれぞれに行っていて、珍しい効果のある薬のレシピは門外不出にされている。
ただし、深い層で見つかった希少な草などに関しては、情報交換をし、共同で研究・勉強するなどの交流も持たれている。
薬草の効果の確認に関しては、業者たちの集まる通りに住むダステという女性が協力してくれる。
どこかの店員として働いていたダステだが、何度止められても薬草を盗み食いする癖があり、毒草であろうと口にしては何度も命の危機に陥ってきた。
それでも取り憑かれたように薬草にこだわり続けて、とうとう業者たち公認の毒見役になったという。
数々の毒草を摂取したためか、体のあちこちが変色している。
もう老齢といっていい年頃だがいまだに独身で、薬草業者に持ち込まれた新たな草を心待ちにしているらしい。




