21_Self‐Reliance 〈雛鳥の巣〉
第二十九話「Self‐Reliance」。サブタイトルは「雛鳥の巣」。
王都から続く道の行きつく先、迷宮都市の東の大門に馬に乗った男が現れる。
自身の日々の仕事にうんざりとしていた宿の客引きは、男に話しかけられ、ささやかな案内をする。
街に現れたのは王都では名の通った貴族の家の三男坊、レテウス・バロット。
王宮で見かけた憧れの戦士が姿を消し、行方を捜していて、迷宮都市にそれらしき男がいると噂を聞いてやってきた。
なに不自由ない暮らしをしていたレテウスは誰の手も借りられない捜索に手こずり、思いがけない運命を歩み始める。
〇レテウス・バロット
王都の貴族バロット家の三男坊。
太く吊り上がった眉毛が印象的な青年で、体格も剣の腕も良い。
登場時の年齢は十八歳。他人から怒っているのではと思われるほどの気合の入った顔面の持ち主。
非常にまっすぐな努力家ではあるが、物事を深く考えるのは苦手で、短気なのが珠に瑕。
王宮に仕えていたブルノー・ルディスという名の戦士を探しにやって来た。
噂に聞いた腕の立つ戦士はウィルフレド・メティスであり、彼こそがブルノーだとレテウスは確信しているようなのだが……。
― 迷宮都市豆知識 ―
□馬での移動
貴族の青年レテウスはいてもたってもいられずに、身一つで愛馬に乗って迷宮都市へやって来た。
到着したのは夕暮れ時で、門の近くで客引きをしていた男に声をかけ、質問をぶつけている。
王都からの終着点である東の大門のそばに宿屋は山ほどあるが、馬で来るような人間はいないので、当然預けられる場所もない。
門の外には馬車の発着場があり繋いでおける場所はあるはあるのだが、勝手に使えばトラブルになるだろう。
客引きのルノルの言う通り、南の高級宿にいけば馬はなんとかしてもらえる。だが、利用料はかなり高いので、レテウスの手持ちでは支払いきれなかっただろう。
街の中を馬に乗った状態で歩き回るのも、基本的には嫌がられる。
ここからここまでという明確な決まりはないが、商人たちが馬車を走らせる道はこの辺りまでという暗黙の了解がある。探索の若者が大勢歩く北の大通りには、馬で入る人間はいない。
□ブルノー・ルディスの行方
王都の貴族の三男坊であるレテウスがわざわざ迷宮都市までやって来たのは、王宮に仕えていた戦士「ブルノー・ルディス」を探すため。
ブルノーはもともとどんな人物であるか不明瞭な人物であり、突然姿を消している。
迷宮都市に恐ろしいほどの剣の使い手が現れたと噂を聞きつけ、ブルノーではないかと考え、ろくに荷物も持たずに馬でやってきたのがこの日の出来事。
噂の主は元は騎士団長だったと囁かれるほどの実力者、美しく整えた髭がトレードマークのあのお方、ウィルフレドだ。
□チェニー・ダングのその後
レテウスは迷宮調査団を訪れ、団長であるショーゲンへ噂について問う。
ショーゲン自身もブルノーではないかと思う人物と出会ったことがあり、その時に交わした会話を思い出し、レテウスへチェニー・ダングを紹介する。
ベリオたちを裏切り、ジマシュに追放された後、チェニーは結局言われた通り調査団へ戻っていた。
体はやせ細り、元気などかけらもなく、なんとか働き続けている状態のようだ。
□ど真ん中の通り抜け
チェニーから件の戦士の噂を聞き、レテウスはカッカーの屋敷を訪ねるべく出かけていく。
ところが街の西側からまっすぐ東に向かっているのに、なぜか目的地とは違うところへ放り出されてしまう。
ど真ん中の魔術師街は以前から通り抜けがし辛い状況だったが、より迷いやすくなり、街の人々を困らせている。
□心を入れ替えたクリュ
東側へ出られず戸惑うレテウスの前に、クリュが姿を現す。
クリュはど真ん中の異変について説明をし、道案内を申し出て、レテウスを街の東側へと導いてくれる。
「赤」の入り口付近で裸で放り出され、アダルツォたちの仲間入りはできず、探索者に戻ったが苦労は多いようだ。
カミルたちに怒られて少し反省をし、できる人助けをしようと考えて行動している。もちろん、多少の打算も働いてのことだ。
□迷宮都市での人探し
