第877話 天才に会いに行きますが何か?
リューは朝、ランドマーク本領に顔を出し、日中はバシャドーの街やマイスタの街の職務。
そして、夕方からは帝国領内で南部の開拓村を目指して、馬車を飛ばす生活になっていた。
帝国領内の夜の移動は警戒が厳しく、難しい側面がある。
だが、ドワーフに大金を支払った身分証は、伊達ではなかった。
巡回警備隊、帝国騎士団、領境警備隊、検問所も易々と騙す事に成功したからだ。
リュー達の馬車を止める者達は、身分証見た瞬間、慌てて道を開けた。
「失礼しました!」
この日も、真面目に働く巡回警備隊が、リュー達の馬車を呼び止めたが、すぐに道を開ける。
良くも悪くも帝国は、階級制度が徹底されており、上位の者に対する無礼な態度は、手討ちにされる事も珍しくない社会である。
リューの身分証は、上級貴族のものだったから、気分を害すれば、警備隊である自分達も斬られる可能性があるのだ。
それだけに、夜の街道を急ぐ怪しい馬車であっても、身分証一つで解決できるのだった。
リューは、わずか数日で、南西部国境から南部の開拓村までの道のりを走破した。
前日の深夜に到着していたので、この日は昼休みに、『次元回廊』で訪れていた。
南部の開拓村は、魔境の森には近くない。
間には、深い森や山があるからだ。
だから帝国はその深い森を魔境の森との緩衝地帯としているが、それと同時に領地を広げたいのも、事実である。
開拓村は、深い森を少しでも開拓する為の拠点の一つだった。
ただし、そこに住んでいる者は、ほとんどが下級国民と奴隷が中心である。
ヤン・ソーゴスは、村長の補佐役として開拓村に飛ばされていた。
「魔境の森から離れているとはいえ、魔物は多いみたいだね」
リューは前日の夜は気づかなったが、開拓村の周囲が開拓の際に生まれた材木で頑丈に壁を囲んでいる事に気づいたからだ。
「にしては、この防壁、新しくない?」
リーンが開拓村の出入り口周辺の防壁の真新しさに気づいた。
「もしかしたら、ここに飛ばされてきた人の提案かもね」
リューの指摘は当たっていた。
リュー達が上級貴族の子息だと身分証でわかると、村長が慌ててやってきて、説明してくれたからである。
なんでも、切り出した材木は、この一帯を治める領主のもとに納めなければいけないらしい。
しかし、ヤン・ソーゴスが、まずは、開拓村の安全を図る為に使用すべきと領主に申し出たようだ。
村長は、そんな事をしたら自分の首が飛ぶ! とヤン・ソーゴスを責めたらしいが、意外にも領主からは使用の許可が出たという。
お陰で、防壁は完成し、開拓村における魔物被害は大きく減少、村人達は夜も安心して眠れるようになったそうだ。
「人情もある人物みたいだね」
リューは村長から良いエピソードが聞けた、と満足する。
「私も詳しくは彼の事を知らないのですが、帝都の軍人だったとか。貴族様は彼の事をどこまで知っているので?」
村長は、上級貴族の子息が会いにくるような人物とは思っていなかったようで、困惑した様子だった。
「これでも、戦時中(敵として)戦っていたので」
「なるほど、戦友、でしたか。あっ、すみません、お貴族様と軍人では地位が違い過ぎましたね。部下、でしょうか?」
村長は慌てて修正した。
「戦友……、まあ、そんな感じです」
さすがに、好敵手でした、とは言えないので、リューは話を合わせて、適当に相槌を打つ。
「ヤンは今、奴隷たちと一緒に、八番の森で伐採作業を行っているはずです」
「八番の森?」
「ええ。番号を付けて割り振った方がわかりやすく、仕事の効率が上がるとヤンが言うので、採用しているのですよ」
村長はホクホク顔だ。
実際、効率が上がっているという事だろう。
リューは案内を断り、教えられた八番の森にリーンと、スードを連れて、向かうのだった。
「「「土ボコ!」」」
ヤン・ソーゴスは、奴隷達と共に、土魔法を駆使して、開拓作業を行っていた。
驚いた事に、リューが幼少期にランドマーク本領で行っていたやり方と一緒である。
それは、リューのオリジナルである土の下級魔法『土ボコ』で、木の根元を持ち上げるというものだ。
さすがに、地面から抜いた木を、マジック収納で回収するところまではできないようで、木に縄をかけ、引っ張り倒していた。
「あれって確か、リューが思いついたやり方よね? 私も聞いた話だから初めて見るけど……」
「うん、そうだよ。……偶然ではない……、よね……?」
リーンの疑問にリューも頷くが、首を傾げた。
ヤン・ソーゴスは、クレストリア王国侵攻前、自分が担当する南東部地方に間者を沢山派遣し、徹底的にいろんな事を調べていた。
その中で、彼が一番興味を引かれたのが、ランドマーク領だった。
元々、スゴエラ家の与力として辺境に小さな領地を持つ貧乏騎士爵だったランドマーク家だったが、そこには沢山の逸話があり、ヤン・ソーゴスは報告で聞くと感心していたのだ。
その一つが、リューにまつわる数多の逸話である。
まさか自分が、それを開拓村で試す事になるとは思っていなかったのだが……。
つまり、リューが残した数々の実績を参考に、ヤン・ソーゴスは、開拓村を発展させていたのだった。
「ヤン様! お客さんが来ています!」
作業をしていた奴隷の一人が、リューに気付き、この場所の指揮を執っているヤン・ソーゴスに声をかけた。
「客!? ──わかった! 今行く!」
ヤン・ソーゴスは、次の『土ボコ』魔法の使用まで、魔力の回復がてら、鉈で枝打ちをしている最中だった。
視界にはリュー達が小さく映るだけなので、誰だかよくわからない。
ヤン・ソーゴスは、首に巻いたタオルで額の汗を拭くと、他の下級国民にその場を任せ、リュー達のもとに向かうのだった。




