17_Not Betrayal 〈あなたは、わたしの光〉
第二十三話「Not Betrayal」。サブタイトルは「あなたは、わたしの光」。
「橙」の最下層を目指したいと意気込む初心者ダンティンに付き合い、街の西側で挑戦を続けてきたベリオとデルフィ。
地道な訓練を続けて力をつけ、そろそろまた迷宮へ挑もうと決め出発の準備を進める。
同じ部屋に逗留するギアノに見送られて向かった「橙」で、彼らはこれまでにないほど深い層まで歩みを進めていったが……。
〇ティッティ・アグラス
コルディの青空で働いている給仕の少女。十四歳。
まだ仕事に不慣れなのか、質問に答えられずにギアノを頼る様子が見られる。
― 迷宮都市豆知識 ―
□顔見知りになった脱落者
西側の空き地で訓練を重ねていたベリオたちは、そこに住む「脱落者」たちと知り合いになったようだ。
彼らはもとは探索者だったり、街で労働をしていた者で、前向きに鍛錬を重ねるベリオたちの姿を眩しく思ったのかもしれない。
とはいえ、彼らは貧しく生活には困っているので、あまり簡単に信用しない方がいいだろう。
□探索の支度は、道具袋の整理から
そう長くいけないだろうと思いつつも、ベリオは探索の準備を慎重に始めている。
持っていくべきもの、持っていれば役に立つもの。けれど重くなってしまっては意味がない。なにかを得たら、なにかを捨てなければならなくなる。
そう考えているのは、次の挑戦ではより深く進めるとどこかで思っていたからなのかもしれない。
□男女混合のパーティの難しさ
女性の探索者と共に迷宮を歩きたいと願う探索者は多いが、実際に一緒にいれば気を遣うことも多くなるだろう。
同じ宿にはいられても、同じ部屋にいるのは拒まれるだろうし、女性が一人だけで一部屋使うことを嫌がる宿の主人も多く、そもそもの宿探しが難航するかもしれない。
月経の問題もあると理解し、多少は融通をきかせてやらなければならないが、全員がそう承知して快く受け入れられるかも、パーティ次第だろう。
この五人組でドーンが女性であると理解し気を遣っているのはベリオだけ。一行のリーダーはダンティンだが、細かなことはすべてベリオが考えなければならない。
□建て替えの波
迷宮都市の建造物は迷宮調査団周辺から建てられてきたため、西側の方が古いものが多い。
調査団の本部はしっかりとした建物で頑丈だが、周辺に作られた適当な店にはガタがきているようで、少しずつ建て直しが進められているようだ。
□ギアノとの約束
同じ部屋でしばらく暮らし、ベリオたちとギアノの仲は深まっている。
迷宮への出発前にコルディの青空へ寄り、ベリオは味付きの美味い保存食を作ってほしいと頼み、ギアノは良い提案だと喜ぶ。店にもすっかり馴染んで、コルディの青空は活気を取り戻しているようだ。
□二十四層を目指しましょう
ギアノとの約束を果たすために早く最下層へ行きたいと考えるベリオに、デルフィはこう話す。
ダンティンの成長は著しく、もっと先を目指せるのではないかと考えたのだろう。
□一番乗りになるためには
「橙」の迷宮に朝一番に入るのは難しい。
「混みあって長時間待つことになる」と周知され、初心者たちが入る時間はどんどん速まっているからだ。
北東の安宿街の方が圧倒的に近いので、西側で暮らすベリオたちが一番のりを目指すには、深夜のうちに起き出す必要があるだろう。
□明るいスタート
訓練の甲斐があってダンティンは成長し、パーティには少し余裕が漂っている。
ベリオも前向きな気持ちで歩き始め、仲間たちに目を向けている。
ダンティンを馬鹿だと言うベリオに、デルフィは「元気が出る」と答えた。
探索を続けてきたパーティは結束を強め、大きな一つの塊になっていく。
上級者になるにはその大きな塊を磨き、鋭く整えていかねばならない。
その始まりを感じているのか、二人は微笑みを交わしている。
□ベリオとデルフィの夜明かし
迷宮内で夜明かしをする時には、誰かが起きて見張りを引き受けなければならない。
この五人組の夜中の見張りの順番を決めているのはベリオで、休ませる優先順位をつけたり、練習をさせるための良い組み合わせを考えているようだ。
一日目は二人で見張りを引き受けて、ベリオとデルフィはささやかな会話の時間を持つ。
デルフィのポーチには乾燥させた果実の菓子が潜ませてあって、ギアノがくれたものだろうと神官は話した。
ベリオはギアノが女だったら嫁にしたのにと呟き、顔の良し悪しで女性を選ばないであろうことが窺える。
□ドーンとの微妙な距離感
ギアノがやって来た時に起きた小さな摩擦から体の関係を持つようになったドーンとベリオ。
恋愛とは程遠い二人の関係のもたらす微妙な空気が、この日は少し和らいだようだ。
個人的な話を打ち明けるのは、信頼の証のひとつだと考えられている。
迷宮都市ではそう考える者が多く、明らかに嘘をつかれているのでなければ、距離が縮まったと考えるべきだろう。
□初心者の「大怪我」
