X9_Still staring at me
第三十五話「Still staring at me」。サブタイトルは「てのひらに赤い痕」。
とぼとぼと裏路地を歩いているのは、ベリオたちを裏切り、ジマシュに言われるがまま調査団へ戻ったチェニー・ダング。
あの時持ち帰ってしまったベリオの美しい剣を売り払おうと考え、道具屋を訪れたものの、安く買いたたかれそうになり、憤りを感じて店を後にする。
自身の行った裏切りと、自身が受けた手ひどい裏切りと。
冷え切った心で歩く女性調査団員は、迷宮都市での最後の日々を虚ろなまま送っている。
― 迷宮都市豆知識 ―
□見る目のない店主
チェニーはベリオの剣を手放したくて店を訪れるが、五百シュレールの値に納得がいかずに店を後にする。
愛用していたベリオも詳しく知ってはいなかったが、「緑」の深い層で見つかった剣には特殊な力がある。
適正な買取価格は当然もっと高いので、断ったのは正解だったと言える。
□悪夢に苛まれる日々
ヌエルに裏切られて「橙」に取り残され、運よく術符を探り当てて無事に戻ったものの、ジマシュから見放されて、結局チェニーは調査団に戻っている。
まともに理由も言わない団員はかろうじて仕事に戻されているが、団長であるショーゲンの態度は厳しい。
様子のおかしいチェニーは医者へ行くよう何度も命じられており、とうとう他の団員に連れていかれることになってしまった。
□退職勧告
口を閉ざし続けるチェニーはどう見ても異常な状態に見えて、実家に戻るようショーゲンは言う。
剣の道を行こうとする兄に憧れ、同じ道に進みたいと願った少女は努力を重ねて兵士になった。
その夢は半端な形で破れて、チェニーは迷宮都市へ配属されてしまう。
剣を携えて生きていきたいけれど、こんなところにいるのは嫌だ。
だからジマシュの下に走ったのに、うまくやれなかったどころではなくて。
夢も恋も失い、重たい罪まで背負ったチェニーの魂は凍り付き、壊れる寸前になっている。
□メハルとの遭遇
街を彷徨い歩き、倒れてしまったチェニーに一人の少年が声をかけてくる。
オーリーと名を偽り、薬草業者で働いているデルフィ・カージンの協力者であるメハルはチェニーに手を貸し、近くにあった車輪の神殿へ送り届けてくれる。
当然ながら、この遭遇は偶然ではない。調査団に所属していると気付いたデルフィが、チェニーの様子を探るようメハルに頼んでいて、この日とうとう接触に成功した形だ。
「困った時は助け合うもんだ」の言葉は、父がこう言っていたらいいなというメハルの願望であって、事実ではない。
すぐに去っていったとチェニーは思っているが、メハルは近くに留まって様子を窺っており、ダンティンの名を口走ったことも確認している。
□車輪の神殿の役割
メハルに連れられて来たのはすぐそばにあった車輪の神殿。
偶然頼ったこの場所は、行方のわからなくなった探索者たちの荷物を預かる役割を負っている。
この説明を受け、チェニーはダンティンのことを想い、後悔の涙に暮れていく。
□強い不安に陥って
自身のしでかした出来事を思い出すたびに、チェニーの心には怖れと後悔が満ちて溢れていく。
一方でジマシュを忘れられず、未だに恋い焦がれる自分への失望も膨れ上がっているようだ。
混乱した調査団員は自ら医者のもとへ行き、もう悪夢を見たくないと願う。
医者はチェニーがなんらかの性被害にあったと考え誠実な言葉をかけるが、そのせいで却って傷は深くなってしまったようだ。
□誰かが見ている
あてどなく歩いて「幸運の葉っぱ」があった辺りに辿り着き、チェニーは強い視線を感じる。
