20_Heavy Load 〈数多の永遠と歩けば〉
第二十八話「Heavy Load」。サブタイトルは「数多の永遠と歩けば」。
家に戻って来たウィルフレド。
妙な人影に気付いて警戒するも、来客は剣士マリートだった。
自宅の周りに妙な白い影があると訴える剣士に、ウィルフレドはどう対応すべきか考える。
二人で様子を見に行くが、異常はない。マリートはさっさと家に入り、自分の対応のひどさに落ち込んでいく。
本編の前日譚である「迷宮人情余話」から登場しているマリートの視点で進む初のエピソード。
慧眼の剣士の心はどこか虚ろで、死を何度も経験した者ならではの不安定さに満ちている。
〇ザッカリン・ソー
癖の強い双子のスカウトソー兄弟の弟を名乗る石の神官。
登場時の年齢は十九歳。身長は百八十六センチと大きめだが細身。
石の神官衣を纏っているが、「脱出」の魔術も使える。
とにかく押しが強くて、他人の話はほとんど聞かない。
マリートと共に探索に行きたかったと熱く語る、二人の兄とは違った系統の不審な男だ。
― 迷宮都市豆知識 ―
□「いつも通り」のマリート
ニーロを訪ねにやって来たマリートを、ウィルフレドが出迎える。
まだすんなりと会話を進められない程度の間柄なのだが、ウィルフレドは辛抱強くマリートに付き合い、要望を叶えてやる。
いい年をしたマリートの子供じみた態度にも怒らず対応してくれる髭の戦士は、非常に紳士的な大人の男性といっていいだろう。
□キーレイの用事
ウィルフレドに迷惑をかけた次の日、マリートは再びキーレイへ相談しようとして家を訪ねている。
いつもと違う格好をして準備をしているのは、弟キーファンの結婚を祝う宴に参加するためだ。
船の神殿が仕切る宴に、神官長としてではなく新郎の兄として参加するために支度をすすめている。
□反省まみれ
見慣れない服装をしていたキーレイを罵り家へと戻りながら、マリートは自分のとった態度を反省している。
ウィルフレドとはまともに話さず、キーレイへは悪態をついてばかり。
こんな自分では嫌われ、見放されるのが当たり前だと考え、なんと駄目な人間なのかと落ち込んでいく。
反省は常にマリートの中にあるのだが、いざ誰かを前にすると行動をコントロールできず、妙な空気になってしまう。それがマリートであり、治しようがない剣士の欠点である。
□元気のないファブリン
落ち込んで帰宅したマリートを待ち受けていたのは、すっかり陰気になっていたファブリン・ソーだった。
ふわふわとふくらんでいた髪はぺったりとはりつき、声は小さくぼそぼそとしゃべっていて、マリートが「死んだのか」と考えるほど。
それでも押しの強さは健在で、マリートは力づくでソー兄弟の家に連れていかれてしまう。
□三人目の兄弟
世にも珍しい双子のスカウトであるソー兄弟の弟、ザッカリンが登場する。
ろくにしゃべらなくなった双子を制して、マリートへ要望を語りまくる。
一見丁寧な態度をとっているように見えるが、都合の悪い話は一切聞かず、自分の望みだけを押し通してマリートを探索へ付き合わせた。
□ウィルフレドへの信頼
ザッカリンの要請を断り切れないマリートは、無理難題を言うことで同行を諦めさせようとする。
思いついたのは「灰猿の尾」の入手で、これが出てきたのは「ウィルフレドでもできなかったから」。
あっさり受け入れられ、しかも簡単にゲットされてマリートの試みは失敗に終わるのだが、その後の展開の中でも、「ウィルフレドなら助けてくれる」と剣士は考えている。
嫉妬や羨望に邪魔されているが、ウィルフレドは探索仲間としても人間としても頼りになる男だとマリートは考えており、とても高く評価しているようだ。
