第879話 勧誘の失敗ですが何か?
リューとヤン・ソーゴスは、とても馬が合い、話が弾んだ。
リーンとスードも話に入ると、当然リューを褒めた。
リューは、謙遜していたが、それもまた、ヤン・ソーゴスには好ましく映っているようだった。
リューから見たヤン・ソーゴスの印象は、苦労しているな、というものだった。
軍人時代は綺麗だっただろう金色の長い髪は、後ろで結んでいたが、傷んでボサボサなのがわかった。
着ている高そうな服も、日々の肉体労働で酷使していたのか、所々穴が開いており、生活はかなり困窮していそうだ。
だが、リュー達と話すヤン・ソーゴスは、余程楽しいのか、疲れた様子にも拘らず、目が輝いていた。
「実は、おこがましい話ですが……、南東部侵攻戦でランドマーク領を占領できたら、捕縛したあなた方を、私の権限で、自分の部下にできないかと思い描いていました。勝つどころか負けてしまいましたが。はははっ!」
ヤンは自嘲気味だが、すっきりした笑顔をみせた。
すでに過去の事として、敗戦も自分の中で消化できているようだ。
軍の指揮官というものは、勝敗に関係なく部下を死地に送り込む立場にある。
そこには当然責任があった。
ましてや、大敗を喫して、死傷者を沢山出したヤン・ソーゴスは、帝都で同僚や上司、貴族達から批判を受けただろうし、死んだ兵士達の遺族から恨まれる立場になっただろう。
指揮官はそんな責任に対して、どういう立場で受け入れるかが難しい。
ヤン・ソーゴスは、責任を受け入れた結果、ここにいた。
「勝敗は兵家の常。撤退戦は一番難しい戦いの一つです。もし、僕があなたの立場であったなら、スゴエラ侯爵や父ランドマーク率いる南東部貴族連合軍相手だと、もっと酷い結果になっていたと思います」
リューは喧嘩なら場数を踏んでいるが、戦争となると話は変わってくる。
全てが初体験だったから、自分にできる事として、ゲリラ戦法を取り、ヤン・ソーゴス軍の背後を脅かす事にしたのだ。
あれは上手くいったものの、正面から戦いを挑んでいたら、この天才軍略家には勝てなかったかもしれない。
軍を指揮するというのは、また違う才能を必要とするのだ。
「あなたに評価して頂けただけで、光栄です」
ヤン・ソーゴスは、あの敗戦以降、開拓村に飛ばされるまで、ずっと各方面で叩かれていたから、初めて評価された事に、笑顔を見せた。
「閣下は、今後、どうする予定ですか? 軍人に戻るのか、それとも……」
リューは、ヤン・ソーゴスの口からは、今の立場を嘆く言葉は一つもなく、辺境に飛ばした上司に対する恨みも全くないから、慎重に聞いた。
「私の経歴はあの敗戦で終わりました。軍人に戻るのは難しいと思います。皇帝陛下の私に対する評価も地の底まで落ちたでしょうし……。余生は、この辺境で過ごす事になるかもしれません」
ヤン・ソーゴスは、まだ、二十四歳のはずだが、退役した老齢の軍人のようなセリフを口にした。
「……うちに来ませんか?」
リューは当初の狙いだった勧誘を、ダメもとでしてみた。
だが、今のヤン・ソーゴスには欲がない。
成功する気がしなかった。
「……嬉しいお誘いですが、私は帝国軍人として、禄を食んでいた身です。皇帝陛下のお取り立てによって、一時は将軍にまでなれた御恩があります……。申し訳ないですが……。──でも、私を高く評価し、登用する為に、ここまで足を運んでくれたのは嬉しい限りです。ありがとうございます」
案の定、ヤン・ソーゴスは、リューの誘いを迷う事無く断った。
だが、敵ながら、尊敬すらしていたリューに、誘われたこと自体は喜んでいた。
ヤン・ソーゴスは、辺境に飛ばされる扱いを受けていても、国への忠誠を貫き、元軍人としての誇りを全うしようとしていた。
「あなたの現状を見ると、国や元上司に義理立てする必要はない、と思うのだけど?」
リーンが率直な指摘をする。
「魔獣でさえも、人に命を救われたら、その恩を返す為、命を投げ出すと言います。平民出身の軍人であった私が、皇帝陛下のお取り立てで将軍にまでなれた御恩は、生涯を賭し、忠誠を尽くして返さなければいけないと思っています。それが、私に残された最後の誇りです」
ヤンの目には、国への確固たる忠誠心が映っていた。
「……今日は、帰ります。あなたと話すのは楽しいので、また、遊びに来ても良いですか?」
「ええ、子爵殿ならいつでも大歓迎ですよ」
ヤンは何とも言えない物悲しい笑顔で答える。
こんな辺境に二度とは来てくれないだろう、という思いが脳裏にチラついたのかもしれない。
リュー達はお茶のお礼を述べると、家を後にしたのだった。
「残念だなぁ。あんな目を見せられたら、強くは誘えないよね」
リューは『次元回廊』でマイスタの街長邸に戻ってくると、残念そうに溜息を吐く。
「男って意地っ張りね」
リーンは呆れた。
現在のヤン・ソーゴスは、開拓村の技術指導員と言いながら、無位無官に等しい立場である。
ならば、尊敬するリューが評価し、誘っているのだから、迷う事無く、首を縦に振ればいい話と思えたのだ。
「リーン様。主に忠誠を誓う身としては、閣下の姿勢は尊敬に値すると思いますよ」
スードが珍しく話に入ってきて擁護した。
スードの主とはリュー以外にいない。
スードもヤン・ソーゴス同様、一度仕えた主君に生涯の忠誠を誓った身だから、彼の生き方は自身と重なっていた。
「だからこそ、一層、欲しい人材なんだけどね……。ちょっと気になる事もあるから、しばらくあそこには『次元回廊』の出入り口を置いておこうかな」
意味深に答えるリュー。
「そうね、私もそれがいいと思う」
リーンも理解したとばかりに頷いた。
「どういう事ですか?」
わからないスードは、首を傾げた。
「辺境送りになるというのは、いろんな意味があるものさ」
リューが改めて、匂わせる言い方をした。
「リュー、念の為、部下を数人出しておいた方がいいんじゃない?」
リーンが疑問符だらけのスードは気にせず、提案する。
「そうだね。辺境で野宿は大変だろうけど、数日交代で出しておこう。──マーセナルはいる?」
「はい、若様。──なるほど、それなら、すぐにでも」
執事のマーセナルは、リューから事情を聴くと、すぐに適した部下を用意した。
リューが簡単に任務内容を告げると、部下はすぐに理解し、『次元回廊』でヤン・ソーゴスのいる開拓村の近くまで送られるのだった。