レテウスはカッカーの屋敷に無事にたどり着くが、ウィルフレドの今の住処についてなどは教えてもらえない。
アダルツォたちが迷宮都市を再訪したエピソードでも語られているが、ラディケンヴィルスでは他人の居場所などを簡単に教えないという暗黙のルールがある。
突然やって来た誰だかわからない相手には、猶更だ。
レテウスは身分の高い人間であり、気遣われているが、それでも特別扱いはできないと断られてしまう。
□魔性の美青年
ウィルフレドを探し彷徨うレテウスに、なぜかクリュがついて回る。
レテウスは手近な女性には簡単に手を出す男であり、そう振舞うことが許されている立場にある。
女遊びに慣れているのでクリュが男性であることにもすぐに気付くが、そんなレテウスにとってもクリュの姿は魅力的に映る。
父から聞かされた「男を囲って暮らすぼんくら」の話がすっきりと理解できた瞬間だ。
男とわかっていても尚愛らしく映るクリュの美貌を、レテウスは「魔性」と考えている。
□ウィルフレド・メティス
クリュの協力があり、ウィルフレドの居場所はあっという間に判明する。
レテウスはウィルフレドに会い、ブルノー・ルディスその人だと確信するが、ウィルフレドは人違いだと言い、レテウスを追い返す。
実際、ウィルフレドの名前は「ブルノー・ルディス」ではない。
ウィルフレドが自分ではないと否定するのは、当たり前のことだ。
□チェニーとヘイリー
ブルノー探しはうまくいかず、調査団の宿舎へ戻ったレテウスの世話をチェニーが引き受ける。
痩せこけて覇気のないチェニーに女性的な魅力はなく、レテウスはチェニーの兄であるヘイリー・ダングのことを思い出している。
騎士団に所属しているヘイリーとレテウスは互いの顔を知っている程度でしかない。けれどヘイリーは快活で周囲に好かれる男だと知っており、こんな妹がいたとは、と驚いている。
□予定は未定
レテウスの無計画なブルノー探しは難航し、宿舎の部屋を提供したショーゲンは「いつまでいるのか」と不安に思う。
レテウスの家は大変な名家であり、バロット家の子息となれば適当に扱うわけにはいかない。
事態はかなり面倒なのだが、ショーゲンはなんとか顔に出さないよう耐えている。
□王都での縁
周囲をちょろちょろとするクリュから逃れようと一人で外出したものの、短気なレテウスは街の南側でトラブルを起こしてしまう。
無駄に気合の入った顔のせいで事態は大きくなったが、問題を起こしたのはリシュラ商店であり、思いがけない偶然の再会が待っていた。
現れたのは王都の悪友オルフリオで、キーファンの妻、フロリアの従兄にあたる人物。
結婚の祝宴に参加したオルフリオは図々しく何日もリシュラ家に居座り、迷宮都市で遊んでいたらしい。
キーファンとも学校で顔を合わせたことがあり、レテウスはひさしぶりに優雅なひと時を過ごした。
□キーレイとの面会
キーファンの兄であるキーレイへの面会が叶い、レテウスは樹木の神殿へ向かう。
クリュの話の通り、キーレイはウィルフレドを知っていたが、レテウスの思うように話は進まない。
願いはかなわずガッカリするが、神官への敬意を強く持つレテウスはキーレイの「強さ」を感じ取り、緊張を覚えている。
□失言
憧れの戦士探しは暗礁に乗り上げ、レテウスはひとり街を彷徨う。
最終的に勢いだけでニーロの家を再訪し、取り合ってくれないウィルフレドへ失礼な発言をぶちかましてしまう。
静かな怒りを見せるウィルフレドに恐れ慄き、レテウスは更に失敗を重ねていく。
考えなしに「どんなことでもする」と叫んだレテウスへ、ウィルフレドは「子供の預かり」という難題を吹っ掛ける。
この時ウィルフレドはギアノを引き合いにだし、この街で暮らす若者ならどんなこともできると言う。
実際にはギアノほどできる若者は滅多にいない。レテウスが食いつくとわかっていてあえて名前を出し、世間知らずの若者を見事にコントロールしてみせた形だ。
□勘当
疲れ果てて仮の宿へ戻って来たレテウスを、次兄のラチェウスが出迎える。
行く先も言わずに家を飛び出し何日も戻らない弟を叱責した上、ブルノー探しをしているのではないかと兄は問う。
二人の話し合いは決裂し、愚かな弟に鉄拳を食らわせてラチェウスは帰っていく。