迷宮猪は肉が美味いが、とにかく暴れるので倒すのが難しい魔法生物。
大抵の探索者が「想像していたよりもずっと速い」と考える突進の凄まじさが特徴で、ダンティンが酷い怪我を負ってしまう。
履いて捨てるほどにいる探索初心者の若者が大怪我をしてしまった場合、死を予感させるほどの傷を負った時、その場にいる「仲間」は決断を迫られる。
探索を打ち切るのか、見捨てるか。
ベリオたちには「脱出」があり、神殿へ担ぎ込んだ後どうするかも決めなければならない。
ダンティンは手のかかるばかりのド素人だというのに、ベリオは迷う。
実力もないのに口ばかり大きいが、まっすぐで偽りのない姿に光を見ていたから。
それはデルフィも同じだったようで、ダンティンを救う為に神官の力があることを明かす。
□特別な「二十一層」目。
「橙」の二十一層目には罠の見本区画とでも呼ぶべきエリアが用意されていて、「必ずなにかが手に入る」場所がある。
カヌートにそう教えられ、運良く探索がうまく進んで、一行は二十一層目へ辿り着く。
必ずなにかが手に入る場所は、九つある迷宮の中でもかなり稀なもので、まだ二か所しか見つかっていない。
初心者にとって、「迷宮の中で見つけられる特別な物」を手に入れるのは特別な体験だ。
罠はあるが避けられるものだと説明されて、五人は「宝」の待つ区画へと向かう。
特殊な構造の細い通路へは、ベリオとダンティンが二人で向かうことになった。
□終わり
ダンティンの登場から始まった「橙」最下層への挑戦はここで終わりを迎える。
心から消せずにいた灰色の影を光で打ち消し、新しい仲間への信頼を得て、疲れ果てた足を動かしながらもベリオは満たされた気持ちでいたことだろう。
奥の扉を開けるためのスイッチが押され、飛びだしてきた刃はベリオとダンティンを切り裂き、カヌートとデルフィは姿を消してしまう。
スイッチの操作を任されていたドーンだけがその場に取り残され、これで五人組は解散、最下層への夢は果たされないまま消えていった。
□裏切りではない
タイトル通り、この探索に「裏切り」は存在していない。
自分を受け入れて力を尽くしてくれたベリオたちに希望を見たダンティン。
隠れたいと願う理由を理解し、協力してくれたベリオに光を感じたデルフィ。
誰よりもまっすぐなダンティンの姿に、新たな人生を見出したベリオ。
そして、自分へ愛を傾け、囁き、信頼してくれた「あの人」へ心を捧げたドーンとカヌート。
見ていた光が違っていただけ。二人はそう言うだろう。
カヌートが勝手に二人で脱出してしまったことすらも、裏切りではない。
「ドーン」と「カヌート」は協力関係にあったが、二人に与えられた情報は少しだけ違いがあった。
□たった一人で迷宮から出るには
二十一層もの深いところで置き去りにされ、ドーンはなんとか抜け出すために使えるものがないか動き出す。
どんな些細なものでも使えそうなら持っておくべきだと考え、無惨な姿になった二人の男の荷物を漁る。
ダンティンはロクなものを持っていないが、探索者として経験の多いベリオの荷物からはいくつか有用なものが得られたようだ。
「緑」の深い層で見つかった特別な剣と、ポーチの奥に潜ませてあった「帰還の術符」。
ニーロから分け与えられていた術符のうちの最後の一枚を手にし、ドーンはぎりぎりのところで地上へと戻った。
□スカウトたちの正体
ドーンが向かったのは安宿街の最奥部で、打ち捨てられた廃宿のひとつ。
そこにはカヌート以外にも何人かの男がおり、奥の部屋にはデルフィの幼馴染で元は仲間であったジマシュが待ち受けていた。
二人はジマシュに「特別に目をかけられ」、彼の愛を得ようとして働いていた。
ベリオに唆されてジマシュを裏切ったデルフィを連れ戻すため、邪魔なベリオは排除するために計画を立て、長い時間をかけて使命を果たしている。
迷宮調査団の紅一点であったチェニー・ダングを裏切った「カヌート」は、ジマシュに抱かれて裸のまま横たわっていた。
□使命は果たしたが
ダンティンに無理矢理連れてこられた「ドーン」は、迷宮調査団の一員チェニー・ダング。
彼女は偶然ジマシュに声を掛けられ、あっという間に心を掴まれてしまった。
そこからデルフィ奪還計画の一員となり、他の「仲間」たちと共に計画を練り、迷宮内の罠を利用するために動いていた。
計画は成功し目的は果たされたが、当のジマシュはチェニーを残虐非道と罵る。
どうしてそんなひどいことをしたのかと責め、成果を否定し、自分に二度と関わらないように命じて女を追い払ってしまう。
ジマシュは知らないと言ったが、計画についてはもちろん承知している。
カヌートに置き去りにされてそのまま行方知れずになると考えていたが、無事に戻って来たので対応を少し変えたようだ。
更に傷つき、より悩み苦しむよう言葉を選び、冷たく追い払う。
チェニーはベリオから奪った剣を抱いたままとぼとぼと彷徨い、闇の中へと消えていく。