ついでに、ニーロには見過ごされると考えているが、実際にはそんなことはない。マリートはニーロにとって大切な仲間なので、この状況ならば間違いなく声をかけ、間に入ってくれるはず。
□珍しい「行き止まり」
押しの強さ以外にもマリートを納得させたのは、「迷宮の行き止まり」についての言及があったから。
ソー兄弟は「白」と「黒」に誰よりも詳しくあろうとしており、珍しい行き止まりについても把握しているとザッカリンは話す。
ニーロが探っていた「黄」での出来事を思い出し、役に立つかもしれないと考え、マリートは「黒」へと向かった。
□虚ろな迷宮行
危険極まりない「黒」の道を行きながら、マリートは雑念の海で溺れている。
ソー三兄弟と共に歩いているからではなく、マリートの内心はこんな風にグラグラしているのが通常の状態だ。
過去を思い出して落ち込み、些細な失敗を後悔し、自分を慰めては傷ついてを繰り返す。
暗い思い出にあふれた故郷から、迷宮都市に来てから重ねた経験などへの思いが打ち寄せ、遠ざかり、自分がどうすれば良かったのか、これからどうしていけばいいのか、迷いながらとぼとぼと進んでいる。
一方で体は完全に迷宮探索のために備えており、特別な目で敵の弱点を見抜き、剣で貫く。
死と生き返りを経験するたびに肉体と精神が乖離するような感覚の中にいるが、これはマリート独自の現象。
生死を繰り返した者には「変化」が起きる。
マリートは苦しみながらも、探索以外の生き方を見いだせず、耐え忍びながら歩いている。
□地図の基本はケール式
迷宮が発見されて探索が開始されてから、団長ラディケンに招聘されたのがケール・ラフィカ。
初期の調査団は試行錯誤を繰り返しながら迷宮を歩き、少しずつ理解を深めていった。
地図が必要だと考え、得意な者を呼んで、迷宮行に付き合わせたという歴史がある。
超初期の探索は、十数人の集団で潜っていたんだとか、なんとか。
マリートはジャグリンたちの地図をちら見して、ニーロの役に立てないか考えている。
ニーロやキーレイに見放されない、有用な仲間でい続けることがマリートの唯一の望みだ。
□最悪の結末
四人は「黒」の特殊な行き止まりへとたどり着く。
「黄」での嫌な思い出が残る部屋と同じサイズで、入ったら普通には出られない仕掛けが施されている。
どこで待つべきか、自分が一番に命を落とすかもとマリートは考える。
他人の死ですらも思い出のひとつとして心の中に浮かべ、今日の運命を待っている。
長い時間迷宮を歩き続けてきて、剣士は常に死を感じながら歩くようになった。
この話のタイトルである「数多の永遠」は、マリートに静かに寄り添い続ける「死」を指すもの。
それは失われてしまった誰かの魂でもあり、剣士自身が迷宮に落としてきた命のかけらでもある。
迷宮に満ち溢れる死の予感の通り、四人の探索は最悪の形で終わる。
目に見えない何かに襲われ、ファブリンとジャグリンは血だらけになって倒れるが、すんでのところで脱出し、ザッカリンとマリートはなんとか助かっている。
□未知の存在
「黄」で襲い掛かって来た姿の見えない敵が現れ双子のスカウトは倒れたが、マリートはそれとは別の敵の存在を感じ、剣で貫いている。
剣の先には小さな輝く黒い珠が残っていて、剣士はニーロに渡そうと決めた。
この敵も姿は見えないが、マリートは「子供のような大きさで跳ねるように近づいてきた」と感じている。
□ピエルナの最期
未知の敵を貫いた後、マリートは幻を見る。
「赤」で熊の魔法生物に追われ、傷だらけの探索者が力尽きる記憶だ。
それはかつての仲間であり、行方がわからなくなっている女戦士ピエルナの「最期に見た景色」。
ちなみにフェリクスたちが「藍」の大穴の底で見つけた赤い剣のセットは、この未知の敵が運んでいて、たまたまあそこに落としてしまったものだ。