勘当を言い渡されてレテウスは宿舎からも追い出され、とぼとぼと夜の街を愛馬と共に歩く羽目に。
マリアーネは、レテウスの母が特に気に入っていたバロット家のメイドだった娘。
レテウスに手を出され、いろいろあった挙句、傷つき田舎に帰ってしまった。
母に全てを知られないよう後始末を引き受けてくれたのは兄のラチェウスで、これ以外にもいろいろと細かなやらかしがあり、レテウスは兄に頭が上がらない。
□迷宮都市の不動産事情
キーファンの協力を得て、レテウスはウィルフレドの頼みに応じるべく家探しを始める。
貴族の子弟が相手ということで不動産業者も張り切るが、富裕層向けの住宅はとにかく高い。
探索上級者向けの家と値段に開きがあるのは、単純に家の広さがまず違うから。
探索者は少人数で暮らすことが多いし、短期間のうちに手放して去って行く者が多いので、売家といえどさほど豪華な造りにはなっていない。
商人たちは家族や従業員を住まわせる為に部屋数が多い屋敷を求めるし、成功者は家で宴も開くので、こんなに高額になってしまう。
□協力者
意気揚々と家を探し始めたレテウスだったが、そもそも資金がないことに気付いて愕然とする。
他人と話すのも苦手、見た目からまず敬遠されてしまう貴族の三男坊は、たった一人で問題を解決するのは無理だと気付き、避けていたはずのクリュに協力を頼む。
固定の仲間もいないクリュは暇なので、レテウスの頼みを引き受けてくれる。
クリュもたいして頭が回る方ではないのだが、これまでの人生で様々な苦労を重ねているのでレテウスよりは世間を理解しているし、美貌の効果で交渉相手は心を緩ませる。
他に頼れる相手もおらず、レテウスはクリュと共に家の準備を進めていく。
□シュヴァル
なんとか貸家を用意したレテウスはウィルフレドを訪ねに行き、そのままシュヴァルの身柄を引き受けている。
言葉遣いも態度も荒々しく、十一歳とは思えない反応をみせるシュヴァルは、レテウスが最も苦手としている人種で間違いない。
勘の鋭い少年はレテウスの本質をあっさりと見抜き、頼りない男だと判断を下している。
一方で、呆然として鍋を落とした大男を心配し、事情を聞こうとする面倒見の良さも垣間見せた。
□挫折
シュヴァルとうまくやれる自信もなく、自力でなにもかもしなければならない暮らしにあっさりと限界を感じ、レテウスは自分の暮らしがどうやって成り立っていたのか思い知る。
ウィルフレドがギアノを連れて来たのは、レテウスに自分がいかに世間知らずかわからせるためでもあり、レテウスが挫折した後に本当に世話を任せられないか相談するため。
ギアノはわけがわからず驚いているが、いきなり頼まれたとしても、きっちりシュヴァルを教育してくれたことだろう。
□ほのかな火
自分になにもできないと思い知り、諦めて王都へ帰ろうとしたレテウスを止めたのはクリュの言葉。
生粋の女好きなら安心とクリュは言っているが、レテウスがいわゆる「常識」にとらわれて融通の利かない考え方をする男だと見抜いていて、そういう意味でも男に手を出したりしないと確信している。
なにひとつ褒めたりはしていないのだが、それでも頼りにされていたということを前向きに捉え、三男坊はなんとか顔を上げる。
王都への帰還はキャンセルされ、レテウスは人の手を借りてなんとか生活を成り立たせていく。
□相互理解
迷宮都市の片隅の貸家で、レテウスはクリュとシュヴァルと共に暮らし始める。
勝手気ままなクリュは自由に振舞うことが多いので、レテウスはシュヴァルとじっくり向かい合わなければならない。
生活が進んでいく中、シュヴァルは時々素直な胸のうちを見せ、レテウスにいくつかの気付きを与える。
シュヴァルの一番の子分について話を聞き、レテウスはオンダがどうなったのか調べようと持ち掛ける。
クリュにも協力してもらい、トラブルを起こした店を訪ね、オンダは西の墓地に送られたとわかる。
オンダを埋めた男の話に出てくるのは、もちろん鍛冶の神官デルフィだ。
クリュに提案されて、シュヴァルはオンダの墓に名を彫っていく。
でこぼことした不思議な三人組だが、最後のシーンでは互いへの思いやりが芽生えた様子が窺える。