西の荒れ地で暮らす脱落者の男、ジマシュの協力者であった誰かが自分を見ていると気付き慌てて逃げているが、これは不安が見せた幻で、この男はまったく関係がないただの労働者。
ジマシュの下で動いている間、決してさぼらないよう、絶対にミスをしないよう互いを監視していた記憶が、チェニーを不安定な状態に陥らせている。
□弁償問題
不安から駆け出したチェニーは路地でメハルにぶつかり、高価な薬を割ってしまう。
まだ幼い顔の少年はいかにも働き出したばかりに見えたようで、チェニーはメハルの言葉を疑わず、弁償を約束し、店へ同行する。
この衝突は計画されていたものだが、メハルもここまでうまくいくとは思っていなかっただろう。
高額な薬は娼館街に卸されるもので、調査団の近くを通って配達されている。
この薬の配達時になんとかうまくぶつかるという計画は、デルフィがたてたもの。
少年は注意深く調査団員がいないか確認し、駆け出したチェニーに合わせて道の先で待ち受けていた。
ちなみにここでメハルはイスパストと名乗るが、これは自身の苗字ではなく、生まれた村の名前。
メハル自身は自分の家の名を知らず、両親と共に生きた場所を忘れないようこう名乗っている。
本編では決して出てこないが、本名はメハル・クルト。
□二千シュレールの支払い
メハルの運んでいた薬はかなり高額で、まともに働いていないチェニーには持ち合わせがない。
ぽんと払われてしまっては計画が台無しになるところで、デルフィにとっては幸いだったことだろう。
鍛冶の神官の狙いは、弁償金の代わりにベリオの剣を差し出させることであり、売られると決まった時には自腹を切って二千シュレール出すよう用意を進めていた。
□メハルの駄目押し
支払いが出来ずに剣を預けたチェニーを、メハルが追いかけてくる。
出来る限り情報を引き出そうとする為であり、剣は「譲られた」とチェニーは話す。
□後悔の夜
剣を手放し、解雇の通知を待つ間、チェニーはより深く後悔の中に身を沈めていく。
巻き込んでしまったダンティンを想い、許せない敵と考えていたベリオについても考えていくうちに、チェニーはようやくデルフィの真意を知らなかったことに気付き、愕然とする。
□剣の鑑定人
ベリオの剣を手放したことを悔やんだチェニーは、ミッシュ商会へと急ぐ。
金の用意もなく、理由もろくに言えないが、メハルは気をまわして値段の確認に行こうと提案してくれる。
ミッシュ商会の馴染みの道具屋はルーレランの店で、二人は剣の買い取りを頼み、鑑定をしてはどうかと勧められる。
正確な剣の価値がわかれば、正しい値がつけられるからという店主の好意から出た言葉だが、鑑定の為に呼ばれた魔術師はほかならぬニーロだった。
□チェニーにとっての魔術師ニーロ
一年近く前に「紫」の調査に協力してもらったニーロは、ベリオの元の相棒であった人物だ。
これについては、ジマシュから教えられている。チェニーはニーロに良い印象を持っていなかったため、ベリオの評価を下げる一因になっていた。
ベリオが使っていた剣についてニーロが知らないとは思えず、チェニーは酷く狼狽えて、なにか代わりになる物を探した。
出てきたのは「橙」で見つかった腕輪で、ニーロは「二十一層で見つかる」ものだと説明し、信頼しあえる仲間と共に手に入れる珍品なのだと話す。
あまりにも鋭い魔術師の視線に耐えられなくなって、チェニーは剣を残したまま立ち去り、調査団へ戻っていった。
□鑑定代はかからず
チェニーが置いていった剣はメハルが預かる。こうできれば一番良いのだが、という展開になり、メハルは驚きと共に店に戻り、経緯を説明している。
ちなみに剣の正体はわかっていたため、鑑定代は払う必要がなかった。
肩代わりした二千シュレールは、デルフィが溜め込んでいた給料で支払っている。




